第4話 今日も通りに風が吹く

 あれから――気づけば、もう三年が過ぎた。

 私たちは高校を卒業して、そのままそれぞれの店を継いだ。

 私は八百屋「菜の音」を。

 そして潮は、隣の魚屋「しお風」を。


 喧嘩した回数は数えきれないし、

 仲直りの理由も、もう覚えていない。

 でも結局、今でも隣同士で、

 朝には私の声が通りに響き、

 昼には潮の氷が割れる音が返ってくる。


 あの頃と何も変わらない――そう思うたび、

 ちょっとだけ胸の奥が、あたたかくもあり、くすぐったくもある。



――菜々


「おはようございます〜! 今日のおすすめは春キャベツと朝採れきゅうり〜!」


 いつものように声を張り上げると、

 隣から氷の音と一緒に、低い声が返ってくる。


「おまえの声、相変わらず反響してるな」

「うるさいねぇ、朝から魚くさいよ!」

「褒め言葉だろ」

「どこが!?」


 これが、私たちのいつもの朝。

 高校のころと何も変わってない気がする。

 だけど――心のどこかで、“変わってない”ことに、少しだけ焦りも感じている。



――汐


 通りの風の匂いは、昔と同じ。

 潮と土の混ざるこの匂いを嗅ぐと、

 不思議と落ち着く。


「なぁ菜々、これ見ろ」

「なに?」

「今日のサバ、脂のってる」

「わっ、すごい! ピカピカ!」

「だろ。嫁にもらいたいくらいだ」

「魚を!?」

「……いや、たとえだよ」


 菜々が真っ赤になってトマトみたいな顔をする。

 その顔を見て、私はまた笑う。

 笑うと、心の奥に小さな泡が弾けた。

 この距離感のままで、どこまで行けるんだろう。



――菜々


 喧嘩して、笑って、また喧嘩して。

 そんなふうに毎日を繰り返しているうちに、

 お客さんから「仲良いねぇ」って言われるのも、

 もう挨拶みたいなもんになった。


 でも――ほんとうは。

 “仲良いね”の一言が、

 どうしてこんなに胸に刺さるのか、

 私はまだ分からない。



 そんなこんなで、

 お互い喧嘩しながらも仲良く高校を卒業して、

 そのまま八百屋と魚屋を継いではや三年。

 関係は、いまだにこんな感じ。

 言いたいことは山ほどあるのに、

 どちらも言わないまま、今日も隣で働いている。

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