4曲目 ガチ恋で”最推し”の雪さん
「おつかれっす、ハマさん。席どこっすか?」
「まーた、天空席だよ。たまには近くで拝みたいけどねぇ」
ハマさんが苦笑いなのもわかる。天空席――ステージから遠い席の事。
アイドルの現場では席は前方にあるだけ良いから
「現地、現場に行くことがすべて!!その場に居られるありがたさを噛みしめる!!!」なんて思っていた時期もあったが、結局最前列でテンションがブチ上がるから身体は素直だ。アイドルのライブにおいて、席は近いことに越したことはない。
「まー、ファンクラブイベントだしトークもあるから、上の方がゆっくりできるかもですねぇ」
たわいもない会話だったがライブが始まった感じがして嬉しい。
ヲタ友、今日無理やり友人に連れてこられたそこの一般人ひとりとして欠かさず、全員とファンクラブイベントの開催を祝し、握手してまわりたい。
「おっ、雪さんお疲れさま~!」
ハマさんの視線の先――
向こうからちょこちょこと駆けてやってくる女ヲタは「雪さん」だ。
これまた、どうしてこんなに容姿端麗な女ヲタクが居るのだ!!!!と思ってしまうくらいに当人が可愛い。
亜麻色の長い髪を揺らし、飛び切りの笑顔を向けてくる。
俺と一緒の推し、コノミを応援する熱狂的なヲタクだ。
なんせ、妹に心底憧れて自身でもアイドル活動を始めてしまうくらいに「アイドルが好き」で、「熱狂的なアイドルヲタク」――この人も頭のネジが消し飛んでいる系ヲタクだ。
彼女から最初に彼女自身のアイドル活動のことを相談されたときはさすがに焦った――
遡ること……約一年前。
◇◆◇◆
「私、アイドルになったの。応援してくれる?」―― マジ、ビビった。
マジでチビる三秒前だ。
いや、確かにアイドルの応援方法は心得てるし、何ならまとめサイトを運営して、俺からガンガン魅力を発信してもいい。
それくらい、雪さんは魅力的だし、コノミに向けている熱量や、清らかな心に嘘偽りがないから、俺も心の底から雪さんの人柄を応援できる。
――でも、俺には首を素直に縦に振れない事情がある。
続く、雪さんの言葉。
「私がアイドルしてるって言っても、
雪さんが俺の前で”ユズキ”になった言葉。
雪さんは周りのKARENヲタに自分がアイドル活動をしていることを俺以外に前向きに公表する気はないらしい。
俺の「コノミを応援する熱量」をリスペクトしてくれたうえで、信頼してくれてるから伝えてくれたのだ。
ありがとう……同じヲタクとして同じ熱量を感じてくれたことが俺はもっと嬉しい。
つまりは……頭のネジが消し飛んでるってことだな?……な?
仲良くしてもらってるのに、皆、ごめん。
複雑な問題かつ語弊に溢れてしまうことは重々承知で、ヲタク仲間たちに先に謝っておく。
アイドルヲタクは、熱しやすく冷めやすい人種だ――
他のアイドルへの移り気は往々にして起こるし、それでKAREN現場を去っていったヲタクが多くいることを俺はよく知っている。
人間の興味関心なんてものは、人気商売をするこのエンタメ界で一番残酷でハッキリとしたものだ。
今でこそ、周りにファンが溢れだしているありがたい状況。
だが、小さな劇場のステージ上では笑顔の妹も、顔見知りのヲタクが「他に移り気したから」という理由でKAREN現場を去っていく様子に、家で隠れて泣いていた。
俺自身、ヲタ友が徐々に姿を消していくのを見るのは、いつだって心苦しい。
何より俺の”最推し”が泣いている姿なんて見たくなかった。
◇◆◇◆
目の前にいる、コノミの女ヲタクは、雪さん。ハンドルネームだ。
そして、約一年ほど前から、売り出し始めた地域密着型アイドルの”ユズキ”である。
ユズキというのは、コノミと一緒で「芸名」であると以前、教えてくれた。
でも、熱心なコノミのヲタクなら知っている。地方ライブでコノミが、コノミは実名だよ!って口走ったこと。他のメンバーは軽く受け流してたけど。
あなたの、本名ってユズキを漢字で書いたものになるの?と今すぐにでも雪さんに聞いてみたい。
ハンドルネームですら、本名に近くなさそうなんだから、本名なんてもっとわからない、知らない。
あなたと、過去にチケット交換して記載されてるであろう本名を知る機会もなかったからなおさら知らない。
お互いにチケットを取り逃すようなヲタクではなかったし、最悪俺は運営に融通してもらえてたから、雪さんと連番、隣同士でライブを見ることもなかった。
あなたが芸名にした、”ユズキ”は、あなたの何なのか――知らない。
そして、俺はコノミにはガチ恋じゃないよ?
だって、俺の妹だもん――
女ヲタヲタって言われそうだけど。
あなたの真っすぐにコノミを推してる姿、好きだよ。
仮にもあなたはユズキだし、ユズキでいるあなたはアイドル。
だから、俺は悲しい。
アイドルが一般人と私的交流を持つのは御法度だってドルヲタなら誰でも知ってるから。
でも、あなたが今、アイドルっていう立場の前に、あなたとは友達として出会ったんだよね。
しかも今、この瞬間のあなたはユズキではなくて雪さんだし。女ヲタだし。
なら、女ヲタヲタって言われそうだけど、人生の最推しをあなたにしてもいいですか?
――なんて思って、はや一年。
今日も、コノミのライブ開演待機列なう。
「なう」って死語かな?それくらいはしゃいでる。許してほしい。
「今日はどこで感想戦しよっか?」
そういってくる雪さんの笑顔が眩しい。
いつものライブ前、ヲタクが勝手に高鳴ってるあの最高に気持ち悪くて素敵な顔だ。
「とりあえず、閉演したらここに集合で決めましょう。それでいいですか?」
「了解!」
「んじゃ」
とりあえず、目の前のコノミのライブに集中しよう。
スーパー最新情報によると新曲発表らしいし、雪さんと感想も弾むだろうな。
――と思う俺は、まさか翌日。
雪さんが彼女になるなんて思ってもみなかったんです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます