平冒険者の英雄譚〜安全なクエストを選んでるのに何故かいつも命懸けになってるんだが〜

鷹宮鷹斗

序章.終わりの瞬間

 小さい頃はヒーローが登場する番組やアニメが好きだった。


 その影響か子供ながらにその生き方や行動力に惹かれ、自分もできる限り恥ずかしくない生き様でいようと心掛けていた時期も確かにあった。

 人間は成長していく過程で見た目はもちろん趣味嗜好も変わっていく事が多い。幼い頃に見ていた子供向けの長編アニメをいつからか見なくなっていったように、今でもシリーズとして続いているゲームを昔はプレイしていたが成長するにつれ興味が失われていったようにと、そういった例は多く見受けられるだろう。


 しかしそんな中、高校一年生の真道幸輝まとうこうきという少年は一つだけ、成長してもいまだに変わらないものがあった。

 それは誰かが困っている時に必ず手を差し伸べるという、誰にでもある当たり前の優しさを持ち合わせていたのだ。


 本人自体は特に意識している訳でもなく、何なら無自覚にその行動力が出る。相手の性別年齢は問わない。

 故に交友関係も少なからずあり同年代の友人も割と多く、時にはその性格が故に不真面目な輩との衝突は多々あったが、総合的に見ればどこにでもいる平凡な高校生となんら変わらない普通の少年だ。


 現代社会において真道幸輝はそれなりに普通の、言ってしまえば変わり映えのしない平和な日常を送っていた。

 いつも通り登校し、いつも通り授業を受け、いつも通り友人と遊び、いつも通り家に帰る、何気ない日々。


 そんな日が、毎日続くものだと思っていた。

 その日は突然やってくる。


 今朝もいつも通り起床し制服の学ランに着替え、朝食を食べると学校へ行く準備をして中学二年生の妹、真道陽菜まとうひなと他愛ない会話をしながら登校していた。

 そして普段のように信号待ちをしていたところで、ふと違和感を覚える。普段は感じないはずの、何気ない違和感。だけど、絶対に無視してはいけないような何かが胸中を酷く刺激した。


(何だ……?)


 周りを見渡してみる。信号は青になった直後で自分達と同じように信号待ちをしていた小学生の女の子がいの一番に渡ろうとしている最中だった。

 ここは大きな交差点と違って車通りはそれほど多くはなく、しかし信号無視をするような人はいない印象が強い。


 だからこそ。

 その違和感の正体に気付いたのだろう。


 歩行者信号が青になっているという事は当然車両用の信号は赤になっているはずなのに、左から走行してきた車が一向にブレ―キをかける様子がないのだ。


(なっ……)


 もはや言葉が口から出る暇もなかった。考えられる結末は、このままだと確実に女の子はあの車によって跳ね飛ばされてしまうという事実。

 何をどうすればいいかなんて考える余裕は一切なく、選択肢を選べるほどの時間もゼロに等しい。

 この世界に時間を止めるような魔法もなければ、車を受け止めるほどの強靭な肉体を持っている訳でもない。


 ならやるべき事はただ一つ。

 真道幸輝の体が考えるよりも先に動きだした。


 凄惨な未来を繰り広げないために、横断歩道を歩いている女の子の元へ走り手を伸ばす。幸い自分と妹、女の子の他に人はいなかった。


「ッ、おに──、」


 背後から異変に気付いた妹の声がやけに遠く聞こえる。

 本当に遠くに聞こえているのか、自分が目の前の事に集中しすぎているのかは定かではないが、そんな事は今どうだっていい。


「……くッ!!」


 止まる気配のない車の走行音と幸輝の走る足音に気付いたのか、立ち止まって振り返ってくる女の子。

 刹那の思考を張り巡らせ、幸輝は全速力で駆け寄り女の子の左肩の方を強く押し前に突き飛ばす。


 当然体格差のある高校生に押されれば小学生の女の子は逆らえずにそのまま歩道側へ飛ばされる。

 女の子からすれば後ろに飛ばされたようなものだが、ランドセルがクッションとなり後頭部や全身を強く打ち付ける事はなかった。


 これで女の子は安全だと悟るも、時間は残酷なまでに進んでいく。

 車の走行する音はすでに幸輝の真横まで迫っていた。


 回避は不可能。

 絶体絶命。


 妹が何やら何かを叫んでいるようだが、それすらもう耳に入ってこない。

 死は目前。不思議と走馬灯は見えなかった。


 代わりに見えたのは視界正面からやってくる車だけだ。

 ただ、最後にまた違和感を覚えた。


 信号無視か、はたまた居眠り運転か、あるいは飲酒運転なのか。

 今となってはもう無意味な推測をしていた真道幸輝の視界に映っていたのは、無人の運転席だったのだ。


(……誰もいな)


 そして。


 女の子を救うために、自分を犠牲にする選択を取った上で。

 真道幸輝の意識はここで途絶えた。

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