第16話 魔王の呼び出し



 政陽は九曜からの手紙を読むと溜息をついた。



「魔王様は何か至急の用事でしたか?」



 日向は政陽にお茶を淹れて差し出す。

 そのお茶を受け取り一口飲むと政陽はテーブルに手紙を置いた。



「桜華を連れて魔王城に来いとさ」


「桜華様を? 魔王様の情報網も素晴らしいですね。もう桜華様の情報をつかむとは」



 日向はわざとらしく驚いた表情をする。

 九曜の情報網は魔界全土にその網を張り巡らしている。


 大公である政陽も九曜にとっては常に動向を知っておくべき存在であり当然のごとくこの神霊宮で起こることに目を光らせているのだ。

 迂闊だったのはそのことを忘れていた自分の方である。

 普段は九曜に知られて困ることは特にないので政陽は気にしていなかったが今回の桜華の件は外部にバレないようにもっと気を使うべきだったと反省する。



「それで連れて行かれるのですか?」


「ああ、九曜の興味は桜華だろうからな。俺が一人で行ったところで門前払いされるだろう」


「まさか。大公を門前払いにはしないでしょう」


「奴だったらやりかねない」



 政陽は九曜の性格を知っている。

 今回は政陽に囲っている女性がいるという情報でもつかんだのだろう。

 九曜の関心が桜華にあるのは明白だ。

 このところ桜華は魔界の暮らしにも慣れ始めているから政陽と一緒なら外出しても問題ないはず。



「桜華は何をしている?」


「先ほど図書室で本を読んでるのを見かけましたが」


「そうか。日向、魔王城に行く準備をしてくれ。今回は羽馬の馬車で行く」


「承知いたしました。出発はいつでしょうか?」


「明日の朝に出発する。馬車での移動でも昼前には着けるだろう」


「そうですね。では準備しておきます」



 日向は一礼すると部屋を出て行く。

 

 本当なら桜華の存在を隠しておきたかったが九曜が桜華の存在を知った以上それもできない。

 桜華が滞在して日にちが経ったが桜華の記憶は戻る様子はない。


 このまま桜華が記憶を取り戻せなかったら魔界で桜華が暮らしていけるように手を打たなければならないだろう。

 その場合、いつまでも九曜を騙し続けることは難しい。


 政陽は桜華のいる図書室に向かった。

 図書室に入ると桜華が本を読んでいる。



「桜華。ちょっといいか?」


「はい。セイ」



 桜華は読んでいた本を閉じる。



「何の本を読んでいたんだい?」


「天界と魔界と人間界の歴史です」


「え? 記憶が戻ったのかい?」



 桜華は首を横に振る。



「記憶が無いからといってもいつまでもセイと一緒にいられるとは限らないと日向さんに言われてこの世界のことを知るようにと日向さんが本を貸してくれたの」


「日向の仕業か……」


「セイ、日向さんを怒らないで。桜華も早く記憶を取り戻してセイの役に立ちたいの」



 政陽を見つめる桜華の瞳は澄んでいる。

 それは記憶が無いせいなのかそれとも本来の桜華の姿なのか政陽は悩む。


 日向の言う通り桜華が三界のどの世界でも生きていけるようにしてあげるのが桜華のためだ。

 だが政陽は桜華を手放したくないと思う。

 この可憐な少女を自分の手元に置いておきたい。不意にそんな強い想いが政陽の心に湧き上がる。



「桜華。明日魔王城に行くから準備しておきなさい」


「魔王城に?」


「ああ、魔王が桜華に会いたいそうだ」


「桜華に?」


「ああ。それと今度から自分のことは「桜華」ではなく「私」と言うようにしなさい」


「分かった。セイ」


「話はそれだけだ。読書の邪魔してすまなかったな」



 政陽が謝ると桜華はニコリと笑う。



「大丈夫だよ。私、魔王様にちゃんと挨拶するから」


「ああ、そうだね」



 政陽は自分の中に生じた気持ちを隠すように図書室を出た。




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