閑話 かなわなかった初恋(マルゲリータ王妃視点)

 あれは、私が十五の年。

 リリオス王国の第三王女として大国ヴァレンシエールを訪れたときのこと。


 まだ私は少女ではあったが、誰よりも美しく誇り高くあろうと背筋を張っていた。


 そこで、彼に出会った。

 ギヨーム王。三十五歳。堂々たる風格をまとい、青空のような瞳を輝かせ、陽のように明るく笑うその姿に、私は一瞬で心を奪われた。


「其方がマルゲリータか。まことリリオス王国にふさわしい、高貴な白百合のごときだ」


 真正面から告げられた言葉は、決してお世辞には聞こえなかった。

 私の瞳をまっすぐに見つめられ、おおらかな笑顔を向けられたとき、胸は激しく高鳴り、耳まで熱くなった。


 その瞬間、私は王に恋をした。

 初めての、そして生涯ただひとつの初恋に。


 ――だが、あの笑顔は最初の一度きりだった。

 後に王妃として嫁ぎ、形式上は初恋をかなえたかに見えても、その屈託のない微笑みが私に向けられることはなかった。


 王が楽しげに笑うとき、そこにはいつも亡きクリスティーナと、幼いアレクサンドルがいた。

 私に向けられる笑みは、王妃への敬意を含んだ穏やかなもの。けれど、あの日のまぶしさはどこにもなかった。


 ……私は必死に背伸びをした。

 年の離れた幼い妻でも、大国から政略で送られた駒でもない。

 堂々たる王に並び立つ、ふさわしい王妃であろうと必死に努めた。


 けれど、その努力は空しく、私の誇り高さはやがて壁となり、王とのあいだに隔たりを作ってしまった。


 クリスティーナはほどなく病に倒れた。

 人々は「王妃マルゲリータがいじめ抜いたからだ」と囁いた。陛下は否定しなかった。静かに受け止めるだけだった。


 私の心は揺れた。

 彼は私を正妃として尊重してくださる。礼節を尽くし、冷たくはされない。

 だが、あの屈託のない笑顔は――二度と私に向けられることはなかった。


 ◇


 気づけば、私の心は嫉妬と猜疑に満ちていた。

 亡きクリスティーナの影が、王宮の隅々にまで残っているように感じられた。


 そして私は、彼女の忘れ形見であるアレクサンドルに、きつくあたるようになっていた。

 王子の黒い髪も、澄んだ青い瞳も、あの笑顔を思い出させて私を苛んだから。


 私はいつの間にか、愛を求める少女から、愛されぬことに怯え、愛を奪い取ろうとする女になっていた。


 ――かなわなかった初恋。

 それでも私は、今もなおギヨーム陛下のあの笑顔を心の奥にしまい込み、王妃の座に座り続けている。


 「求めても手に入れることができぬならいっそ」

 胸の奥で泣いているのは、あのときの十五の少女なのか、それとも。


 

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