第33話 父子の和解
界の狭間を抜ける間、桜華は必死に政陽に抱きついていた。
以前「界嵐」にあった記憶があるので桜華は界の狭間を通るのに恐怖を感じる。
そんな桜華を政陽は優しく抱きしめる。
政陽に抱かれていると桜華の緊張も少し和らいだ。
次の瞬間、光に包まれた。
界の狭間を抜けて天界に着いたらしい。
天界側の扉を通るとそこはどこかの建物の地下だった。
日向も無事に界の狭間を通り抜ける。
「ここはどこ?」
桜華は政陽に尋ねた。
「ここは天帝の別邸の地下室だ」
神霊宮の地下と天帝の別邸の地下は繋がっていたらしい。
これが政陽たちが言っていた「裏ルート」なのだろう。
通常の転移門には守りの兵士がいるがここには誰もいない。
けれど扉の周囲には結界が張られていた。
政陽たちを傷つけることはないようだがおそらく飛翔が張った結界だろう。
「上に行けば飛翔が待っているはずだ」
政陽たちは階段を上る。
一階に続く扉を開けるとそこは豪華な屋敷の中だった。
廊下の天井には天界の始まりが描かれている天井画があり調度品も高価な物が置いてある。
政陽は迷いもせずどんどん廊下を進む。
政陽と日向は既に羽をしまっている。
桜華はどこかに守りの兵士がいて桜華たちを見咎めるのではないかと思ったが誰の気配もなかった。
「この屋敷には兵士はいないのですか?」
「ここは飛翔の特別な結界が張ってあって兵士たちがいなくても安全だ。飛翔は別邸は一人になりたい時に使うらしくてここには兵士たちはいない」
「そうなのですか」
やがて政陽はある一室の前で足を止める。
扉をノックすると中から男の声が聞こえる。
「誰だ?」
「政陽だ。入っていいか?」
「ああ。かまわん」
政陽は扉を開く。
三人は部屋の中へと入った。
そこは室内でありながら噴水がある大きな部屋だった。
飛翔は大量のクッションが置いてある場所に座っていた。
「飛翔。約束どおり来たぞ。天の泉の場所を教えてくれ」
「そんなに慌てるな。そこに座れ」
政陽は桜華を連れて飛翔の側に座る。
桜華は天帝の姿をこんなに間近に見たことはない。
どうしても緊張してしまう。
天帝は金の髪に金の瞳をした美しい男性だ。
そして飛翔は日向に気が付いたが日向に言葉をかけることはなかった。
日向も心得ているのか何も言わず少し離れたところに立っている。
桜華は天帝が日向を無視したことに腹が立った。
「天の泉はここからさほど遠くない小さな森の中の神殿にある。だが神殿には天族しか入れない。だから神殿内はその娘が一人で入るしかない」
「天族というなら日向は入れるだろう?」
飛翔はチラリと日向を見た。
「そうだな。その者も入れるだろう」
「では桜華の護衛として日向も一緒に行かせる」
政陽はそう言った。
「お前がそう言うのであればかまわない」
桜華は日向の名前すら呼ばない飛翔に我慢ができなくなった。
「天帝様。天帝様に意見を言うのは恐れ多いことだとは知っていますが日向様とは初めてお会いになるのでしょう? 日向様に御言葉をかけてあげてください」
飛翔は桜華の言葉に驚いたようだったがすぐに感情のない冷たい表情になる。
「なぜ私が政陽の部下に声をかけねばならぬ?」
「日向様は天帝様のお子でしょう?」
「天帝に子供はおらぬ」
「そんな! 日向様を愛していたからセイに預けたのでしょう? なぜ日向様をないがしろにするのですか?」
「桜華様。この男に何を言っても無駄です。天帝には今までもこれから先も子供はいません」
それまで黙っていた日向が静かな声で桜華を制する。
「日向様!」
「桜華。これは飛翔と日向の問題だ。二人のことは二人に委ねよう」
政陽の言葉に桜華は涙が出てしまう。
「娘よ。なぜお前が泣くのだ? 私たちのことはお前には関係ないだろうに」
飛翔が桜華を見つめる。
「私の両親は既に亡くなっています。逢いたくても逢えません。天帝様と日向様は同じく生きていらっしゃるのになぜ親子としてお互いに認めないのですか。いつまでも人は生きているわけではありません」
桜華はハラハラと涙を流す。
政陽がそんな桜華を抱きしめてくれる。
「なるほど。政陽がその娘を側に置く気持ちが分った。この私に説教をするとはな」
天帝は先ほどまでとは違い優しい笑みを見せた。
そして日向に向かって言葉をかける。
「日向よ。大きくなったな。一度だけしか言わないからよく聞け。お前は後にも先にも私の唯一の息子だ。それだけは何があっても変わらない」
日向は目を大きくして驚いた表情になった。
そして日向も答える。
「はい。私も一度しか言いません。私をこの世に生み出してくれてありがとうございました。父上」
飛翔は黙って頷く。
桜華は二人が和解したことに喜びを感じる。
たとえこの先この二人の道が交わることがなくとも今日の出来事は二人にとって何にも代えがたいものになるだろう。
「さあ。桜華様。天の泉のある神殿に向かいましょう」
日向は穏やかな瞳で桜華に言う。
その瞳にはこれまでの葛藤の色は浮かんでいない。
「天の泉までの地図だ。持っていけ」
飛翔が紙を日向に渡す。
「ありがとうございます。天帝様」
「うむ」
桜華は涙をハンカチで拭き天の泉を目指すことになった。
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