第32話 天帝との確執



「では天界に行かれるのですか?」


「ああ、そうなるな。日向、お前もついて来い」



 神霊宮に帰って来た政陽と桜華は天界に行く準備をする。

 日向は政陽から話を聞き天界に行かないと指輪は取れないという話に顔をしかめた。

 そして政陽について来いと言われてさらに戸惑った様子だ。



「私も天界に行くのですか?」


「お前が飛翔を嫌っているのは知ってるが一度自分の父親に会っておくのもいいぞ。別にお前を天界に帰したりはしないから」



 日向は政陽の言葉に迷った様子だったが決心したのか頷いた。



「分かりました。私の父親は政陽様だけと思っていますが政陽様が天帝に会えというのなら従います」


「ちょっと裏ルートの確認に行って来る。桜華は日向と待っていてくれ」



 政陽は神霊宮の地下に向かった。

 部屋には桜華と日向が残される。


 桜華は日向が天帝の息子だという話は聞いているが日向と天帝について話したことはない。

 先ほどの話を聞いていた桜華は気になったことを訊いてみることにした。



「日向様は天帝様の子供でいらっしゃると聞きましたが今まで天帝様にお会いしたことはないのですか?」



 日向は荷物を纏めながら答える。



「ええ。直に会ったことはありません。直に会ったところで天帝が私を捨てたことに変わりはありませんし」


「捨てたなんて、そんな」


「捨てたも同然でしょう。天界にすら私を置いておかなかったのですから」


「それはそうですが。天帝様も無用な争いを取り除きたい気持ちからだとセイから聞いています。今回天帝様に会って仲直りされたほうがよいのではないですか?」



 桜華は出過ぎた真似をしていると自分でも思うが両親を失っている桜華には父親が生きているのに仲違いしたままの日向を放ってはおけなかった。



「桜華様。お心遣いには感謝しますが私が天帝に礼を申すのであれば魔界でも魔族と同等にやり合える力を与えられたことのみです。おかげで政陽様の役に立てますからね」



 日向はあくまでも天帝を父親だと思いたくないようだ。

 本来であれば日向は天帝の唯一の息子として天界で高い地位にいられたはずだ。


 だが愛人が産んだ子供というだけで政陽に預けられて日向は育った。

 天帝の血を引くだけあって日向は魔界でも魔族と充分にやり合える力を持つ。


 それに金の髪に金の瞳は天帝と同じ色。

 天帝は無用な争いの原因になるから子供を作らないのだと政陽は言っていた。


 けれど日向はこの世に生まれた。

 それは何よりも天帝と日向の母親が愛し合っていたから日向を産むことを天帝は許したのではないだろうかと桜華は思う。

 もし本当に邪魔な存在なら赤子の内に天帝が日向を殺していてもおかしくはない。


 天帝は品行方正で完璧な人物だと天使学校では習ったが政陽や魔王の九曜から話を聞いた限りでは決して天帝も完璧な人物ではないことが分かっている。

 古の神である政陽たちでさえ完璧な存在ではないのだ。

 この世に完璧な存在はいない。



「日向様。私の両親は界嵐に巻き込まれて亡くなったそうです。両親の知り合いだという方から聞かされました。私にはもう親はいませんが日向様にはまだ天帝様がいらっしゃいます」



 桜華は日向を真っすぐに見つめた。



「天帝様がしたことは良いことだとは思いません。でも自分の親を憎んでも自分の親であることは変わりません。それに本当に日向様に愛情が無ければ日向様は天帝様に殺されていたと思います」


「桜華様……」


「天帝様はきっとセイと同じで不器用な方なんだと思います。古の神様って背負うモノが大きいから」



 日向はハッとした顔になる。



「セイも私のことを愛することに悩みを抱えています。魔王様も女性に囲まれていながら真実の愛を見つけられていません。神様にとって特別な存在を作ることは難しいのかもしれません」


「桜華様。政陽様の愛情をお疑いですか?」


「いいえ。セイは私を愛してくれているわ。そして天帝様も日向様のお母様を愛したはずです。それでなければこの長い間に天帝様のお子様が日向様だけということはなかったと思います」


「それは……」


「日向様はご両親に望まれてお生まれになったのです。それだけは疑いようのない事実です。どうか天帝様を許してあげてください」


「許す? 私が天帝を?」


「ええ。この世で唯一の血の繋がったお父様ではありませんか。たとえこれからの道が交わっていなくても天帝様を父親だと認めてあげてください」



 桜華は自分の想いを日向に告げた。



「私のことを子供と認めない天帝を私が父親と認めろというのですか?」


「そうです。天帝様が日向様に愛情があったからこそ殺さず誰よりも信頼できるセイに貴方を託したのは貴方自身が一番分かっていらっしゃるでしょう?」


「……」



 そこに政陽が戻って来た。



「神霊宮の地下から裏ルートを使って天界に行く準備ができたぞ。桜華も日向も準備できたか?」


「はい」


「出来ております。政陽様」


「では行くぞ」



 部屋を出る時に一瞬日向と桜華は目を合わせたが無言で政陽の後について行った。

 神霊宮の地下には大きな扉があった。



「ここから天界まで界の狭間を通る。桜華ははぐれないように私に抱きついていろ。日向も私を見失うなよ」


「分かったわ」


「承知いたしました」



 政陽は普段しまっている自分の黒い羽を出す。

 その羽の美しさと大きさに桜華は目を奪われる。


 そして日向も自分の羽を出す。

 日向の羽は黄金色に輝いていた。


 普通の天族は白い羽だ。

 黄金の羽を持つのは天帝のみと言われていた。



(ああ、やはり日向様は天帝様のお子様に間違いないわ)



 桜華はそう思いながら政陽に抱きついた。

 扉を開けて三人は天界に向かって飛び立った。



 

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