第29話 宝物庫



「今日は宝物庫の点検をしましょう」



 日向はそう言って桜華を宝物庫に案内した。

 政陽は所用で外出している。


 桜華は初めて宝物庫に来た。

 神霊宮の中でも宝物庫は警備が厳重だ。


 入り口に兵士もいるし宝物庫の鍵は日向が自ら管理をしている。

 それに宝物庫には特別な結界が張ってあるが政陽に予め今日は宝物庫の点検をすると伝えて結界は解いてもらった。


 日向と共に宝物庫に入ると棚が整然と並び棚には番号が振ってある。

 そして棚には大きな箱や小さな箱が無数にありその箱にも番号が書いてある。



「まずは台帳の数字と棚の数字と箱の数字があっているかを確かめます。台帳には箱の中身が何かということが簡単に書いてありますので中身が間違いないか調べます」



 日向は桜華に確認作業の手順を説明する。



「分かったわ。日向様」



 桜華はまず台帳の一番始めの物から確かめる。

 台帳に書いてある番号と箱の番号が合っているのを確かめると箱を開ける。

 中には大きなエメラルドを使ったネックレスが入っていた。



「綺麗……」



 桜華は思わず口に出してしまった。



「ここには宝石類だけでもかなりの数がありますからね。桜華様がお使いになりたい物があったら言ってください。やはり宝飾品は身につけてこそ価値がありますから」


「私が身につけるの? そんなことできないわ」


「何をおっしゃいますか。政陽様の恋人の桜華様には身につける権利があります」



 豪華な宝飾品に恐れをなしている桜華に日向は笑って答える。



「私はいつも政陽にお土産でいろんな物を貰うもの。それで充分だわ。こないだの魔界桜はとても嬉しかったわ」


「宝石より植物を選ぶとは桜華様らしいですね」



 日向は苦笑いをする。

 でも桜華は政陽が自分のために買ってくれた魔界桜の苗は目の前のエメラルドのネックレスより価値あるものだと思っている。

 自分の名前に因んで買ってもらった魔界桜の成長を見るのが桜華の日課になっていた。



「宝物庫の点検は一日では終わらないので気楽にマイペースでやってください。私は大きな物を見ますからあちらの方に行きますね」



 そう言って日向は大きな箱が置いてある棚の方に行ってしまった。

 桜華は一つ一つ点検していく。

 すると番号のない小さな小箱が棚の奥にあるのを見つけた。



「番号がないわね。消えちゃったのかしら」



 桜華は台帳を何度も見直すが該当するものがない。



「とりあえず開けてみましょうか」



 桜華は小箱を開けた。

 すると中身は七色に輝く不思議な石の指輪だった。



「なんて綺麗なの……」



 桜華はその指輪を見るとその美しさに魅了された。

 今まで見たことがない宝石だ。



「魔界にはこんな不思議な宝石があるのね」



 好奇心を刺激された桜華は指輪を手に取り恐る恐る指に嵌めてみた。

 すると体がガクンと力が抜けたようになる。



「あら、どうしたのかしら」



 桜華は自分が眩暈でも起こしたのかと思った。

 指輪を元に戻そうと指から抜こうとしたが指輪が抜けない。



「え?」



 桜華は力いっぱい引っ張るがやはり指輪は抜けない。



「た、大変!」



 焦って思い切り指輪を引っ張るが指が刺されたかのような痛みを感じるだけだった。



「ひゅ、日向様!」



 桜華は他の宝物を点検している日向に助けを求めた。

 桜華の声を聞きすぐに日向がやって来る。



「どうしましたか? 桜華様」


「ゆ、指輪を嵌めたら抜けなくなってしまって」


「指輪が抜けない?」


「ええ。あまりに綺麗な物だったから指に嵌めたら抜けなくなってしまって」


「見せてください」



 桜華は自分の右手の薬指に嵌めた指輪を日向に見せる。



「ちょっと引っ張ってもいいですか?」


「ええ」



 日向が指輪を引っ張ると指に鋭い痛みが走る。



「いた、痛い!」


「すみません」



 日向はすぐに桜華の指輪を引っ張るのを止める。



「これは何か霊力のようなモノで嵌まっているようです」


「どうしましょう? 私が考えもなく嵌めてしまったから」


「この指輪について台帳にはなんと書いてありましたか?」


「それがこの指輪の小箱には番号が書いてなくて」



 日向が指輪の入っていた小箱を確認する。



「うっすらとですが番号が書いています。だいぶ古いモノのようですね。え~と4の21番かな」



 日向は読み取った番号で台帳を確認するとみるみるうちに顔色が青ざめた。



「これは魔王様から頂いた『魔の指輪』です」


「魔の指輪?」



 桜華は不吉な名前の指輪に不安感に襲われる。



「この指輪がどういうものかは私も分かりません。桜華様、すぐに政陽様に見てもらいましょう」


「わ、分かったわ」



 日向は宝物庫での作業を止めて指輪の小箱を手にして桜華と一緒に政陽の私室に向かうがまだ政陽は出かけたままだった。



「至急、政陽様に帰ってきてもらいますのでしばらくのご辛抱を」



 桜華は自分の軽率な行動が大事になってしまい反省する。

 指輪は桜華の指に嵌まったまま七色に輝いていた。




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