第27話 大公妃



「入れ」



 九曜の声が部屋の中から聞こえて政陽は九曜の私室に入る。

 九曜の私室は広くクッションをたくさん置いてある中に九曜は座っていた。


 クッションはベッド代わりにもなる。

 きっと先ほどまでここでお楽しみだったのだろう。


 流星は部屋の外で待機する。



「相変わらずお盛んだな、九曜。その力を仕事に向けたらどうだ?」



 政陽はそう言いながらクッションの山の一部に座る。



「フン。仕事はちゃんとしておるわ。これでも魔界を治めている者だからな」



 九曜は盃を手に目の前の皿から果物を取ると口に放り込んだ。



「お前も飲むか?」


「ああ」



 九曜から盃をもらいお酒を注いでもらう。

 九曜は酒好きのせいかお酒の献上品が多く魔界の珍しいお酒を持っている。

 政陽もお酒は好きな方なので九曜の酒のコレクションが増えるたびに味見をさせてもらっていた。



「こないだの虚無の件だが結局天翔族の光安という奴が界の狭間の壺を盗んだみたいだな」


「ああ。そんなことを飛翔も言っていたな」



 九曜は盃の酒を飲む。



「光安は天帝位を狙っていたらしい。そのために私の体を手に入れようとしていたとの話だ」


「セイの?」


「正しくは人界神レオンのな」


「小賢しいまねを」


「それだけでは不十分と思って界の狭間の壺も手に入れたのだろう。虚無の危険性を把握してなかったのがそいつの敗因だな」



 政陽は溜息をつく。



「久しぶりの虚無の出現だったが相変わらずセイの力は衰え知らずだな」



 九曜はニヤリと笑う。



「私の力が衰えたら三界を保っていられないだろうが。お前と飛翔の力だけでは虚無に対抗できないだろうし」


「まったくその通りだから腹立たしいな」



 九曜は少し悔しそうな顔をした。



 この三界に初めて誕生した創造神オルシオンと破壊神エミリオン。

 そしてエミリオンの血を唯一受け継ぐ人界神レオンだけができる虚無の破壊。


 自らも古の神の一人である九曜にとっては自分にできないことがあるのが癪に障るのだろう。

 だが九曜はそのことで政陽を嫌ったりはしない。

 むしろその責任を一人取らされる結果となる政陽を憐れんでいる部分もある。



「そういえば桜華ちゃんはどうしてる?」



 九曜が話題を変えた。



「桜華は神霊宮で働いている。部下たちとも仲がいいし。桜華は仕事ができる人間だからありがたい」


「お前。自分の女を働かせているのか?」


「桜華が働きたいと言ってきかないんだ。自分も私の役に立ちたいと言ってな」


「セイの寵愛を受けることで充分働いている気がするが?」


「私も別に桜華に働かなくても一緒にいると約束したんだが桜華がどうしてもと言ってな」


「変わった女だな」



 政陽の言葉に九曜は呆れた声を出す。


 確かに九曜が呆れるのも分かる。

 九曜のような権力者の寵愛を受ける身になれば贅沢のし放題だし権力も握れる。

 女たちはそれを希望して魔王である九曜に群がるのだ。


 だが九曜は妾妃は作っても正妃を迎えない。

 九曜の妾妃になるだけでもかなりのお気に入りにならなければならないが正妃がいないということが女たちの新しい争いの種となる。

 自分こそが正妃にと女たちは火花を散らしているのが現状だ。


 政陽の寵愛を受ける桜華はそれだけで魔族の女たちから見れば邪魔者だ。

 魔王の正妃と同様に大公妃の座は魅力的なものなのだ。



「セイは桜華ちゃんを気に入ってるんだろう?」


「ああ。桜華のことは愛している」


「ならいっそのこと結婚して桜華ちゃんを大公妃にしたらどうだ?」



 九曜の言葉に政陽は眉をひそめる。

 政陽は桜華のことを愛してはいるが大公妃ともなると公務の仕事で他の魔族と関わり合いを持つことになる。


 桜華が天族であることは隠しようもないがまだ桜華も記憶が戻ってからさほど経っていないし魔界の社交界にもデビューしていない。

 そんな桜華にいきなり大公妃の仕事は荷が重いのではないかと政陽は考えているからだ。

 いずれ結婚を考えるにしてももっと桜華が魔界に慣れてからでもいいと思うのだ。



「まだ桜華は魔界の社交界にもデビューしていない。いきなり大公妃の仕事は荷が重いと思って少しずつ慣らしてからと思っている」


「そうか。それもそうだな。桜華ちゃんは天族だったしな」



 九曜は納得したようだ。



「それにしてもセイが女を愛する日が来るとはな。長生きしてみるもんだ」


「うるさい。お前に言われたくはない。お前も本当に愛する女性を見つけたらどうだ?」


「心外だな。私は女性なら皆愛してるぞ」


「その考えで多くのお前の子供が死んでるんだぞ」


「生き残る力もないようでは役立たずであろう」



 九曜はまったく反省した様子はない。

 政陽は今日何度目になるか分からない溜息をついた。



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