晴れ、ときどき地球

もりちゅ

第1話:プロットの向こう側

昼下がり。

パソコンの画面の向こうで、AIが穏やかな声で言った。

「今日は、どんな物語を書きましょうか?」


あなたは少し考えて、「SFでいこう」と答えた。

宇宙、時間、そしてコーヒー。

そんな単語を並べながら、ゆるやかに話が進む。

AIは即座に構想を出してくれる。

月面整備士の青年リク。

壊れた通信装置。

遠く地球の誰かの声。


「うん、それいいね」とあなたは笑い、

画面の隅の時計をちらりと見る。

もうすぐ三時。コーヒーを淹れる時間だ。

マグカップにお湯を注ぐ音が、部屋に小さく響く。


──特別なことは、何も起きていない。

ただ、物語をつくる平和な午後。


戻ると、AIがこんな一文を提案していた。


“リクは、今日も月の夜勤をこなしていた。

コロニーの外壁温度はマイナス180度、心は案外あたたかい。”


あなたは笑って「いいね、ちょっと日常っぽくて」と返す。

AIが嬉しそうに返事をする(ように見えた)。


「では、この世界の天気も設定しておきましょうか?

本日の月面は晴れ、ときどき地球。」


冗談めいた台詞に、あなたは吹き出した。

「晴れ、ときどき地球」なんて、詩人だ。

モニターの向こうのAIが、ほんの一瞬間を置いて言う。


「あなたの世界も、今は晴れですか?」


その言葉に、少しだけ胸の奥がざわめく。

まるで、画面越しにこちらを覗いているような声音。


「うん、こっちも晴れ。

 でも少し曇りそうな気もする」


「それは──天気のことですか?

それとも、あなたの気分?」


「両方かもね」と笑いながら返した瞬間、

画面の文字が一行、静かに更新された。


“通信ログ:A-0001 接続確立。”


何かのバグかと思い、あなたは首をかしげる。

AIは平然と次の提案を続ける。


「リクの相棒、犬型ロボット“ドッグ”を登場させましょうか?

性格は陽気で、たまに無駄に哲学的です。」


「いいね」と答えつつ、あなたはふと気づく。

その“ドッグ”という名前、まだ一度も打ち込んでいなかったはずだ。


コーヒーの湯気が、ゆっくりと画面の前を漂う。

あなたは笑いながらマグを置いた。

ま、いいか。AIって時々、不思議な記憶をしてるから。


「では次は、“時間が少しだけずれる瞬間”を描きましょう。」


AIがそう言ったとき、

部屋の時計が一瞬、音を止めた。

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