私を殺したのは大魔法使い様ですか?

花澄そう

第1話

私は、名前も、顔も知らない人に殺された。




死んだ世界はとても暗く……何もない。



あの日、あの道を通らなければ、とか

二本も早い電車に乗らなければ、とか

結婚式代をケチって大安にしなかったからだ、とか……


今さらいくら考えても仕方のない事を何度も何度も頭の中をループし、酷く自分を責め、後悔し続けた。





そんな時、私は生まれ変わった。


その瞬間、神様が私に復讐の機会を与えて下さったんだと思った。




でも――今なら分かる。


それはきっと、違うって。



神様は私に、愛される喜びを与えて下さったんじゃないかって、今なら思うの。


「シエル」

私を呼ぶ野太い声に振り返ると、思わず笑みがこぼれた。





「うっ……」



倒れ込んでいる私の目の前には、アスファルトに広がっていく真っ赤な血の海が広がっている。


体中を貫く、これまでに味わったことのない激痛に、意識が朦朧もうろうとしてくる。


誰……?

誰が、私にこんな事を……


赤い海にうつ伏せで浸かりながら、必死で歯を食いしばり、限界まで視界を持ち上げる。


すると、この霞む目に映り込んだのは、艶のある綺麗な長い黒髪。


その姿には見覚えはない。

知り合いと照らし合わせても、どうしても一致しない。


顔を確認したいのに、痛みで言うことを聞かない体。


せめて、誰の仕業なのかだけでも知りたい!


そう願う私の視線は、その思いに反して力なく地面へと落ちていく。

そして視界に映ったのは、どす黒い革靴だった。


血に染まるアスファルトの中で、うつ伏せのまま首だけ横を向いた私の手が、無意識にピクリと動いた。


徐々に意識が薄れていく――



私は、誰の仕業かも、動機さえも全く分からないまま死ぬの?



今日は私の結婚式の日だった。

本当なら、自分の人生の中で最高な日になるはずだったのに……、なんでこんな事に……


今頃結婚式場では、夫になるはずだった彼や式場の人たちが、私を探しているかもしれない。


そしに――どこで嗅ぎつけたのか分からないけど、教えてもないのに出席すると言い張った両親も……



来ないで欲しい、って言ったのに……


私はずっと両親の言うことを聞き続けて来たのに、両親は最後まで私の言う事なんて何一つも聞いてくれなかった。


あんなに参列したがったのは、私に興味があるからじゃない。

きっと、ご祝儀が欲しかっただけ。だから参列人数まで聞いて来たんだ。



あーあ……


親ガチャで大外れを引いて最悪の人生を歩んできた私が、やっと掴んだ幸せだと思ったのに……


その矢先に、これ。


私って、本当に運が悪い。

私の人生って、一体なんだったの?



「あれぇ?まだ生きてんの」


黒髪の奴が慈悲も涙も無いような言葉を落としてくる。


「早く死んで」


三半規管までやられているのか、そんな声がエコーでもかかったかのように酷くぼやけて耳に届く。


目を閉じる力も残っていない私に、影が落ちたのが分かった。


それが何かを確認する事も出来ない私は、次の瞬間、雷に打たれたような鋭い痛みが脳天を直撃して――視界がふっと消えた。



辺りは明かりが一つもない暗闇。

そして気付けば、さっきまで感じていた痛みが嘘のように無くなっていた。



その瞬間、何故か分かってしまった。




私の人生が、

終わってしまった、と。



暗闇の中に一人たたずんでいた私は、全身の筋肉が抜け落ちたかのように膝から崩れ落ちた。



小さい頃から親に蹴られ殴られ、働ける年齢になると奴隷のようにこき使われた。

稼いだお金は全てむしり取られて、親の酒やギャンブルに消えて行った。


そんな親とやっとのことで縁を切って、幸せを掴むところだったのに……

いや、実際には完全には切れてなかったけど……


でも、こんな所で私の人生が終わりだなんて…………ほんと最悪。



私は……何のために生まれて来たんだろう。

親を養う為?

親の憂さ晴らしになる為?


心から幸せだと感じたことなんて、一度もなかった。


これで終わりだなんて――

これじゃ、まるで私が苦しむためだけに生まれてきたみたいじゃない!


悔しい……っ!


なんで?どうして今私を殺したの?

通り魔か何か分からないけど、なんでこのタイミングだったのよ……


酷いよ……。

どうせ殺すなら、もっと辛かったあの頃にしてくれれば良かったのに……




黒髪の奴が憎い。


もし、

もし生まれ変われるのなら……


私の人生に勝手にピリオドを打った黒髪の奴に……復讐させてほしい!!



真っ暗な空に向かい、何度も何度も手を合わせ、強く願い続けた。


どれだけの時間が経ったのだろう。

気づけば、暗闇の中に一筋の光が差し込んでいた。


その光は次第に広がっていき、私を包み込んだ。

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