第21話 特別な存在
虚無の気配を政陽は感じ取った。
政陽は神霊宮にいたがその虚無の気配は近い。
虚無の様子を見ようとすると桜華を抱えた流星の姿が見えた。
政陽は流星と桜華、それに里奈と瑠奈を一瞬で結界に包み神霊宮に転移させる。
「大丈夫か! 桜華、流星、里奈、瑠奈」
「政陽様。天族が現れて壺の蓋を開けたら中から虚無が」
流星は桜華から離れて政陽に報告する。
「セイ。光安が現れたの。そして壺の蓋を開けたの」
桜華も必死に説明する。
「それでそいつはどうした?」
「虚無に飲み込まれました」
流星は淡々と報告する。
「分かった。ここは俺の結界が張っているから虚無もすぐには神霊宮を飲み込むことはない。俺は自分の体のある人間界に行ってくる」
「人間界へ?」
「ああ。本体に戻らなければ虚無を破壊することはできない」
「虚無を破壊する?」
「虚無は何でも飲み込むが限界以上の力を飲み込むと自滅するんだ」
政陽の言葉に桜華は驚く。
「では虚無にセイの力を飲み込ませるというの?」
「ああ。それが唯一虚無を破壊する方法だ。じゃあ、行ってくる」
政陽の姿がその場から消えた。
「桜華様、大丈夫ですか?」
日向が桜華に声をかける。
「日向様。先ほどセイが言っていたことは本当なんですか? 自分の力を虚無に食べさせるなんて」
「ええ。虚無は風船みたいなもので物を飲み込んで巨大化しますがある一定程度以上に飲み込む量が多くなると空気の入れすぎた風船のように破裂して無くなるのです」
「そんなことができるの?」
「できるのは政陽様だけです。いえ、人界神レオン様だけと言った方がいいかもしれない。しかし人界神レオン様の力を持ってしてもそれは難しいことなのです」
桜華は日向の言葉に不安になる。
「とにかく今は政陽様を信じて待ちましょう」
日向たちは神霊宮の中に入った。
「セイはあんな恐ろしいモノといつも対峙しているの?」
桜華は虚無の恐ろしい気配が自分の体を蝕むような錯覚に陥る。
「それが政陽様のこの世に存在する意味なのです。破壊神エミリオンの唯一の血族である政陽様しかできないことなんです」
日向も虚無の気配を感じ取っている。
虚無は街を飲み込み始めたようだ。
神霊宮もけして安全とは言い難い。
すると神霊宮が揺れた。
何者かが神霊の森に張られた政陽の結界内に足を踏み入れたのだ。
「くっ、今度は何だ?」
日向は桜華を守るように自らの結界を張る。
飛翔の息子である日向の力は普通の天族より遥かに強い。
「セイはもう人間界に行ったか」
そこに現れたのは魔王の九曜だった。
「魔王様!?」
日向も流星もまさか魔王が現れると思っていなかったので驚く。
「セイとの約束でな。虚無が現れた時はセイが虚無を破壊する間お前たちを守るように頼まれていたのだ」
「セイが?」
九曜は桜華を見る。
「桜華という名前であったな。お前はセイの『特別な存在』のようだ。あのセイが手元に女を置くなどちょっと前まで考えられなかったことだ」
「私がセイの特別な存在? そんなことあるわけありません。私はただの天使です」
「天使だろうが魔族だろうが人間だろうがセイは今まで自分の側に女を置きたがらなかった。まあ、昔嫌がらせに私が女をあてがったことはあったが」
桜華は政陽に囲っていた女性がいたことにショックを受ける。
「だが奴は一定期間その女性に部屋を与えて養った後、丁寧に私に送り返してきたんだ。その女に訊いたらセイは女に手を出さなかったらしい」
その話を聞いて桜華は胸を撫でおろす。
「そんなセイがお前を側に置いたということの意味を考えてみるんだな」
「私は魔物に襲われて記憶障害になっていたのを助けてもらっただけで」
「フン、奴はそれだけの理由で私にお前を守ってくれなどと頭を下げる男ではない」
「そんな……」
「とにかく今は虚無が神霊の森を飲み込む前にお前たちを一時的に魔王城で引き取る。日向、神霊宮の者たちを至急集めろ。転移するぞ」
九曜は日向に指示を出す。
「分かりました」
日向は神霊宮の使用人たちを至急集めた。
元々この神霊宮で働いている使用人は少ないのですぐに集まった。
「では魔王城まで全員転移させる」
九曜は転移の力を使った。
桜華たちが瞬きをする間に桜華たちは魔王城の広間に転移していた。
「ここは魔王城の広間だ。魔王城には私の結界が張られているし虚無からの距離もある。ここで大人しくしていろ」
九曜はそう言うと魔王城の奥宮に向かって歩き出す。
「待ってください、魔王様。私にもセイの、セイの様子を教えてください」
桜華は九曜に必死に頼み込む。
九曜は振り返り桜華を見つめた。
「それなら私に付いて来い」
桜華は九曜の後を追った。
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