自販機からの贈り物
鳴海彩世
プロローグ
【最初の出会い】
人通りのないうす暗い道、一人の男が自販機らしきものの前で佇んでいた。
その男の名前は成瀬享友(なるせ きょうゆう)、四十八歳。中学社会科の教師をしている。
口数は少ないが、生徒との約束は必ず守り、問題や悩みのある生徒には親身になって話を聞いてくれることから、生徒、保護者、同僚からは「成先生(なるせんせい)」と呼ばれ、絶大な信頼を得ていた。
だが、それが自分の娘の事になると、話が全然違ってくるのだった。
彼には二人の子供がいる。上の子は女の子で「友美」、下は男の子で「享一郎」といった。姉の友美は十七歳で、思春期まっただなかである。
他人の子供にはあんなに優しく接する事ができるのに、自分の娘にはからっきしである。いろいろな事を話したいのだが、友美としてみれば、母と話をする事でほぼすべての事は対応できるため、父親に話をしなければならないという事が無かった。だから、特段意図したわけではなかったが、父親との会話は無いに等しかった。彼はそのことでひどく悩んでいた。
彼は、自分が手にしているものをしばらくじっと眺めていた。
そしてハッと何かに気が付いたように呟いた
「そうか、何も言わずにそばにいて、静かに見守ればいいのだ、
そう、この置時計みたいに…。」
次の日からそれは友美にとって、無くてはならないものになった。
【三人の秘密】
それから三年後、友美は高校二年生になっていた。
この高校は九月の文化祭がある。(通称九月祭と言っていた)
その実行委員を、各クラスから三名出さなければならない事になっている。
友美のクラスは、友美と斎藤浩司、普門通成の三名が実行委員だった。
トラブル続きではあったが、九月祭は何とか最終日を迎える事ができた。
みんなが帰る中、実行委員の三人は片付けなどもあり、帰るころは夜の七時を回っていた。三人で一緒に帰ろうという事になり、並んで歩いていると、突然斎藤浩司が叫んだ。
「何だこれ?見たことねーぞ!こんな自販機」
文化祭のノリを引きずっていた浩司は、その自販機にいたずらをし始めた。
友美が注意しても止める気配が無い。
最初は落書きだったが、自販機をゆすったり蹴ったりし始めた。
友美は「こいつら脳ミソは小学生以下だな」と思いながら見ていた。
だが、そこで大変な事が起きてしまった。
浩司が自販機にキックをいれると自販機がドスンと倒れてしまったのだ。
これにはさすがに三人とも焦った。
さて、どうするか?三人で話し合っている時に、一瞬ではあるが三人とも自販機から目を離した。そして再び自販機の方を見ると
そこには自販機は無かった。
三人は夢を見ているようだった。
この事は誰に話しても信じてもらえることは無いだろうから、永遠に三人の秘密とすることにした。
三人は家についてからもまだ心臓がドキドキしていた。
エピソード 1
成瀬友美
【母からの電話】
会社の昼休み
スマートフォン越しに母の声が聞こえる。
成瀬友美は、ふと、目を閉じた。
声が少し疲れているねと、母が言った。
母はいつも、自分の限界を見抜いてくる。
大丈夫、元気だから、と母にはすぐばれてしまういつもの小さな嘘。
昔の私だったら、少し問題があっても笑い飛ばしているところだが、学生の頃とは環境も立場も違う、そんな事くらい分かって当然と思うが、母は違う。
何かにつけて昔の彼女と比較する。
昔を思い出してなのか、突然くすりと笑ってしまう母。だけどその笑いの奥に、何かが沈んでいるのがわかる。
「ねえ、トモちゃん」
突然の母の問いかけ。
「今のあなた…、自分らしく生きている?」
画面の向こうで母が静かに放った言葉が、心の奥に小さな波を立てた。
【疲弊した日常】
友美は外の道を歩いていた。
職場を出てから、もう二駅分は歩いただろうか?
「昇進」――その辞令は、誰よりも努力して掴んだものだったはずなのに、古川部長の一言が全てを鈍色に染めた。
彼女は吐き捨てるように呟いた。
「女の管理職は信用できん」だって?
何処をどうすればあの様な言葉が口から出てくるのか、理解できなかった。
無視するべきだった。でも、この沢山の社内メールがそうさせてくれなかった。
タイトルはどれも空欄で、送信元は女子社員個人か、または女子社員一同だ。
そしてメールの内容は「頑張ってください」「応援しています」「ファイト」「あなたなら勝てる」
といったものばかりで、祝福のメールは1通も無い。 どうやら彼女は女子社員の希望の星らしい。
彼女がこの会社に入った頃、女性社員と男性社員の待遇差は、まだまだ存在していた。
近年ようやく男女の雇用格差に対する法律が整備されてきてはいるが、古川部長の様に、いまだに堂々とセクハラ発言やパワハラ発言を繰り返す人もいる。
中には、今回彼女を推挙してくれた北村専務の様に理解のある人もいるが、まだまだごく一部と言っていい。
そのパワハラ部長…ではなく古川部長がデザイン部にやってきた。
【古川部長の言葉】
「おい、成瀬!いるか?」
いるのを分かって聞いてくる。
友美は感情を抑えて対応しようとするが、古川がたたみかけてくる。
「あ、はい、何でしょうか古川部長。」
「お前今度、部長に昇進したらしい
な?」
「あ、はい、一応そういう事になったみたいです。」
「なんだか他人事みたいな言い方するじゃねえか、自覚あるのか?一応で務まるほど部長職は甘くねぇんだよ!」
友美は、やれやれまた始まったかと辟易していた。
そして古川からとどめの一言が出た
「これだから女の管理職は信用できねえ」
友美は体が熱くなるのが分かった
「俺が取ってきた仕事も、ちゃんと人数かけてやっているよな?後になってから、もう少し時間をください―なんて泣きついてきても、俺は知らないからな。覚えとけよ。」
古川は、言いたい事を言って帰った。
「あ~ムカつく!何?今の言い方?普段会社ではあんな高圧的な態度を取っているけど、自分より地位が上と見たら、手のひらを返したようにペコペコしちゃって、本当に最低。」
などと、ぶつぶつ呟いていると、そこに部下の小橋がやってきた。
小橋は若手だが、彼女に対してもストレートに話をする。
「古川部長も相変わらずですね。」
「そうね…」
「でも、あの人の言う事も少しはうなずけるところもありますよ。」
「えっ?」
友美は一瞬ドキッとした
「成瀬部長、一人で頑張りすぎです。俺たち皆、少しでも部長の力になりたいと思っていますから。だから一人で抱え込まないで下さいね。倒れてしまいますよ、部長。」
「あ、ありがとう、ごめん、みんな。」
その時はそれ以上何も言えなかった。
友美は歩きながら考えていた。
いつからこうなってしまったのだろう?以前は違っていたような気がするけど…。少なくても部活に打ち込んでいた頃の私は…
【怪しげな自販機】
気が付けば友美は、真っ直ぐな一本道を歩いていた。
車の往来も無く、歩行者も滅多に見かけない、少し薄気味悪いとも思える通りだった。
長い時間歩いていた彼女は、喉の渇きを覚えた。
周囲を見渡してみると、前方に自販機らしき灯りが見える。
ひと気のない通り。そこにぽつんと現れた一台の自販機。まるで私を待ち続けていたような…そんな不思議な気配があった。
静かすぎる道に置かれたその自販機は、何故だろう…なんだか懐かしい感じがした。
友美は小走りで自販機の方に向かった。
自販機の前まで来て、彼女は少し戸惑った。
一般的な飲み物の自販機の様に見えるが…、なんだろう、この違和感は…。
見た目すごくシンプルなのだが。
最も奇妙だったのが一番上にある液晶画面に書かれている内容だった。
その液晶画面にはこう表示されている
「この自動販売機は500㎖ペットボトルの冷たいお茶を販売しています。
値段は百五十円です。おつりは出ないので注意してください。」
これで終わりだと思っていたら、続きが流れてきた。
「更にあなたが今所持している現金を全額投入して決定ボタンを押して頂くと、今の あなたにとって本当に必要な何かが出てきます。」
「所持金全額ですって?…ずいぶんふざけた自販機ね。」
一瞬躊躇する。でも、ふと考える。
――もしこれが無料だったら。私は気軽にボタンを押していたかもしれない。
だけど、この“贈り物”は、きっと簡単に手に入れることができない何かだ。
それを受け取るためには、私は何か大切なものを支払う必要があるはずだ。
贈り物の重さが試されている気がした。
友美は、最初は無視して帰ろうと思った。でも、その自販機を眺めているうちに、何かに導かれるように「絶対に買わなければ駄目だ」という気持ちになってきた。何故かはわからないが…。
「払えばいいんでしょ? 払えば!」
これはある意味、新手の恐喝だな…などと言っている自分が可笑しくなって、思わずクスッと笑っていた。
「これでくだらない景品だったら、叩き壊してやろうかしら!」
友美は本気でそう思った。
友美の財布には結構な額の現金が入っていたので、かなり痛い出費だったが勢いで全 額投入してボタンを押した。
すると、ウィーンという妙な機械音がした後「ガタゴト」という音とともに何かが取り出し口に落ちてきたのがわかった。
友美は、自販機の取り出し口に手を入れて、その落ちてきた物を取り出そうと腕を伸ばした。
出てきたのは小さな段ボールの箱だった。
友美は箱についているガムテープを乱暴に剥がした。そしてその箱を開いて見ると、中には白い小さな置時計が入っていた。
【置時計の記憶】
表面は傷だらけ。明らかに中古品であることは誰の目にもわかる。
しかし、この置時計は、ただの中古の置時計ではなかった。
「これ、私の…」友美は時計の裏側を見た。
そこにはサインペンで何かが書かれた跡があった。
かなり薄くはなっているが、はっきりと読み取る事ができる。
TOMOMI
間違いない、自分が使っていた時計だと友美は確信した。
中学の頃から使い始めて、社会人になってからも使っていたので、とても愛着があった時計である。
社会人になってから、何回か引越しをしているので、その時にどこかに置き忘れたのか間違って捨ててしまったのか、わからないが、紛失していた。
「どうしてこれが今ここに?…」
友美は訝しがりながらも、心の中は懐かしい気持ちで溢れていた。
そして高校の時の部活の記憶が蘇ってきた。
【部活の思い出】
友美は中学~高校と女子バスケ部に所属していた。
高校3年の時は、持ち前のリーダーシップが認められて、キャプテンを任されていた。
同じ学年の市原恵美(いちはらめぐみ)とは大の親友で、
「トモ」
「メグ」
と呼び合う仲だった。
高校に入ってからの付き合いだが、入学してから今まで、目標に向かって共に苦しい練習を乗り越えてきた、大切な仲間だ。
二人でいると、どんな苦労も苦労と感じなくなるから不思議だ。
友美のポジションはポイントガード(PG)。
チームの司令塔で、相手ディフェンスを突破するスピードと、予測不能なパスワークが武器だ。
シューティングガード(SG)で、スリーポイントシューターの恵美は背も高く、チームのポイントゲッターだった。
試合でもこの二人の息はぴったりで、それまで弱小と言われ続けてきたこのチームを県大会の決勝まで導いた。
決勝戦の相手は、絶対王者の「煌帝館(こうていかん)女子高等学園」だ。
過去に、三度の全国優勝の実績もある、超強豪校である。
全国から優秀な選手が集まってきて、その中でも特に要注意の選手は、友美と同じ、キャプテンでポイントガードの黒条梓(こくじょうあずさ)選手、そしてもう一人、交換留学生としてセルビア王国スポーツアカデミーからやってきた長身のセンター
アナスタシア・ドラゴビッチ選手
煌帝館は、当然のように今大会も優勝候補の筆頭に挙げられていて、実際にこの決勝までは全く危なげない試合運びで、対戦相手を圧倒してきた。
そして、友美達との決勝戦を迎えた。
試合は白熱した攻防が続いた。
一時は20点差をつけられたが、その後の怒涛の追い上げにより、現在その差は3点。残り時間もわずかとなり、タイムアウトで、最後の気合を入れるために、両チームは円陣を組んだ。
会場に重く沈む空気。
残り時間は9.8秒。静かな緊張が走る。
「エレベータースクリーンでいく」
タイムアウト明け、友美の低く短い指示が選手たちに緊張感を与えた。
それを察した友美は
「ほら~、みんなガチガチだよ!スマイル、スマイル!」
「大丈夫、絶対うまくいく!」
友美はニコッと笑った、そして一言。
「私が保証する!」と力強く言った。
全員「うん」と頷くと、さっきまでの堅かった表情が一変した。
一方の煌帝館、黒条梓の目が静かに光る。
ベンチから戻るや否や、味方に冷ややかに告げた。
「市原を封じろ。それで勝ちは確定する」
彼女の分析は正確だった。終盤、相手の得点源の市原恵美に3Pを打たせなければ、延長にもつれ込むことはない。
その判断を聞き、アナスタシアは無言でゴール下へと入る。
巨大な影が、リングの前に立ちはだかる。
ボールを持った友美がタイミングを計る。
恵美は左ウィングに立ち、ディフェンダーの梓と向き合う。
友美は一旦、2年生で双子の姉の立花結衣(たちばなゆい)にボールを渡し、自身は相手ディフェンダーを引き連れてゴールサイドに切り込む。同時に恵美もゴール下に走っていく。
「スリーじゃないのか?」
梓は一瞬迷った。
スリーポイントシュートを打ちたい恵美は当然アウトサイドに待機しているものと思っていたが、その考えに反してインサイドに切り込んできたからだ。
「何を考えている?」
梓はゴール下を守るために移動した。一瞬梓は恵美から離れてしまった。
これを待っていたかのように恵美はいきなり方向転換し、今度はアウトサイドに向かって思い切りダッシュした。そこには立花結衣、妹の結花(ゆか)、ゴッチこと副キャプテンの後藤恵子(ごとうけいこ)によって、アウトサイドへ抜ける一本の道ができていた。
その道を風の様に、恵美が駆け抜ける!
「まさか、エレベータースクリーン?」
梓は瞬時に察知したが、恵美を追いかけようとしたときは既にドアは閉まっていた。
「まずい」
スクリーンの壁で足が止まり、一瞬、視界が途絶える。
「今よ!」
結衣から再びボールを受け取った友美から放たれたインバウンドパスは、シューティングポケットへ吸込まれるように届く
会場の時間が止まったかのような一瞬。
恵美の瞳に迷いはない。
――決める。絶対に。
高く放たれたスリーポイントシュート。
アナスタシアが跳び上がるも届かない。
空中で交錯する二つの影。
ボールが描く放物線の先、静まり返った会場に「シュッ」と、ネットを擦る音が響いた、と同時に、試合終了のブザーも会場に鳴り響いた
「ビィーッ」
同点のブザービートが決まった瞬間だ!
ベンチが歓喜の渦に包まれる。
友美たちは互いに拳を重ねた。
そして延長戦
友美達は決着をつけるため、再びコートに向かった。
しかし…、
体は既に限界を超えていた。
友美たちには、もうほとんど余力は残っていなかった。
結局延長戦の末、友美たちは敗れ去った。
しかし友美たちの目に涙は無かった。
やり切った、出し切った、という満足感でいっぱいだった。
【交わした約束】
卒業間近なある日の学校帰り、偶然恵美と恵子を見かけたので声をかけた。
「メグ、ゴッチ、一緒に帰ろう」
三人が並んで一緒に帰るのは、本当に久しぶりだった。
「トモミは東京の大学にいくの?」
ゴッチが聞いた。
「うん、まあ一応推薦はもらったけど」
「推薦かー、いいなーメグミはバスケ続けるの?」
「実業団からいくつか誘いは来てはいるけど
ついていけるか不安で」
「ポイントゲッターなんて言われていたけど、あれはトモのパスあってのものだったし」
「いやいや、メグなら絶対やっていけるって、私が保証する!」
友美は目をキラキラさせながら真っすぐに恵美を見て言った。
恵美はクスッと笑って
「相変わらず人をのせるのがうまいね。トモは」
「ほんとほんと」ゴッチも頷く。
途中、ゴッチが
「私こっちだから、トモミ、メグミ、じゃあまたね」
そう言って、途中で別れた。
そろそろ家に近づいてきたところで恵美が
「トモ……、 一つ約束して」
「なに?」
「これから先も今まで通り、みんなを笑顔でまとめてくれる素顔のままのトモでいてね」
「うん、メグもね」
冷たく吹く風が、何故か二人には心地よかった。
【素顔のままで】
友美は自販機から出てきた時計を眺めながら、昔親友と交わした約束を思い出して胸が熱くなった。
「あっ」友美は、恵美が言った言葉から、ある事を思い出した。
「素顔のまま…」
おもむろに時計を裏返して「ここを…、こうするのだったかな?」
すると、時計からある曲のメロディーが流れ始めた。
この曲、大好きだった曲
もらった時は、曲名も、誰の曲かも、何も知らなかったが、後から調べて分かった
ビリージョエルの「素顔のままで」
友美の目は、大粒の涙であふれていた
今の私はどうだろう?
一人で意地になって、明らかにオーバーキャパな仕事のために残業を繰り返し、周りの人間を信用せず、常にイライラして…
「あの頃の私と真逆じゃない?!」
そう思った瞬間、彼女の心の中の何かが変わっていくのがわかった。
そして更にある事に気が付いた。
この自販機、いたるところにいたずら書きされた跡があるのだ。
くだらない、小学生が書くような落書き。
「これ、高校の九月祭の時、確か斎藤君だったような気がするけど、自販機があってそれにいたずら書きをしていたような…、もう一人いたような記憶があるけど、誰だったか…、あー、思い出せない。」
でも確かにこのいたずら書きには覚えがあった。
「この自販機って、まさかあの時の…」
【大丈夫、私が保証する】
それから数日後のC&V社 デザイン部
「小橋くん、ちょっと」
「はい、何でしょうか?成瀬部長」
「この間やってもらったデザイン、お客様にすごく好評よ!引き続きフォローお願いね。」
「はいっ、わかりました。」
「それから、来週立ち上げる新規プロジェクト、わかるわよね?」
「はい、大体のことは聞いていますが」
「君にプロジェクトリーダーをやってもらいたいのだけど…」
「ちょっ、ちょっと待ってください部長あれ、結構大きいプロジェクトじゃないですか?プロジェクトリーダーって、俺なんかが務まるわけが…」
「大丈夫!」
「私が何年君を見てきたと思っているの?小橋主任ならできるよ。」
友美は、小橋の目をじっと見つめて、そしてニコリと微笑み
「私が保証する」と言った。
小橋はハッと我に返り
「も~、部長には敵わないなぁ」
「人をその気にさせるのが上手いから」
「わかりました。部長の指名を断る訳にはいかないですからね」
「ありがとう。詳しい事はまた後で打合せしましょう。」
「それじゃ仕事に戻っていいわよ」
「はいっ」
その時、誰かの声がしたような気がした。
「そうよ、トモには敵わないのよ」
「メ、メグ?」
「気のせいか…。」
「久々にメグに会いたくなったな~」
「メグは今、富山のプロバスケットボールチームのコーチだったはず…」
「よーし、今度の連休はゴッチも誘って富山まで行って、「ます寿司」食う…じゃなくて、メグの仕事振りを見てやるか?」
そんなことを思う友美だった
【社員食堂にて】
数日たったある日の昼休み、社員食堂の奥の席で、友美は弁当のふたを開けながら、向いに座る小橋から、いつものように言葉を投げかけられる。
「またコンビニ弁当ですか?…そんなだから結婚できないのよって、親に言われませんか?」
「言われない。最近は“いつでもいいのよ”が口癖になったみたい」
「そういう“悟り風”がよけい結婚遠ざけているって自覚、あります?」
友美は、きゅうりの漬物をつまんだまま一瞬宙を見つめた。
「…うん、たまには。ある。けど、“遠ざかっている”っていうより、“呼ばれてない”って感じかな」
「呼ばれてない?」何を言っているんだ、この人は、と小橋は思った。
「私を必要としている人生の方が、まだ出勤してきてないっていうか…」
小橋は、烏龍茶を口に含みながら笑う。
「やば、ちょっと今の詩っぽくて感動しました。困る」
「ほんと困るよね。昼休みに詩が出る職場って」
「そういえば昨日、取引先の会社と会食だったんでしょ?」
「何かいい情報得られました?部長」
小橋が訊ねると、友美は「フウッ」と肩を落とし
「向こうの会社の執行役員で、北林って言う人が会食メンバーの中にいたんだけど、なんと私の高校の同級生だったの。婿養子に入って斎藤から北林に代わっていたのでまさかとは思ったけど。でも彼に次の予定があるらしくてとにかく早くお開きにしたがるので、大した話はできなかったわ。」
「へぇ~、そうですか。」
「ところで小橋君、来週だけど、私、法事で実家に帰っているから、不在の間よろしくお願いね。」
「ええー。確かに僕たちをもっと頼ってほしいとは言いましたけど、それにしても最近自由すぎやしません?」
「あらそうかしら?ウフフフッ」
「大丈夫、小橋君ならできる。私が…」
「おーっと、それ以上言わないで下さいね。何度その言葉に乗せられてしまった事か。」
そう言いながら小橋は逃げるように出て行った。
【実家にて】
友美は休みを取って父の七回忌のため実家に戻ってきた。
「ただいま、お母さんいる?」
「ああ、お帰りトモちゃん」
「早かったね」
「うん、今はこんな時間で着いちゃうもん、時代は変わったね。」
「それじゃあ、上がらせてもらいますよ。」
「何言っているのだい、実家なのだから、遠慮することないよ」
「そりゃまあそうだけど…」
実家の居間。午後の日差しがレースのカーテン越しに差し込み、畳の縁を淡く照らしている。
友美は、都心から持ち帰った紙袋をダイニングの隅に置き、久しぶりに座卓に腰を下ろしていた。
「享一郎は?」
「享ちゃんかい?ああ、あの子も毎日仕事で、忙しくしているよ。昨日も残業で遅かったし、今日も午前中仕事があるからと言って出かけてしまったよ」
「そんな状態で、彼女とうまくいっているの?」
「咲ちゃんだっけ、前に会った事あるけど、気さくで本当にいい子じゃない。あの子を逃したらもうあいつ結婚なんかできないよ。」
「まあ、本人はあまり気に留めていないようだけど…お父さんも仕事一辺倒の人だったから、これはうちの家系よね。ハハハハ」
「ちょっと、笑い事じゃないでしょ、あいつもう三十だよ?
そろそろ真剣に家庭…
「あーうるさい、姉貴にだけには言われたくない!」
突然、弟の享一郎が現れて、口をはさんだ。
「あら、おかえり享ちゃん。仕事の方はもういいのかい?」
「ああ、後は若いやつに任せてきたから」
「若いやつに任せたねぇ、ふう~ん、享一郎もいっぱしの事を言うようになったじゃない。成長したねぇ。」
「姉貴は人の事に口出す前に、まず自分の事を考えたら?今のままだったら本当にまずくない?そのうち笑い事じゃなくなるよ!」
「おっと痛いところを突かれちゃったよ。」
「アハハハ」
友美は、こんなにくつろいで話をするのはいつ以来かなあと思いながら、ふるさとの匂いや空気を全身で感じていた。
夕食を済ませた後、台所の流し台の前に立つ二人。台所には洗い流す水の音と、食器がぶつかり合う音だけが響いている。
「お母さん、享一郎は?夕食にも顔を出さなかったけど。」
「享ちゃんなら、後輩に任せた所が心配だからって、また仕事に行ったのよ」
「大丈夫?働き過ぎじゃない?」
「あなたこそ…、少し前に電話で話した時は、かなり疲れていた様子だったでしょ?本当に心配していたのよ。でも、今のトモちゃんを見る限りでは、何だか高校生の頃の元気なトモちゃんが帰ってきたたみたいで、少し安心したよ。何かあったの?」
「そうそう、その事なのだけど…」
二人は食器の片付けを終え居間に戻った。
母の表情が何となく硬くなっているのが気になったが、友美は構わず続けた。
【母との会話】
「お母さん、ちょっと変な話をするけど」
「変な話?」
「実は私、最近不思議な体験をしたの。今の私が元気なのもその体験が関係しているのだけど」
「不思議な体験?…」
友美は、あの自販機との不思議な体験を全て話した。
ここ最近、イライラが激しかった事
突然奇妙な自販機が現れた事
所持金を全額投入する必要がある事
中から白い置時計が出てきた事
それは自分が使っていた時計だった事
その時計のおかげで自分を取り戻せた事
「ね、普通あり得ないでしょ?一度紛失した時計が、訳の分からない自販機から出てくるなんて。」
母はしばらく黙っていたが、ふいに眉を少し寄せ、静かに言った。
「あなたそれ、本当に見たのよね。」
「うん、本当よ。実際に時計もあるし…」
「……お母さん、その話、お父さんから聞いたことあるわ」
言葉の意味がすぐに掴めず、友美は一瞬息を呑む。
「えっ…お父さん?」
「そう。あの人、亡くなる何年か前ね。ある日、ふと、こんな話をしたの。“おかしな自販機があって、押したら真っ白な時計が出てきたって」
母の声は、まるで時を巻き戻すかのように穏やかで、どこか寂しげだった。
「それをね、あなたが学校から帰ってくる前に、こっそりあなたの部屋の棚に置いたのよ。箱もそのまま。何も言わずに」
友美は記憶の糸をたぐる。確かに、あの白い置時計は、気が付いたら部屋にあった。でも、誰がくれたのか、聞いても父は何も言わなかった。ただ、一度だけこんなことを言った。
「その音…静かでいいだろ」
それは、今思えば、精一杯の父の言葉だったのかもしれない。
母は、フウッと息を吐くように、父の思いを語り継ぐ。
【父の思い】
「お父さんね、あの頃、あなたにどう接していいか分からなかったみたい。偉ぶるのも違うし、媚びても意味がない。本人も相当悩んでいたみたい。そんな時に偶然その不思議な自動販売機を見つけたって言っていたの。だから、その自動販売機から出てきた時計を見た時、悟ったのだと思うの」
「飾らず、偉ぶらず、媚びず、背伸びせず——自然体のまま、何も言わずにそばにいる。そう、この置時計みたいに、静かに見守ればいいのだと」
「お母さんね、あなたの話を聞いて今何となくわかった気がするの。」
「お父さんが話した自販機との事は、もしかしたら気恥ずかしさから出た嘘なのかもしれない、でもあなたは本当に出会った。…だから私思ったの、あなたの前に現れた自販機は、実はお父さんが呼び出したものじゃなかったのかって。」
「お母さんはね、人は、過去を変える事はできないけど、過去に込めた思いを贈りなおすことはできると信じている。」
「過去に込めた思い」
友美は言葉の意味をかみしめながら、じっと聞いていた。
「お父さんは、悩み苦しむあなたに、どうしてもその置時計を届けたかったのではないかしら。それが自販機となって現れたのかも…」
母は、父の写真の方に顔を向けて、ニコリと微笑んだ。
まるで父の同意を求めるかのように。
あの時、あの自販機の前に立った時、無視して帰ろうとしたけど、何故かどうしても無視できなかった、その理由が今はっきりわかった。
沈黙が、居間を満たす。聞こえるのは、棚の上の時計が刻む音だけ。
カチ…カチ…と、小さな命のように時を進めている。
友美はふと、涙がこぼれるのを感じた。
それは悲しみではなく、長く沈んでいた愛情が水面に顔を出した瞬間だった。
エピソード 2
北林浩司
【潜在意識】
潜在意識とは、あなたが普段意識していない、無自覚な意識の領域であり、人の意識の99%を占めると言われています。
潜在意識は、あなたの感情や思考や行動に大きな影響を与えているだけでなく、あなたの人生全体をも左右しています。
潜在意識は、「無意識」とも言われる感覚・直感・本能的な意識のことであり、経験の蓄積や習慣性、無意識の記憶などがあります。
過去に自分が関わった「思い出したくない記憶」「忘れ去りたい記憶」に対して、無意識のうちに自己防衛本能を働かせてその記憶を閉じ込める事により、潜在意識が「全く思い出せない状態」を作ってしまうといった事例が報告されている。
もしかしたら、あなたにも「思い出したくない記憶」や「忘れ去りたい過去」があって、その記憶を閉じ込めているだけではないですか?
【都内某所、とある大衆食堂の店内】
ガラガラ
「いらっしゃいませー」
労働者風の男
「おっちゃん、いつものA定」
「あいよ~」
(店内のテレビの音)
「お昼十二時になりました。最初のニュースです 都が進めてきた○○区△△地域の都市計画において、隣接する地元商店街と東京都の間での景観や日照権の問題に対する話し合いがまとまらず、しばらく工事ができない状況が続いていましたが、先週合意に至った事を受けて、急ピッチで工事の方も再開されているとの事で、都知事の方からも、遅れを取り戻すようにと指示が出ているとの事です。」
「今、忙しいのかい?」
「そうなんだよ。今まで止まっていた工事が急にまた動き出して、解体工事を急げと言われているけど…」
「そう言われても、あそこの地域は空き家が多くて、手続きに時間がかかったりするから…、今俺が担当しているところも、7年ほど前から住主がどこに行ったのかわからなくて、固定資産税も払っていなくて、親類縁者もいないようだし…」
「手間がかかる事ばっかりだよ」
「そりゃ大変だ」
【男の名は北林浩司】
男の名は北林浩司(きたばやし こうじ)
(旧姓:斎藤浩司)
年齢は三十七歳
7年前に、勤めている会社の専務の娘と結婚した。
専務の子供には男子がいなかったため、浩司が婿養子として結婚して北林家に入った。
その時に、姓も「斎藤」から「北林」に変えている。
義父となる専務の力もあって、現在は、会社の執行役員だ。
実家は九州で、家業は弟が継いでくれたので、浩司としても一安心と言いたいところだが、元々家のことなど全く気にしたことも無く、弟のしっかりした性格とは真反対の、いわゆる「遊び人気質」だったが、それは結婚した今も変わっていないようだ。
今日も取引先との会食と言いながら、通い詰めている銀座のクラブのお気に入りの娘が出勤日だという事で、朝から銀座の事しか頭になかった。
浩司の妻(=専務の娘)の名前は「玲香」(れいか)
浩司が遊んでばかりいるから、玲香はさぞかし気苦労が絶えないだろうと思ってしまうところだが、そう言った訳でもないようだ。
元々会社経営に興味があった彼女は、夫の浩司を飾りとしか見ておらず、夫がいたほうが何かと都合がよいと判断して、結婚に踏み切ったのだ。
彼女は、自分のテリトリーに勝手に入られることを極端に嫌うので、夫婦でありながら生活空間は全く別々であった。
日常の会話も事務的で、連絡したい事があればメールを使うので、ここ数、相手の声すら聞いたことが無いと思えるほどであった。
その代わり、玲香は浩司にお金だけ与えて好きなように遊ばせているので、浮気しようが何をしようが一切関知していない。
ただ、北林の名前に泥を塗るような真似だけはするなときつく言っていたのだった。
【繰り返す頭痛】
浩司は朝からウキウキしていた。
通い詰めている銀座のクラブ「WorldOasis」の、ナンバーワンのお気に入りが今夜出勤するからだ。
取引先との会食は適当に済ませて、早く銀座に行きたくてたまらなかった。
玲香との記念日であるにもかかわらず…。
今日は、浩司と玲香が初めて出会った日なのだ。
北林専務から「うちの玲香に誰かちょうどいいやついないか?」と言われた当時の上司である桑原部長が、浩司に目を付けたのだった。
玲香の事を良く知っている桑原は、普通の男よりは、むしろ浩司のような男の方が、うまくやって行けるのではないかと考えたらしい。
全部セッティングしたのは桑原で、浩司は敷かれたレールの上を歩くだけだった。
桑原の目論見は見事に当たり、二人は2か月後に結婚していた。
今から七年前の、浩司三十歳の時だ。
「ううっ!」
浩司は突然頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「くそっ、まただ…」
3カ月くらい前からだろうか、この時々起こる頭痛に悩まされている。
そして、頭痛の後には、何か大事なことをどうしても思い出せない不安感がくるのだった。
「今日入っている予定で、忘れている事ないよな~?」
「今日は会食と銀座……玲香との記念日は確かに今日だけど、もう3年も何もやっていないから、別に考えなくていいよな…」
浩司は、それ以上考えるのをやめた。
【自販機出現】
その夜、浩司の怒りはなかなか収まらずにいた。
「くっそー、あの女ふざけやがって!」
「辞めただと?」
「いったいいくら俺がつぎ込んだと思っているんだ!」
ぶつぶつ言いながら歩いているうちに、どこを歩いているのか分からなくなった。
街灯は所々にあるが、車の往来も無く、人影も見当たらない、長い一本道だ。
「なんだか嫌な感じがする道だな…」そう言いながら浩司は今日の取引先との会食を思い出していた。
「いやー、まさかまさか今日の会食の相手が同級生の友美だったとは、さすがに驚いたよ。」
「あいつとは高校卒業以来か。それにしても懐かしかったな。」
「でも、あいつと何で関わったのだったか…そうだ、九月祭の実行委員だ。」
「俺と、友美と、えーと、あと誰だっけ?」
そう思っていると
ううっ、いててて… また、例の頭痛だ…
「だんだん回数も多く、痛みも増してきているような気がするな…」
痛みが引いて、立ち上がり、ふと横を見てみると、1台の自販機がそこにあった。
「あれ?自販機なんてあったかな?」
「全然気づかなかった」
「なんだか妙な自販機だな…」
浩司はそう言いながら、その自販機をしげしげと眺めた。
自販機の一番上にある液晶画面にはこう出ていた。
「この自動販売機は500ml ペットボトルの冷たいお茶を販売しています。値段は150円です。おつりは出ないので注意してください。」
「更に、あなたが今所持している現金を全額投入して決定ボタンを押していただくと、今のあなたにとって本当に必要な何かが出てきます。」
「ふ~ん、所持金全額ねぇ…。」と言って浩司はニヤリと笑った。
一昔前なら俺も、どこの世界に所持金全額自販機に突っ込むバカいるんだって怒ったかもしれないが、今の時代はスマホがあれば、大抵の物が決済可能だからね。
浩司はニヤニヤしながら自販機に向かって
「だから、俺の財布の中には現金はコレしかないんだよね~」
と5円玉1枚を出した。
そして自販機に向かって勝ち誇ったように
「はいっ、所持金全額でーす」
と言ってその5円玉を投入し、ボタンを押した。
「ウィンウィンググググ」何か変な音がして、詰まっているのか景品がなかなか落ちてこないので、浩司は自販機にキックを入れようとして構えた。
そこで浩司は思い出した。九月祭の時の三人の秘密を…。
その瞬間、またあの何か忘れているようないやな感じが彼を襲った。
「ウィーン」
という嫌な機械音がしたあと
「ガタン」と何かが落ちてきた。
【何かの鍵】
浩司は取り出し口に手を入れて、落ちてきた「何か」を取り出した。
小さな箱だった。
その箱を開けてみた。
中には鍵が一つ入っていた。
特徴のある形をした鍵で、あまり見かけないような形をしていた…が…
浩司は何となく見たことがあるような気がしていた
ペットボトルのキャップを開けて、お茶を一口飲んでから
「さて、今、俺はどこを歩いているんだ?」
と周りを見渡してみると、住宅が立ち並んでいるが、目立った建物は無いため、ハッキリとはわからなかった。
しかし浩司は、ここに来たのは初めてではないように思えてならなかった。
ただそれがいつ何のために来たのかは、思い出せずにいた。
浩司は再び歩き始めた。時折、鍵を見つめながら考えていた。
「何となく玄関の鍵のようだが、どうしておれの記憶の中にあるんだ?」
浩司は鍵を手にした瞬間から、あの嫌な感覚にずっと襲われていた。
交差点に来た。
「ここを右だな…」
「えっ?」
「今なぜおれは右だと思ったんだ?」
もう一度辺りを見回してみると…
「お、おれは、ここに来たことがある…」
浩司はさらに進んでいった。
周囲は街灯も少なくなり、建物も相当古いものが多かった。
「来たのは、玲香と付き合う前だ…」
俺はこの時、自分自身が封印していたある事を思い出した。
【よみがえる記憶】
桑原部長が浩司と玲香の出会いをセッティングするまで、俺は、ある一人の女性と付き合っていた。
「幸恵」という同い年の女性だった。
彼女は当時、食堂に勤めていて、俺から声をかけて付き合うようになった。
彼女の両親は、その時すでに亡くなっており、兄弟も無く親戚づきあいも全く無かったので、天涯孤独の身だった。
それに同情したわけでもないが、俺は当時、彼女の家に頻繁に出入りしていた。
合鍵も作っていたので、出入りは自由だった。
幸恵との事は誰にも話していなかったので、二人の関係を知る人間は誰もいなかった。
「そうだ、俺が当時通っていた彼女の家がこの辺りだったんだ。」
「それで記憶が…」
「あれっ、彼女とは結局…」
その時、ゾクッと何か得体のしれない悪寒が走った…。そして、何故だか分からないが、これ以上進んではいけないという無意識の拒絶反応が心の中に起きていた。
「この角を曲がると彼女が住んでいた家があったはずだ…」
「古い平屋の一軒家だったから、今はもうないと思うが…」
そして、道角を曲がろうとしたとき、またゾクゾクっと悪寒が走り、行っちゃダメだという声が心の中に響いた。と同時に、7年前の記憶が徐々によみがえってきた。
7年前の今日、桑原部長の筋書き通りに、俺は玲香と会う約束をしていた。
部長からは事前に玲香の性格や趣味嗜好、NGワードや行為などのレクチャーを受けていた。そして最後に
「あとは自分の身辺整理はしとけよ、斎藤」
と言われていたので、今日ですべて清算しようと考えていた。
そして玲香と会う4時間前にここにやってきたのだった。
そこまでの事はハッキリと思いだしたのだが、その時どういった話をしたのかは、まだ思い出せないでいた。
二日位前に、おれが、大事な話があるって彼女に言ったら、私もあるって、なんだか嬉しそうに言っていたのは思い出したのだが…」
行く手を遮るような強烈な不安感に襲われながらも、俺の身体は勝手に動いてそして角を曲がった。
「あ、… あった…」
あの当時のまま、彼女が住んでいた家があった。
「あの時のままだ…」
「灯りがついてる!」
「まだ誰か住んでいるんだ…」
俺は無意識のうちに玄関の前まで来ていた。
すると、家の中から人の声らしき音が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
幸恵か?
その声は、誰かと話しているようだった。
玄関のドアには鍵がかかっている。
俺は、あの自販機から出てきた鍵を、ポケットの奥から取り出した
その鍵を見つめながら
「この鍵は、あの時に自分自身で閉じてしまった記憶の扉を、もう一度開けるための彼女からの贈り物だったんだな。」
浩司はつぶやいた。
そしてその鍵を扉の鍵穴にそっと差し込み、ゆっくり回した。
「カチャッ」鍵を開ける音が、過去の扉を開ける合図のように響いた。
俺は、そっとドアを開け、中に入った。
居間は奥にあり、障子で仕切られている。
その障子に人影が写っていた。二人写っていて、彼女らしき影と、もう一人は小さい影だ。声からすると子供の様だ。
七年前だから七歳、小学校に入学する頃か…
七年前の今日の事を、浩司は全て思い出した。
【贖罪】
七年前の今日、玲香と会う四時間前に浩司はここにやってきた。
別れを切り出すタイミングを見計らっていた時に、幸恵から突然妊娠したことを嬉しそうに告げられた。
逆に俺の頭の中は真っ白になり、パニックに陥っていた。
その後の細かい事は思い出せないが、俺が彼女の首を絞めたこと、そして床下の土を掘って彼女を埋めたことは、ハッキリ思い出した。
この障子を開けてしまうと、もう二度と戻ってこられない事も分かっていた。
それでも浩司はそっと障子に手をかけた。
障子に移っている影が、ゆっくりと振り向き話しかけた…。
「おかえり、浩司さん」
「今まで待たせてゴメン…」
俺はそう呟いて、ゆっくりと障子を開けた。
【都内某所 とある大衆食堂の店内】
ガラガラ「いらっしゃいませー」
労働者風の男が入ってきて「おっちゃん、いつものA定」
「あいよー」
(店内のテレビの音)
「お昼のニュースです。都市計画区域内の住宅を解体作業中、建物下の土の中から女性とみられる人骨の一部が見つかりました。この場所の土地と建物の所有者の女性は、七年前から行方が分からなくなっており、出てきた骨がその女性であるか現在調査を進めているとの事です…。」
「ここからすぐの所じゃないか?」
「そうなんだ、うちの会社がここにあった建物を解体したんだよ…」
「あれっ?この場所、昔ここで働いていたお嬢ちゃんが住んでいた場所だ」
「急に仕事に来なくなったけど、どうしているのかねえ、さちえちゃんは…」
エピソード 3
普門通成
【普通の人生】
子供の頃からそうだった…。
特に秀でたものがあるわけでもなく、だからと言って苦手なものが多いわけでもなく、そこそこの成績で…
括りで言えば、常に「その他大勢」
何しろ名前からしてそうだ
俺の名前は普門通成(ふもんみちなり)
苗字と名前の頭を採ると、「普通」だ。
父親は、普門通隆…「普通」だ、祖父は通治、曽祖父は通義
先祖代々筋金入りの「普通」なのだ
人生、普通に道なりに歩んでいくという事か?
「普通が一番」なんていう人もいるが、俺くらいフツーだと、周りの人間の記憶にも残らないようだ。
いてもいなくても何の影響もない人間。空気のような存在。
俺は何のために生まれてきて何のために今ここに存在しているんだ?
なんてことを考えた時期もあったが、今はそんなことを考える気力もない。
今日は同窓会があって、今、一次会が終わったところだ。
幹事の斎藤、いや、確か婿養子に入って苗字が北林に変わったと言ってたな。
その幹事の北林浩司が「二次会に行く人~?」なんて言いながらみんなの肩をたたいていたので、皆さん次の店に行ったようだが、俺に声をかけてくるやつは誰もいなかった。北林は昔から派手で目立って、俺とは正反対の男だったが、今でも中身の方は変わっていないようだ(俺も含めてだが)。
元々二次会へは行くつもりも無かったので、会費四千五百円に対して五千円しか持ってこなかった。
残り五百円ではタクシー代にもならないので、最寄りの駅まで歩くことにした。
そうして俺は今歩いているわけだが、考え事をしながら歩いていたら、どこを歩いているのかわからなくなってしまった。
ここは何処なのか、いろいろ考えてはみたものの、俺の記憶の中からは出てこない。という事は、初めて通る道なのだろうか?
街灯も少なく、車の往来もほとんど無く、歩いている人も見かけない、随分と寂しい一本道だった。
【自販機】
やはりこんな道は覚えが無い。
もう一度周囲を見渡してみたら、進行方向に自動販売機らしき灯りが見えた。
丁度喉が渇いたところだったので、俺は少しばかり早足になった。
少し息が切れかけたところで、俺は自販機の前まで来た。
「なんだ?この妙な違和感は…」
そう思いながら、その自販機を眺めた。
どうやらこの自販機は、一般的なタイプではなさそうだ。
自販機の一番上にある液晶画面にはこう書かれていた。
[この自動販売機は500ml ペットボトルの冷たいお茶を販売しています。値段は
150円です。おつりは出ないので注意してください]
[更に、あなたが今所持している現金を全額投入して決定ボタンを押していただ
くと、今のあなたにとって本当に必要な何かが出てきます]
「今一番必要なもの?何だろう?!」
俺は少しの間考えたが、全く見当がつかない。
だが、俺は「一番必要なもの」という言葉がものすごく気になっていた。
「所持金全額となると、電車賃も無くなってしまうが、乗っても一駅だし、歩いて帰れない距離ではないから…」
俺は意を決して財布の中身512円全部を自販機に投入した。
そして、中央のボタンを押すと
「ウィーン」という音がしただけで、何かが落ちてきたような感じではなかった。
「あれっ?本当に一番必要なものが出たのか?…どれどれ?」
俺は取り出し口の中を探した。
箱のようなものは無く、よく見ると隅の方に細長い紙のようなものが2枚あった。
「これかな?」
取り出してみて俺は落胆した。
「なんだこれ?!」
「近所の商店街のお祭りでやっている抽選会の…補助券じゃないか!」
(抽選券ならまだしも、補助券って…)
「だ、騙された…」
【商店街の抽選会】
「所詮こんなもんか…」
俺は完全に失望し、帰路についた。
次の日、仕事は休みだったので、久々に買い物に出かけた。
と言っても、近くの商店街だが。
商店街で買い物をすると、五百円毎に一枚、抽選会の補助券をくれる。
補助券十枚で一回の抽選ができる、が、自慢じゃないが、この手の抽選会で俺はポケットティッシュ以外当たったことが無い。だから、抽選はするだけ無駄だ。
俺は今日の買い物で四千二百円使ったから、補助券を八枚もらった。
「あれっ」俺はふと気が付いた。
昨日の夜、自販機から出てきた抽選補助券って、この商店街のものだよな…?
「確かどこかに…」
ズボンのポケットから、しわくしゃになった二枚の補助券が出てきた。
やはりここの商店街の補助券だった。
「一応、これで十枚になったので、一回抽選ができる事はできるのだが…」
「景品ってどんなものが…」
俺は、景品の中でも一番豪華とされている「特賞」の内容を確認した。
特賞…「熱海温泉一泊二日ペア宿泊券」…三口
と書かれていた。
「特賞でこれか……」
俺は再び失望した。
でも、折角だからポケットティッシュをもらって帰ろうと思い、抽選に並んだ。
抽選はいつものガラガラだ。
特賞の他、1等から5等まで、それぞれ玉の色があり、参加賞のポケットティッシュは白玉だ。
順番が来たので、ガラガラを回した。
緑色の玉が出た…!
「大当たりー!」
ガランガラン
「四等大当たり出ましたー!」
「えっ、四等?」
「なんだ四等って?」
「おめでとうございます。四等の景品です。はいどうぞ!」
俺は封筒に入った景品を受け取った。
「なんだ?金券か?」
「あれっ、これって…」
それは、ドリームジャンボ十枚連番券だった。
俺は更に失望した。
「これじゃあポケットティッシュの方がまだマシだったな…。」
数日経って、部下の山口と外回りに出ていたら、宝くじ売り場の前を通った。
その売り場には大きく「1等5億円出ました!」と書かれていた。
「実際に誰かが5億円手にしてるんですよね~。いいな~、僕なんか毎回三十枚以上
買ってますけど、かすった事すら無いですよ!」
その言葉を聞いて、俺はくじ引きで手に入れた宝くじがある事を思い出した。
【5億円と研究所】
次の日、調べるのが面倒だったので、直接売り場に券を持ってきた。
「連番だから最低三百円は貰えるはずだな」
換金を待っていると、窓口の女性が
「おめでとうございます。当たり券がありますので、この券を持ってこちらに行ってください」と言った。
俺は行き先の書かれた名刺の様なものを受け取った。
「ちょっと待ってくれ、たかだか三百円の換金をするために、わざわざ別のところに行かなきゃならないのか?」
すると、窓口の女性が(涼しい顔で)
「三百円じゃありませんよ」と言うので、俺はドキッとした。
「まさか百万円とか当たっちゃったりして」そう思ったが、すぐに
「おーっと、過度な期待は禁物だ、今まで何度だまされてきたことか」と、自分を戒めた。
とりあえず金額聞いてみようと思い(せいぜい1万円ってとこかな…)
「いくらですか?」
俺は単刀直入に聞いてみた。
「前後賞あわせて5億円ですが」
「ご、5億…」
俺は卒倒しそうになった。
「わかりました。」
渡された名刺には、住所、電話番号、メールアドレス、そして企業名らしきものと担当者名が書かれていた。
「厚生労働省直轄特殊技術公団
DB&XR-Technology研究開発機構」?
「主任研究員 尾崎剛史(おざきつよし)」
「DB&XR…聞いたことが無いな…」
「場所は、東京都港区…」
俺は急ぎ足でその場所に向かった。
俺は目的の場所についた。
窓がほとんど無い、白い大きな建物がそこにあった。
建物も周囲も殺風景な上に、厳重な警備が敷かれているようなので、まるで刑務所のような感じがした。
俺は入口を探し、ようやく小さなドアとインターホンのある場所を見つけた。
(インターホンの呼び出し音)
ピロリロリロ
ピロリロリロ
呼び出し音が鳴った瞬間、上下左右方向からカメラが現れて俺を撮影し、正面からはスキャナの走査線が俺の身体を撫でまわした。
やはり、5億円の受け取りともなると、このくらいの警備が必要なのかと勝手に納得していた。
突然、インターホンから声がした。
「ドリームジャンボ当選の普門さんですね?解錠してありますので、そのドアから中にお入りください。」
俺は、言われた通り中に入った。
【ドリームジャンボの意味】
中で一人の男性が待っていた。
男はにこやかな顔をして俺に近づき
「初めまして、私、DXT研究所の主任研究員の尾崎と申します。よろしくお願いします。」
「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします。」
「これから少し説明がありますので、この先の奥の部屋へどうぞ。」
俺たちは廊下をまっすぐ進んだ先の奥の部屋へ入った。
床も壁も天井も真っ白くて、だだっ広い部屋だった。その部屋の真ん中に、テーブルと椅子が無造作に置かれてあった。
部屋の様子を見た尾崎は、少しムッとした表情でどこかに電話をかけた。
「プルル…、あ、山王丸さん?尾崎です。いま、Dエリアの1F第3会議室なんだけど、会議用の小テーブルとイス二つ、誰かに持って来てもらえませんか?ここにある テーブル、小さすぎて、警察の取調室じゃないんだから、アハハハハ!」
電話の相手にそう言い終えると、
「あ、普門さん、すみません。今、テーブルと椅子を変えさせますので、少々お待ちください。」と言い、少し後にテーブルと椅子が交換されて、ようやく説明が始まった。
「まずは、ドリームジャンボ、ご当選おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「早速始めさせていただきたいと思います。
まず最初にご本人確認から行いますが、今日ここに来られている方、つまりあなたは,当選された普門様ご本人様で間違いありませんね?」
「あ、はい、そうですが」
「では、マイナンバーカードをお借りします。」
尾崎はカードを小さな機械に差し込んで何やら確認していた。
「ありがとうございました。カードをお返しいたします。」
「では、最初に質問させていただきます。普門さんは、くじの名前がなぜドリームジャンボなのか、ご存知でした?」
「えっ、?初夢宝くじからきているんじゃないんですか?」
「では質問を変えます。
あなたは5億円の現金と、5億円分の夢(ドリーム)の、どちらが欲しいですか?」
「はあっ?」
俺は尾崎が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「すみません、やはり詳しく説明しないと、なかなか理解してもらえないようですね。それでは説明に入ります。
1等及び前後賞が当たった場合、合わせて5億円をもらう権利を得ます。
これは従来通りです。
同時に、お金ではなく、5億円分の夢を選択する事も可能になりました。」
5億円分の夢って…この人は何を言っているのだろう?
「今から説明させていただきます。
こちらの資料をご覧ください。
このデータは、5億円当選前の資産と当選の一年後の資産を比較したデータですが、驚くことに、98%の人が資産が減っているという結果だったのです。更に、92%の人が何かしらの不幸な目にあったりトラブルに巻き込まれたりしていると言う事実が明らかになりました。」
「つまり、宝くじは人を幸せにするどころか、逆に不幸にしていたという結果が統計結果として出たのです。」
「そこで私たちはもう一つの選択肢を考えました。それが5億円分の夢です」
「普門さん、最近次のような言葉を耳にしたりしませんか?
・メタバース
・イマーシブテクノロジー
・空間コンピューティング
・デジタルツイン
・XR(クロスリアリティ)
・デジタルクローン
「ああ、確かに聞いたことは…(意味は分からないが…)」
「これらは全て仮想現実の世界を構築するためのキーアイテムであり、これらの技術を脳科学、睡眠に関する科学的検証などと融合させた結果、意識のコントロールにより夢をコントロールする事が可能になったのです。」
俺は正直、ついてゆけなかった…
「では、もっと具体的に簡単に話すと、まず初めに予め、あなた以外の人や物がある、あなただけがいない仮想現実世界を作ります。そしてそこに、あなたの意識をアクセスさせます。この状態を仮にフモンズバースと呼ぶ事とします。」
「フモンズバースは、いくつかの特徴があります。
・自由設計可能(人、物の配置など)
・キャラ設定も自由(全員いい人も可)
・人や物の質感や、味、匂いまですべて現実のものと同じに設定できる
・人生のストーリーも自由に設定 など」
「常にトップで成功の連続といった人生は?」
「もちろん可能です。」
「5億円分の夢ってどれくらい見る事ができるのか?」
「それは次のように計算されます」
装置運営費、管理人件費、生命維持管理費
これらの合計の時間単価=7,200円/時
常に眠っているので、上記の25%で運用可能
よって7,200☓0.25=1,800円
夢を見る時間5:00~24:00→15H/日
よって 500,000,000/(1,800*15*365)
= 50.7年
「ご、ごじゅってんななねん?!」
「まさか夢の中の時間の経過速度が現実社会と同じって言う事はないよね…」
「実は同じなんですよ。」
「ええ~、それじゃあ夢から覚めた時は、俺は93歳ってことか?」
「戻ってきたいのですか?この先がどうなるかもわからない、不確かで、危ういこの現実世界へ?」
俺はギクリとした。
何を言っているのだこの男は、と言った気持ちと、その反面、ある意味、核心をついているような尾崎の話に俺は聞き入った。
「そもそも今、私たちが見ているこの世界って、本当に現実と言い切れるのでしょうか?もしかしたら、現実と思い込まされているか、脳が勝手に都合よく勘違いしているのではないのかって思いませんか?」
「仏教的な言い方になってしまいますが、ここ(今私たちが現実だと思っている世界)には物質など無くて、あるのは 事(関係性) だけなんじゃないかという考え方もありますよね」
「そうなると、この肉体は意味をなさないただの器になります。」
「これが心理なのであれば、今身を置いている世界も、これから作るバーチャルな世界(フモンズバース)も、どちらも虚無の世界ってことになるので、どうせならより幸
せに生きて、より幸せに死んでいく方がいいんじゃないかって思っちゃいますけどねぇ。
だって、5億円を持っていても、と言うか、持っていれば確実に不幸になる事が分かっているのだから、今の状態が夢の中の仮想世界だと設定すれば、フモンズバースが実は現実という事になり抵抗感は無くなりますよ。どうしますか?普門さん」
俺は決断を迫られた。そして数日後には、俺は再びこの研究所を訪れていた。
これから、50年の夢の世界へ行く、いや現実の世界へ戻るためだ。俺は夢を選んだ。
今回もまた尾崎が対応してくれた。
尾崎は、あなたがうらやましいみたいなことを何回も言っていたが、自分としては、 まだ不安の方が大きかったのは確かだ。
綿密な身体の方の検査や、心理的、精神的な検検査を一カ月近く行ってから、いよ
いよカプセルに入り込むこととなった。もちろん、これでもかと言うくらい素晴らしいサクセスストーリーを引っ提げてだ。
普通でない俺のバラ色の第二の人生が今始まる…。 はずだった…
【足りない何か】
カプセルに入って夢を見始めてから、一年がたった。
確かに俺の設定した世界、ストーリーで間違いなく進んで、たとえ俺がわざと間違った方向へ進もうとしても、自然に矯正されるので、結果は必ずハッピーとなる。
ただ…、
何かが足りない。何かが。
俺はようやくわかった。
うまくいくかどうかさえ分からない不確実な「何か」に向かって、必死になって、馬鹿にされ、ののしられ…百のうち九十九失敗しても、ただ一つの成功に皆歓喜する
結末がどうなるか分からないのに立ち向かっていく、小さな成功に対する大きな達成感、喜び、全ての人の人生はその小さな失敗と成功の繰り返しだ。
それは、この世界が不確実で先が見えない危ういものだからこそ面白い!
結果が分からないからこそ挑戦するのだ。
今まで自分に対して思っていた「普通」とは、自分が勝手に決めた「普通」であって他の人が思う普通ではないはずだ。
俺はようやく気が付いた。
人間は生まれてきた時点で既に奇跡の存在であり、自分は自分にとって、普通ではない「特別」な存在だったのだという事を…。
結局俺は、フモンズバースの退避システムを使って、またこの世界に戻ってきた。
途中で戻れば、その理由はどうであれ、残りのお金は戻ってこないが、それも承知の上での決断だった。
目を覚ましたら、目の前に尾崎が立って俺をのぞき込んでいた。
「おかえりなさい、普門さん。気に入ってもらえませんでしたか?」
俺はニヤッと笑い、首を横に振った。
その後、肉体を現実社会用に戻すための復帰プログラムを経て、俺は元の世界に戻ってきた。
アパートにはいつでも戻れるようにと、契約を継続してくれていたらしいので、住むところは保証されている。
研究所から出る時に、尾崎が車で送りましょうか?と言ってくれたが、俺は電車を乗り継いで帰ると言って、丁寧に断った。
俺は、自宅アパートへの帰り道の途中、近所の商店街を歩いていた。
その商店街では、あいも変わらず福引のガラガラ抽選をやっていた。
特賞も、相変わらず熱海だ。
俺は、「今度はちゃんと挑戦してみようかな…。」
そんなことを考えながら、これからの自分の人生に起こるであろう「何か」に期待していた。
END
自販機からの贈り物 鳴海彩世 @KUNIMI165
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