第35話 反天帝派



「政陽。まずは傷の手当が先だ」



 飛翔は日向の体を霊力で運ぶ。

 日向を運んだのは飛翔の寝室だった。


 そこで飛翔は日向の体から矢を抜く。

 矢を抜くと出血が多くなったが飛翔は自分の霊力で日向の傷を塞ぐ。


 飛翔は癒しの力を得意としている。

 矢傷は見る間に閉じて治るが日向の意識は戻らない。



「日向……」



 飛翔は傷つき眠っている日向の名前を呼ぶ。



「桜華を攫った者に心当たりはあるか?飛翔」


「ああ。おそらく最近活動が活発な反天帝派の奴らだろう。界の狭間の壺を盗んだ光安という男もその一派だった」


「そんな奴らがいるのか」


「まあな。私が代替わりをしないことに疑惑を持つ者もいるということだ」



 飛翔の言う通り飛翔はこれからも九曜と同じで天帝から退くことはないだろう。

 次期天帝位を狙っている奴らからしてみればそれは由々しき事態だ。

 自然と手に入らないのであれば飛翔を強制排除しなければ天帝にはなれない。



「政陽。お前には迷惑をかけてしまったな。相手の狙いは私だ。明日の日の入りに星の神殿跡に来いというならそれまではお前の女も無事であろう」


「でもなぜ桜華が狙われたんだ?」



 政陽が天界に来ていることは秘密だし政陽と桜華の関係を反天帝派が知っていたとは考えにくい。



「おそらく桜華殿は私の女と間違えられたのだ」


「なぜそんなことが」


「この別邸は日向の母親が住んでいたところだ。日向の母親は既に亡くなっているが私はその女が生きていた時からこの別邸には特別な結界を張って私以外の人物は誰も入れたことは無い」


「そうだったのか」


「だから私がいまだに女を囲っているという噂が残っている。その噂を聞きつけた奴らが別邸から出て行った桜華殿を私の囲っている女だと間違えても不思議はない」


「なるほどな」



 飛翔はベッドで眠り続ける日向の顔を見る。



「政陽。お前には感謝している。日向を育ててくれてありがとう」


「飛翔……」


「私は桜華殿が言った通り日向を息子として愛している。一日も忘れたことはない」



 政陽は飛翔の複雑な気持ちが分るような気がした。

 飛翔個人としては日向はかけがえのないただ一人の子供。


 しかし天帝としては子供を持つわけにはいかない。

 もし日向が正妃の子供であれば飛翔も手元で日向を育てたかもしれない。


 けれど日向の母親は飛翔の愛人でしかなかった。

 完璧な存在の飛翔に愛人がいてはいけないのだ。

 しかもその愛人との間に子供をもうけるなどもってのほか。



「飛翔。日向もお前を父と呼べて嬉しかったに違いない」


「そう思ってくれているとありがたいがな」



 飛翔は自嘲気味な笑みを浮かべる。



「それより今は桜華を助け出すことを考えなければならない。反天帝派について教えてくれ」


「ああ。では隣の部屋で話そう」



 政陽と飛翔は寝室を出て隣の部屋に移る。

 二人はソファに座った。



「反天帝派を率いているのはおそらく伽羅という人物だ。元々光安が率いていたグループなのだが光安が死に、その副官である伽羅という女が後を継いだらしいことは分かっている」


「女か」


「女だと言って甘く見るな。一応天翔族の出身だ。力はそれなりにある。まあ、私たちにしてみれば赤子のようなものだが」



 飛翔は面白くない顔をして淡々と告げる。



「それで星の神殿跡とはどこにあるんだ?」


「天界の端の方にある昔の神殿跡だ。だが、反乱分子がそこを根城にしているなら話は早い。一網打尽で皆殺しにすればいい」



 飛翔の瞳に危険な光が宿る。

 飛翔は普段は天帝として天族の者たちの模範となり暮らしているが本当の飛翔は九曜と同じで古の神である自分と他の者は違うという考えの持ち主だ。


 自分に従う者には優しいが歯向かう者には容赦しない。

 九曜とは違った形で天族に天帝は「絶対なる者」だとその記憶に叩き込む。

 それが天帝飛翔の天界の治め方だ。



「では反天帝派を一網打尽と行くか」


「ああ。そうしよう。政陽に迷惑をかけたことと私の大事な者を傷つけたことの責任をとってもらう」



 飛翔は静かに笑った。




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