第8話 仮の姿
「それで本当にこの少女に心当たりはないのですね?」
日向が念を押すように政陽に確認してくる。
「当たり前だ。俺はしばらく魔界を出ていない。この少女の母親らしき天族と出会うことはなかったはずだし俺自身記憶はない」
「それは確かにそうですね。ここ数十年魔界をお出になったことはなかったはず……」
日向は難しい顔をして腕を組む。
「パパ、このおじちゃん、こわい」
桜華が政陽の体に隠れるようにくっついて日向を見た。
「おじちゃん!?」
日向の顔が引き攣る。
確かに桜華のように成人したばかりの天族からしてみれば日向は数百年生きているからおじちゃんだろう。
だが天翔族の寿命を考えれば日向はまだお兄さんと呼ばれる若さだ。
「桜華。このお兄さんは日向という名前でこっちの黒髪のお兄さんは流星っていう名前だよ。日向さん、流星さんと呼びなさい」
「日向さんと流星さん?」
桜華はたどたどしい言葉ながら二人の名前を呼ぶ。
「そうだよ。そして私のことはパパではなくセイって呼んでごらん」
「パパはセイ?」
「そう。これからは人前で私のことはパパと呼んではいけないよ。分かったかな?」
政陽は優しい声で桜華に言ってきかせる。
大公に娘がいるなどと噂をされたらややこしいことになるからだ。
「うん。分かった。セイ」
「桜華はとてもいい子だね」
政陽は桜華の頭を撫でる。
子供に言い聞かせているようだが桜華の姿は16歳前後の少女なので違和感が半端ではない。
「日向、流星。とりあえずしばらくはこの子の記憶が戻るまで様子を見てみよう。桜華の部屋を用意してくれ。私の部屋の隣が空いてるだろう」
「あのお部屋は政陽様がいずれ奥方を迎えるためのお部屋ですよ」
「今は俺に妻はいないんだからいいだろう。桜華をなるべく一人にさせたくない。こんなに怯えているんだ。きっと怖い思いをしたに違いない」
「承知いたしました。政陽様」
日向は政陽に一礼して部屋の準備のため出て行く。
「でも大公様。この桜華ちゃんの記憶がいつ戻るか分かりませんよ。それにこの子は人間界にいたようですからもしかして『忘れの森』にいたんじゃないですか?」
今度は流星が政陽に話かける。
「確かに住んでいた森の石像の顔が俺に似ていると言っていたな。それなら俺の体のある『忘れの森』の神殿のことかもしれない」
「そこには森番が代々いたはずですよね?」
「ああ、人間界の王が森番を派遣していたはずだ。だがあの森には私の結界が張ってある。天族や魔族は排除するようになっているが……」
政陽の今の体は神としての本当の体から精神とある程度の力と肉体の一部を使って作った体だ。
創造神の血を引くためそういうことができる。
それは天帝の飛翔や魔王の九曜も一緒だ。
本来の神の姿で存在すると力が強大過ぎて三界のバランスを保つのが難しいので三人の神は仮の姿で生活をしている。
「桜華ちゃんは赤ん坊の時に森の結界に触れたから結界が排除するほどの力を持っていなかったのかも」
「それはありえるな。人間でも邪な心を持った者は排除するようにできている代わりに敵になりえない者は自由に行き来できる」
政陽は流星の予測が当たっている気もするが桜華が記憶を取り戻せば全て分かる話だ。
桜華は相変わらず政陽の隣に座りながら右手で政陽の服を掴んで離さない。
余程のことが過去にあったに違いない。
もしかしたらそれは忘れていた方が幸せな記憶なのかも。
とりあえず肉体的には怪我などはしてないから様子を見たほうがいいだろう。
本当なら「界の狭間の壺」を探しに出かけたいところだが今は桜華を放っておけない。
桜華は綺麗な深い青い瞳で政陽を見つめている。
髪は銀髪で腰まで伸び触り心地がいい。
こんな美しく華奢な少女はどこから来たのか。
政陽は今まで女性に対して興味を持ったことは少ない。
まあ、今まで長い時を生きていて女性経験はそれなりにある。
だが正式に結婚したことはない。
それに自分は神力で女性を抱いても子供ができないようにできる。
自分は特別な存在で唯一無二の神である。
天界神ラーシャラーや魔界神ザイオンと違い簡単に子供を作ることはできない。
破壊神エミリオンの血を唯一受け継ぐ者としての責任は限りなく重い。
自分の血脈から再び破壊神を生み出すことは絶対にしてはならないことだ。
だが桜華を見ていると自分の心が騒めく。
政陽は初めての出来事に驚きを隠せない。
「とりあえずしばらく様子を見ないことには何とも言えない。流星、悪いが私が側にいないときの桜華の警護を頼む」
「承知いたしました」
流星は一礼する。
(これからどうなるのか)
政陽は深い溜息をついた。
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