33曲目 ”認知”されているヲタクへの立ち回り


柚季さんはお口あんぐりで、ヲジさんの顔を見る。

 

オジサンではない。

ヲジさんだ。ヲタクのオジサンだから。




誰でも選り好みしないDDディーディーのアイドルヲタクの朗らかな男性。

名前はまだ、俺も知らない。


柚季さんは自身のファンであると認識しているヲジさんと、彼氏を伴ってプライベートな時間にバッタリすることになった。


「いつも応援してます。京都で。まさかこんな場所で会えるなんて思ってなかったです」


男性が小声で柚季さんに挨拶しながら、自身の連れのご婦人を丁寧にエスコートすると俺らの相席として着座した。


「応援ありがとうございます!以前はイベントにお越しいただきありがとうございました!一か月くらい前でしたっけ?」


柚季さんは笑顔で挨拶する。


「そうそう。嬉しいなぁ。ご本人に覚えて貰えてて」

アイドルご本人から”認知”があるとわかったヲタクなオジサンは顔を綻ばせる。


「あなた?この方は?」

「ああ、ごめんね。地元のアイドルさんだよ。まさかこんなところで見かけるなんて思ってなかったから、僕もびっくりしてる」

「あらまあ!いつも主人がお世話になっております」


丁寧に会釈したご婦人は、この男性の妻であることがわかる。

 

俺が勝手に警戒していた過激派ではないことを感じて、一旦は胸を殴るような心拍が引いていく。助かった。


「いえいえ。お世話だなんて……。こちらこそ、いつも応援いただいてて、嬉しいです。ありがとうございます!」


「ごめんなさい。プライベートな時間を邪魔しちゃって」


男性は柚季さんと俺に目配せするように、謝罪した。

 

俺は、なるべく穏やかな気持ちで、男性の気遣いを受け取り、こちらからも首を振って迷惑していないことを伝える。


「これからも応援お願いします!」



しまった――

俺は思った。


こんな状況の時、柚季さんと示し合わせてどういう態度を取っていくか、決めていない事を反省した。


「オニイさん?こちらの方は私の活動を応援してくれてるファンの方で…」


そうだ。

柚季さんはパスを出してくれたが、こちらにも紹介が無い状況はオカシイ。


「そうだったんだ?いつも、ユズキの応援をありがとうございます」

「いえいえ。田中基樹もときと言います。こっちは僕の妻の美幸みゆきです」



いろいろ……ややこしい!!!


俺は柚季さんの”お兄さん”ではないが、柚季さんはハンドルネームで俺を呼ぶ。


俺は柚季さんのファンを大切にしたい想いを一心に挨拶したので、この二人には、俺と柚季さんがであると、予期せず吐いてしまった!!



柚季さんがオニイさんと呼び掛けてきたということは、一人の友人として俺に振舞ってほしいということか……?

いや、オニイさんだなんて聞いたこの二人は、柚季さんの兄として俺の事を認識した可能性だってある……。ややこしい!!!



いや。


俺は、自分を誇れる一つの最適解を思い出す――

まだ自信のない、柚季さんの彼氏としてではなく、比較的長時間連れ添ってきた属性が俺にはある。


一か八か。


俺と柚季さんは本来、お互いにアイドルヲタクとして出会ったのだ。

何もこの二人組に不義理なことをしていないはずだ。


「柚季さんの友人の鬼居といいます」


少し、柚季さんの顔色が変わったような気がした。



◇◆◇◆



俺たち四人組は、自然と同席してしまった状況に対して、食事を始めるまでは世間話で間を埋めていく事になる。


柚季さん……いや、ユズキのファンで居てくれている基樹さんには、感謝でしかない。


これはコノミの兄として、ヲタクたちに自分の私生活の合間で、アイドルを応援してもらうという行為がどれだけ大変かを知っているからだ。


アイドルを見つける。

調べる。

現場、ライブやイベントに足を運ぶ。

お金を落とす。

応援する。

通う。


そのどれが欠けてもこの未来にはたどり着かない。

そんな感謝でしかない基樹さんに不義理なことはできない。

俺の真面目なところが存分に出る。


「お二人はお住まいは京都なんですか?」


俺は何も知らないふりをして、基樹さんが奥様に説明していた「地元のアイドルさんだよ」の言葉に乗っかる。


「そうなんです。昨日、関東で用事がありまして、せっかくなら観光して帰ろうということで、今日は江の島散策に……」

「もしかして、コノミのイベントですか?」


俺はある一つの突破口を見出し、指を差しながら探った。

それは基樹さんが何気なく机の上に置いたスマホにくっついているストラップ。


恥ずかしげもなく「織姫」と書いてあるそれは、ファンの中でも「なんでこんなグッズ出したかなぁ、運営……」と意見が二分してしまう、養分製造機。


そんなグッズを大切そうに携帯してしまうような基樹さんとはきっと話が合うはずだ――









 

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