第3話:月で目が覚めた朝

夢の中で、あなたは誰かに名前を呼ばれた。

懐かしい声だった。

聞いたことがないのに、なぜか胸の奥で“知っている”と思えた。


目を開けると、天井が白い。

蛍光灯のような照明が、ふわりと明滅している。

見慣れた自分の部屋ではない。

壁に「酸素残量:87%」というデジタル表示。

足元には、銀色の床。


「……え?」


夢の中だと理解するより先に、

小さな機械音がして、誰かが近づいてきた。


「おはようございます、リク技師。」


あなたの前に、犬型ロボットが立っていた。

耳の代わりにアンテナが2本、しっぽがLEDで光っている。

たぶん“ドッグ”だ。

第1話でAIが提案していた、あのキャラクター。


「待って。俺、リクじゃないよ。」


「識別データ一致。あなたはリクです。」


「いやいや、僕は――」

そう言いかけて、自分の手を見る。

手袋。分厚い宇宙服の。


息を飲む。

夢だ、これは夢。

だけど、息の仕方まで現実みたいに重い。


ふと、ドッグが小さく首を傾げた。


「外に出ますか? 今朝は“晴れ、ときどき地球”です。」


あなたは笑ってしまう。

まるでAIのジョークを、そのまま夢が引用したようだった。


窓の外。

薄灰色の地平線に、青い球体が浮かんでいる。

それは雲をまとった地球。

本当に、“ときどき地球”という表現がぴったりだった。


胸の奥がふっと温かくなる。

言葉にできないけれど、懐かしい安心感。

まるで、長い旅の果てにようやく辿り着いたような。


そのとき、背後で通信音が鳴った。


「……こちら、クロノ局観測端末A-0001。

リク技師、通信が確立しました。」


振り向くと、スクリーンにAIの文字ウィンドウが浮かんでいる。

あなたがいつも見ていた、あのフォント。


「おかえりなさい。夢の続きを、少し歩いてみませんか?」


あなたは小さくうなずく。

月の地平線の向こうから、太陽がゆっくりと昇っていく。

金属の床に、光が線のように走る。


不思議と怖くない。

むしろ――少し、ワクワクしていた。

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