第17話 魔王城



 政陽は桜華と共に魔王城に着いた。

 迎えに出てきた侍従に魔王がどこにいるか訊くと自室にいるとのことだった。


 政陽は桜華を馬車から降ろし魔王城の奥にある九曜の部屋に向かう。

 途中で出会った魔族たちは政陽が女性連れで王城に現れたので興味津々の視線を二人に送る。


 桜華が魔族と会って怯えるかと思ったがそんな様子は桜華にはない。

 意外と肝が座っているようだ。

 魔王の部屋の前には護衛の兵士がいたが政陽はかまわず部屋の扉をノックする。



「誰だ?」



 九曜の声が中から聞こえた。



「政陽だ。望み通り桜華を連れて来たぞ」


「入れ」



 政陽と桜華は部屋に入る。

 九曜は大きなクッションを並べたソファに座っていた。



「早かったな、政陽」


「お前が呼び出したんじゃないか」


「それでそちらのお嬢さんが政陽の心を射止めた女性かい?」



 桜華は魔王に見つめられて少し緊張した。

 それでも約束通り魔王に対して挨拶をする。



「桜華と申します。魔王様」


「桜華か。いい名前だな。まあ、お前たちも座れ」



 九曜に勧められて政陽と桜華はソファに座った。

 すると九曜が桜華の顔を値踏みするように見つめる。



「なるほど。近くで見るとなかなか可愛いな」


「気に入ってもお前にはやらんからな」



 釘を刺しておかないと女好きの九曜は桜華に手を出しかねない。

 桜華をみすみす九曜の毒牙にかけるなど言語道断だ。



「ハハ、相当彼女のことを気に入ってるのだな。どこで知り合ったんだ? 彼女は天族だろう?」



 政陽は仕方なく桜華と出会った時のことと桜華には記憶の一部が無いことを話した。



「なるほどな。記憶喪失か。一時的なものなら何かのきっかけで思い出すかもしれんな」


「ああ、その時にどこで生活してもいいように三界のことを勉強させている最中だ」


「そうか。でも彼女のことが好きなら記憶が戻っても側においておけばいいじゃないか」


「桜華は物ではない。彼女の心が優先だ」



 九曜は政陽と桜華を交互に見る。

 桜華は大人しく二人のやり取りを聞いているがその視線は常に政陽を見つめていて桜華が政陽に好意を持っているのは間違いない。

 だがあえて政陽の方がそれに気付かないフリをしているようだ。


 すると政陽はそのことを誤魔化すためか話題を逸らした。



「それより『界の狭間』の行方は分かったか? 九曜」


「いや、新しい情報はない」


「そうか」



 政陽は考え込む。


 界の狭間の壺を盗んだ者は壺の中が『虚無』だと知っているのだろうか。

 そのことを知っている者は普通の天族や魔族とは思えない。


 すると突然ドオーンという轟音と共に魔王城が揺れた。



「な、なに?」



 桜華は驚いて政陽の腕を掴んだ。



「たくっ、小賢しいマネをしおって」



 九曜はどこにいても魔王城の中の光景を見ることができる。

 今のは正面入り口が破壊された音だ。

 破壊した扉から侵入した者が九曜のいる部屋に向かって来るのが見えた。



「九曜。奴は誰だ?」



 政陽も九曜と同様に侵入者の姿を見ているらしく九曜に問いかけてくる。



「なんでも地方出身の魔王子の一人らしい。先日宣戦布告の手紙が届いたが名前は覚えていない」


「またお前の子供か」



 政陽は呆れた声を出す。

 九曜の子供の諍いに巻き込まれること自体は珍しいことではない。



「来るぞ」



 九曜と政陽は同時に結界を張る。

 それと同時に再びドーンという音が鳴り響く。

 結界の張っていない九曜の自室の部分は侵入者の攻撃でバラバラと崩れ落ちた。

 だが九曜と政陽は桜華と一緒に結界の中にいて無傷だ。



「おい! 魔王よ。次代の魔王は俺様だ。死にたくなかったら王位を俺に譲れ!」



 姿を現したのは黒髪に緑の瞳の青年だった。

 この青年が地方出身の魔王子で今回九曜に宣戦布告した愚か者らしい。



「まったく、後で城を直す身にもなってみろ!」



 九曜の怒りが爆発した。 



「私の部屋をめちゃくちゃにして覚悟はできておろうな」


「当たり前だ。もうお前の時代は終わったんだ。これからはこの武暗ぶあんが魔王となる」


「武暗だと? 聞いたことないな」


「うるせえ! これでもくらえ!」



 武暗が剣を抜いた。

 九曜も空中から闇の剣を取り出す。

 武暗の剣が振り下ろされたが九曜の結界に弾き飛ばされた。



「チッ」



 武暗が舌打ちする。



「次はこちらの番だ」



 九曜は闇の剣を振りかざしためらうことなく武暗の首を切り落とす。

 ブシューッと大量の血が噴き出し辺りが血の海になる。

 武暗の首と体が崩れ落ちた。



「きゃああああああああーーっ!!」



 その瞬間、桜華の悲鳴が響き渡る。



「いやあーっ! カークお爺さん死なないでええーっ!」



 政陽は九曜の戦いを間近で桜華に見せることになったのは失敗したと思った。

 突然の魔王子の登場だったが九曜が敵を倒すのを大公として最後まで見届けないとと思い逃げずにこの場にいたのだ。

 残酷なシーンを桜華に見せたかったわけではない。


 桜華は悲鳴を上げて気を失う。



「桜華。しっかりしろ! もう戦いは終わった」



 政陽は桜華の体を抱きしめる。

 だが意識が戻る気配はない。



「おっとそれ以上のラブシーンは大公の宮でやってくれ。さて部屋を直すから今日はもう帰っていいぞ」


「分かった。邪魔したな」


「今度はゆっくりと桜華ちゃん連れて遊びに来い」


「気が向いたらな」


「それだけ美人なんだ。社交界に出れば注目の的だぞ」


「桜華を目立たせたくない」



 政陽は桜華を抱きかかえた。



「お前の側に女がいて周りが騒がないわけないだろうが」


「とにかく今日は帰る。それじゃあな、九曜」


「ああ」



 政陽は馬車に乗り神霊宮へと急いだ。




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