第20話 虚無の脅威



「桜華様。貴女が働くことはないんですよ」


「いいえ、日向様。私は記憶を取り戻しましたし、いつまでも政陽様の客人でいるわけにはいきません。神霊宮に残ると決めたのですから私にも仕事をください」



 次の日、日向と桜華は揉めていた。

 仕事をしたいという桜華に対し日向は今まで通りに桜華は何もする必要はないと言ったのだが桜華は聞き入れない。



「桜華の好きにさせてやれ」



 政陽はその様子を見て口を挟む。



「しかし政陽様」


「いいんだ。桜華が望む通りにしてやれ。日向」



 主人に言われて日向は折れた。



「分かりました。では桜華様は里奈と瑠奈を連れて買い物に行ってください」


「買い物ですか?」


「ええ。神霊の森を出ると街があります。そこで必要なモノを買って来ているのです。里奈と瑠奈はいつも行っている街ですし護衛に流星をつければ大丈夫でしょう」


「流星様を? 私のために流星様に迷惑をかけるのは悪いわ」


「でも桜華様はまだ羽馬に一人でお乗りになれないでしょう?」



 日向の意見に桜華は返事ができない。

 日向の言う通り桜華はまだ羽馬に一人で乗ることはできないからだ。

 神霊宮の外に移動する時には羽馬を使うことが普通であり街までの移動も羽馬を使うなら誰かに乗せてもらう必要がある。



「分かりました。では朝食が済んだら買い物に行ってきます」



 桜華はそう言って目の前の残った朝食をたいらげる。

 政陽はその様子をいつも通りお酒と果物を食べながら見ていた。


 神霊の森の外に桜華を出すのはちょっと心配だが流星がついて行くなら大丈夫だろう。

 朝食を食べた後は政陽は仕事を片付けるべく執務室へ行き桜華は買い物の準備をする。



「いいですか。街では里奈と瑠奈の指示に従ってくださいね」


「分かりました」



 桜華は初めての仕事で緊張する自分を感じる。

 天界での仕事の経験はあっても魔界でその経験が役に立つかは別問題だ。



「桜華様。私共の言う通りにすれば街といえ危険は少ないですのでご安心ください」



 里奈が気遣うように桜華に声をかけてくれた。



「それじゃ、そろそろ行きますか。桜華様」



 流星が羽馬に桜華を乗せて自分も桜華の後ろに乗る。

 羽馬自体は初めてではないがどんどん高度を上げていく羽馬に桜華は身が竦んだ。



「大丈夫ですよ。ゆっくり行きますから」



 流星は笑って羽馬を操縦する。

 里奈も瑠奈も桜華たちの後ろから羽馬に乗ってついてくる。


 やがて神霊の森を抜けると街が見えてきた。

 桜華を乗せた羽馬はゆっくりと降下を始める。

 そして街外れに着地した。



「じゃあ、里奈、瑠奈。買い物に行きましょう」



 桜華は買い物籠を提げて街の中に入った。

 里奈と瑠奈に手伝ってもらいながら桜華は買い物をする。

 魔界の街も天界の街とそう変わらない。

 もちろん売っているモノは魔界特有のモノが多いけれど。



「これで買い物は終わりね」



 桜華は買った品物を確認したあと街外れの羽馬を置いてあるところまで戻った。

 その時ゴオーッと風が舞う。



「見つけだぞ! 桜華」



 目の前に現れたのは光安だった。



「なぜ貴方が魔界に!?」


「お前の気配を追って来た。お前にはどうしても人界神レオンの体を見つけてもらわなければならない」



 光安は桜華を睨みつける。

 桜華はその迫力に気圧されながらも返事を返す。



「私はもう貴方の部下でも駒でもないわ。カークお爺さんを殺したのは貴方だったのね」


「ほお。記憶が戻ったのか。ならばちょうどいい無理やりにでも従わせるだけだ」



 光安は腰に壺を提げていた。



「この壺の中には全てを飲み込む魔物が入っているらしい。この壺をここで開ければお前たちもこの魔界の街の者もみんな死ぬことになるぞ」



 桜華は政陽から聞いた界の狭間の壺のことを思い出した。

 あの壺には政陽の言っていた『虚無』が入っているのかもしれない。



「卑怯だわ。魔界の人たちは私に優しくしてくれたのに」


「お前は闇に染まったのか? 魔界の人間が優しいわけないだろうが」


「おっと。そこまでにしとけよ、お前。お前の相手は俺がしてやる」



 流星が剣を抜いて桜華と光安の間に入る。



「流星様、ダメです。あの壺の中身はとても危険なモノだって政陽様が言っていました」


「それでも桜華様をあいつに渡すわけにはいかないのですよ」



 流星は先に攻撃を仕掛けようとする。

 光安は笑って後ろに飛び去る。



「フフフ、まずはお前をこの壺の中の魔物の餌食にしてやろう!」



 光安は壺の蓋を取った。



「ダメえええーっ!政陽様ーっ!」



 桜華は声の限り叫ぶ。

 壺は蓋を開けた途端粉砕された。

 そして黒い物体が現れる。



「いかん! 桜華様、逃げますよ!」



 流星は桜華を抱きかかえると自分の羽を出しその場から逃げ出す。

 黒い物体は見る間に膨れ上がった。

 そして周囲のモノを黒い物体の中に引きずり込んでいく。



「な!?」



 光安も逃げようとしたが虚無の吸い込む力の方が強い。



「た、助けてくれ! ぎゃあああああーっ!」



 黒い虚無は光安を吸い込みどんどん膨れ上がっていった。


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