第7話 記憶障害
魔界の「神霊の森」と言われる森の中に神霊宮はある。
神霊の森全体に大公政陽の結界が張ってあり予め結界に登録しておいた人物しか出入りできない。
政陽は羽馬で神霊の森に近付くと一度結界を消して森に入ってから結界を張り直した。
そうしないと途中で拾った桜華という少女が神霊宮に入れないからだ。
神霊宮の正面入り口に羽馬を着地させる。
後から来た流星も続く。
神霊宮の入り口には政陽のもう一人の側近の日向が出迎えに出てきた。
政陽は羽馬から少女を抱き下ろすと羽馬を馬番に渡す。
日向は政陽の腕の中でスヤスヤ眠る少女に驚いたようだ。
「お帰りなさいませ、政陽様。先ほど結界が一度解けたのはその女性のためでしたか」
「ああ、魔物に襲われているのを助けたのはいいがどうやら天族らしくてな。ついでに気を失ってしまったので連れてきたんだ」
日向は男性だが腰まである長い金髪を一つに紐でまとめていてその瞳は金色だ。
日向も天界出身者だ。それも天翔族の出身だがあることがきっかけで政陽の側近になった。
「確かに天族の気配がしますね。おそらく天使族だと思われますが」
日向は少女の気配を読む。
「客室は使用できるか?」
「はい。すぐに用意しますのでとりあえず応接室のソファに寝かせておきますか?」
「ああ、それとすぐに医師にこの少女のことを見てもらいたい。気を失う前の言動がちょっとあやふやでな」
歯切れの悪い言い方をする主人に日向は不信感を持つ。
「その少女が天族以外のことでまだ他にも問題があるのですか?」
「いや……そういうわけじゃないんだが……」
「その少女が気を失う前に大公様のことを『パパ』って呼んだんだ」
後ろに控えていた流星が口を挟む。
みるみるうちに日向の顔色が変わっていく。
「とにかく応接室へどうぞ。それから医師の手配もしますがその少女が何者かについてはキッチリと後で説明していただきますので」
そう言うと日向は応接室の方へと歩いていく。
「流星も余計なことを……」
政陽が日向の後を少女を抱いたまま歩きながら流星を軽く睨む。
「私は事実を言ったまでです」
流星は涼しい顔で政陽の怒りをスルーする。
流星には政陽が本気で怒ってないことが分かるからできることだ。
政陽の本気の怒りを買って生きているものはいない。
少なくとも流星が側近になってからは。
政陽は応接室に入ってきた医師の
「名前は桜華と言っていた。この容姿からすると15、6歳だと思うんだが言動がもっと幼い感じがしてな」
翠羽は女性でお抱えの医師であり神霊宮で働いている者たちを主に診ている。
「外傷は無いのでとりあえず起こしてみますか」
そう言うと翠羽はきつけ薬を使う。
「う~ん」
桜華は目を覚ました。
体を起こしソファに座るがとても不安そうにしている。
そして部屋の中を見回す。
すると政陽の顔を見て嬉しそうに声をあげる。
「パパ!」
ソファから立ち上がり桜華は政陽に抱きつく。
政陽も思わず桜華を抱きとめた。
「桜華様、少しお話をさせていただいてよろしいですか?」
翠羽が桜華を驚かせないようにゆっくりと話す。
だが桜華は政陽に抱きついて離れない。
「桜華。翠羽はお医者様だよ。何も怖いことはしないからお話をしてみなさい」
政陽が桜華の頭を撫でながら安心させるように言ってみた。
桜華は政陽のことを見ながら答える。
「パパと一緒ならいいよ」
「そうか、じゃあ、とりあえずソファに座ろうか」
政陽は桜華を連れてソファに座る。
翠羽はゆっくりと桜華に質問を始めた。
「お嬢さんのお名前は桜華で間違いないかな?」
「うん」
「住んでいたのはどこ?」
「森の中の小屋。カークお爺さんが森番やってたの」
「そのカークお爺さんはどうしたのかな?」
「わかんない。目が覚めたら全然知らない場所にいたの」
翠羽は慎重に質問を続ける。
「桜華ちゃんは今何歳?」
「10歳」
政陽たちは驚く。
桜華がどう見ても10歳には見えないからだ。
「桜華ちゃんはなぜこの方をパパと思ったの?」
「カークお爺さんが森の神殿に連れて行ってくれて石像を見せてくれて桜華のパパだと言ったの」
「その石像とここにいる『パパ』の姿に似ていたの?」
「うん」
「桜華ちゃんは天族や魔族って分かる?」
「よくわかんない」
「じゃあ、人間は?」
「人間はカークお爺さんのこと。カークお爺さんが教えてくれた」
「桜華ちゃんはずっとそのカークお爺さんと一緒にいたのかな?」
「うん。桜華を赤ちゃんの時に拾ったんだって」
政陽は息を呑む。
どうやら桜華は人間に育てられた天族らしい。少なくとも10歳までは。
「どうやら何かの強いショックで記憶が10歳まで戻ってしまっているようですね」
翠羽は政陽たちに向かって説明する。
「この子の体の成長から見ておそらく16歳前後でしょう。ところが記憶は10歳までの記憶しかない。もしかしたら10歳の時に精神的な強いショックを受けた可能性があります」
「記憶は戻るのか?」
「はい、これは一時的な記憶障害でしょう。ただ記憶が戻るのが明日なのか一ヶ月後なのか一年後になるのかは誰にも分かりません」
「俺の子供ではないよな?」
政陽の問いに翠羽は真面目な表情で答える。
「私は神の子供を診たことはありませんがこの少女からは少なくとも神気は感じられません」
「そうか。状況は分かった。下がっていい」
「はい、では失礼いたしました」
そう言うと翠羽は部屋を出て行った。
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