ヤリチン勝股くんの弟

渡貫とゐち

第1話


 ……新入生、勝股かつまたよしきには悩みがあった。

 それは――、兄がヤリチンとして学園の多くの女子に手を付けていたことだ。


 同級生はもちろん、後輩にも……。実際、家に呼んだ女子もいたわけで、弟と面識がある女生徒も多い。正直、兄と同じ高校に入学してやるものかと思っていたのだが……。


 兄のようにはならない、と思い必死に勉強した結果、成績も上がり、兄が通う高校の偏差値に追いついた。……あれ?

 と思ったのはただの確認不足だが、兄とそう仲良くなかったことも災いした。


 兄はかなり頭が良かったのだ。

 そんなことも知らなかったの? と母からは呆れられたが……。


 成績が上がらなければ普通の高校を受験していたはずだ。……それはそれで兄に「オレより下だな」とマウントを取られるのは目に見えているので避けていたはずだ。


 結局、兄と同じか、もっと上の高校を受験することになっていただろう。母の期待を裏切りたくない、という動機がなかったとしても、よしきは受験する高校を変えなかったはず――。


 それでもやはり、合格した今でも、兄と同じ高校へ入学するのは嫌々、だったが……。



 入学式を終えて、日付を跨いで、登校初日。


 既にじろじろと見られ、周りからはひそひそと陰口だ。聞こえてはこないが内容が鮮明に聞こえてくるようだった。


 ……兄の残り香が、弟のよしきを苦しめる。



#(勝股よしき)



「……視線が痛い」


 先輩は仕方ないが、もう既に同学年にも噂が蔓延しているらしい。……ヤリチン勝股先輩の弟には気を付けろ、か。おれはまだなんにもしてねえのに!!


 言いたいことは山ほどあるが、弁解しても信用されないだろうな……、入学式から暗雲は見えていたっての。何度目か分からない「恨むぞ兄貴!」と、愚痴をこぼすが現実は変わらない。


 下駄箱で靴を履き替え、振り向く。


 すると、小柄なおかっぱの女子がおれを見ていた……胸元のリボンの色が違うので、先輩か……え、先輩?


「あなた……勝股先輩の面影があるね」


「……おれの兄貴なんでね、面影があるらしいッスよ、先輩」


「あは、ほんと似てる……ちっちゃい先輩だあ」


 おとなしそうな見た目をしている割りに、彼女がアグレッシブに突撃してくる。

 人の目があるのもお構いなく、腰に抱き着いてきた先輩にそのまま押し倒された。


「うがっ!?」


「あはぁ……先輩を押し倒せるなんて、わたしの好みシチュ」


「おいっ、どけよ! 先輩でも、女でも拳骨くらいは落とせるからな!」


「そんなこと言ってー……生意気な先輩の弟くん……そんな口の利き方をしてもいいのかなー?」


 先輩の手が伸びてきて、おれの頬に添えられた。触り方が色っぽい……と同時に、ゾッッッッ、とした。

 服の内側から入ってきた蛇が、おれの体に絡みついているような、背筋が凍る感覚……。向けられているのは愛情のはずなのに、体がビビってる……っ。


 そもそも、これはおれに向けられた愛情ではなく、兄貴へ向けられたものだ。勘違いするな……、おれじゃない。だからこの恐怖も、実際はおれじゃないんだ。


「ッ、やめ、触るなババア!」


「…………先輩には、まだガキだから、って言われて相手にされなかったの。だからそんなこと言われるなんて新鮮……だけどね。そのお口は塞いでおかないと教育に悪いかもしれないわ……ふふうふ、ちゃーんと、躾けてあげるからね、弟くん?」


 むぎゅ、と強く唇をつねられた。

 彼女、笑顔だけど怒っていらっしゃる。……おとなしそうな地味な見た目の先輩と思えば、彼女はほんのりと化粧をしていて……。

 たぶん兄貴に惚れたから、始めたことなんだろうなあ、と、この先輩と兄貴の馴れ初めが想像できてしまう。兄貴の口説き方はパターンが少ないからなあ。


 薄い化粧のおかげで、先輩の素材の良さが見えていた。もしかして……兄貴は分かっていたから、ちょっかいをかけたのか?


「……クソ、アンタが放置して卒業しちまうから、尻拭いがおれにきてるじゃねえか……ッ!!」


 分かりづらいけど、さっきから体が密着している。小さいながらも胸の感触がちゃんと分かって……、


 やべ。意識すると、すぐ顔に出るからな……兄貴にもそう言われた。


「お前は浮気できねえな、よしき」

 ――誰がするか。おれはアンタじゃねえ。



「ふふうふふ、先輩、照れてるのー?」


「おれは後輩だよ!!」



 下駄箱前で押し倒されているおれを見て、通りかかった別の先輩たちが声をかけてくる。


「あれ!? 勝股せんぱいなんでいるんですか!?」


「だからっ、おれは新入生だから!!」


 ファッション誌に乗っていそうな金髪美人が声を上げたところで、一気に注目を浴びた。

 まずい……っ、兄貴と勘違いされるとろくなことがないんだよ!

 おかっぱ先輩を横へ突き飛ばし、逃げることに集中する。


 続々と女子が集まってきているところを両手でかき分けて――「え、ちっちゃい勝股先輩いるー!?」と後ろから声が飛んでくる。

 しかもどたどたと足音が聞こえ……追いかけてきてる!?


「なんでだ!?」


 去年、在学していた先輩たちが手に入れられなかった愛を求めて、おれを追いかけてきているのだ。それでいいのか? と思うが、本人からすれば必死だってことは、実際に前例がある……文句もあまり言いたくない。


 ただ、おれの意思は無視か、と思うが、向こうも必死だからなあ。どれもこれも全ては兄貴のせいだ。兄貴が全部悪い。


 どれだけあちこちに良い顔を振り撒いていたんだよ。結局、兄貴は大事な人のひとりも作らなかったようだし……、ただただ優しく男らしいだけの兄貴。


 多くの女子に惚れられても本気にしなかった。今頃は、いつも通りの振る舞いで、大学で新しい女と仲良くなっているのだろうなあ……これだから天然の陽キャは!!


『待ってくださいっ、勝股先輩!!』


「おれは勝股だけど弟だから!!」




 ・・・つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る