第34話 声に恋して

健斗けんとは目を覚ますと、カーテンを開けた。

まだ薄暗くて、時計を見ると5時を指している。

「はぁ」ため息をつきながら、ベッドに座った。


「俺何であんなな強気な発言したんだろ・・・」


みなとにも櫻子さくらこにも慎太郎しんたろうにも怒りに任せて、色々言ってしまった。


「俺そんなキャラじゃないのに」


学校に行ったらもう机はないかもしれない。

もしくは机に落書きがされているかもしれない。

そんなことを想像すると、とてもじゃないが学校に行く気にならない。


とはいえ、“また明日学校で”と千里ちさとと約束した以上行かないわけにはいかない。


「もうツんでるぅぅ」

ゴロンとベッドに横になってスマホを開いた。

通知が来ている。

SERINの動画がさっきアップされたようだ。

いつもは夕方にアップされているのに、どうしたのだろうとタップをして再生してみる。


「おはようございます。SERINです」


歌ってみたではなく、報告動画のようだ。

声はよく動画で聞く音声ソフトを使っていて、千里なのかはわからない。


「今日は皆さんに報告があります。ここ最近色々あって動画をあげる頻度が下がってしまったりして、申し訳ありませんでした。…正直に言うと、このまま活動を続けるのかすごく迷っていました」


SERINの言葉に心臓がズキンと刺されたように痛い。


「元々SERINとして動画を上げるようになったのは、友達が少なくて、孤独を感じることが多かったので、ネットを通じて友達を作りたいと思ったからなんです。何の動画にしようかと思った時、自分が得意なのは歌だと思ったので、歌ってみたを動画にして上げました。動画をあげるのはすごく勇気がいりましたが、ネットでの友達を作ることが出来ましたし、コメントを見ていると会ったことはないけれど、通じ合っている気がして動画を上げて良かったと心から思いました。だからずっと動画を上げようと思っていました。友達もネットの中にいればいいって本気で思っていました。でも最近少しずつ変わってきて、リアルでも親友が出来て、彼女はたくさん私にいろんなことを教えてくれました。そのことをきっかけに私は新しい夢を見つけて、前に進んでいったんですけど・・・」


SERINは声を震わせながらここで少し言葉に詰まった。

涙を拭いているようだ。


「彼女は静かに私の前から去っていき、その後他の友人たちともうまくいかなくなって・・・。何もかも嫌になりました。でも私の味方をしてくれる人がいて自分にとって大事な人が一生懸命私とSERINを守ってくれて、それで色々考えて・・・」


少し一呼吸を置いて、すぅっと息を吸う音が聞こえた。


「私は・・・」


朝の教室に入ろうと、扉に手をかけると櫻子の声が聞こえる。

なんとなく静かに扉を少しだけ開けて、教室の中を覗いた。

すると、櫻子が立っているのが見えた。

誰か一緒に女の子もいるようだ。

もう少し開けて、覗き込むと千里が立っていた。

千里は背を向けていて、どんな表情かはわからない。


「朝早くに呼び出してごめん」


「・・・ううん」


「・・・ちゃんと話さなきゃって思って」

「うん」


櫻子は深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。私、千里にかなり最低なことした。千里が私たちのグループに入ってきて、健斗が取られるのが怖かったの。そんなことくらいでって感じなんだけど・・・」


千里がそっと櫻子に歩いていくと、肩に手を置いた。


「櫻子ちゃん・・・謝ってくれてありがとう」

「千里・・・」


「私・・・すごく悲しかったし、腹も立ったよ。でもずっとそんな感情に支配されているのは嫌だから、だから私は櫻子ちゃんのこと許すよ。櫻子ちゃんもしんどかったでしょ?」


櫻子の目から涙がこぼれて、それを千里が拭いて、「もう忘れよ」と言って笑った。

「でも今度櫻子ちゃんが悪い事しそうになったら、私ちゃんと怒るからね」

「うん」


「千里ちゃんはすごい子だね」

気づいたら湊と慎太郎も教室の前に来ていた。

「うん、本当に」

「慎ちゃんも千里ちゃんを見習わないと」

「あぁ。俺もあいつのことちゃんと見て、やばい時は嫌われてでも止めるよ」

「それが一番いいね」

慎太郎は少し微笑むと「朝練行ってくる」と去っていった。


穏やかな日常が戻ってきて、寒い日々も乗り越え、また桜が咲く季節がやってきた。

「もう1年か」

いつもの通学路を歩いていると、桜のつぼみが大きく膨らんでいる。

スマホを開くと、湊や櫻子に慎太郎、そして千里との思い出の写真がたくさん残っている。

そこには普通の友達と楽しむ健斗が写っている。

「おはよ」

振り返ると、千里がこっちに駆け寄ってきた。

「おはよう」

「次も同じクラスになれるかな?」

「どうだろう?同じクラスになれればいいけど」

「健斗は絶対湊君と慎太郎君とは一緒だと」

「えー、俺もっと普通の人と一緒がいいよ」

「そんなこと言ってめちゃくちゃ仲いいじゃん」

「心外だ」

「ふふ、素直じゃないな」

「・・・千里と一緒だったらそれでいいけど」

「可愛いこと言うね」

「ふん」と恥ずかしくて顔を背けると、千里は「私も一緒がいいよ」と小さな声で言った。

「でも、もし同じクラスじゃなくても、私たちは変わらないよ。それに・・・」

千里はスマホを取り出した。

「“僕はSERINさんの声に救われました。この先もずっと応援します”」

「それって・・・」

「けんとんさんっていう初期の頃からSERINを応援してる古参の人なんだよね。アイコンをよーく見るとね」

アイコンは男の人の背中と肩の一部が写っている。

窓に反射してほんの少し部屋が見える。

「ここ見て」

そこを拡大していくと、小さなクマのぬいぐるみのキーホルダーが見える。

「これは・・・!」


「これからも応援してね」

SERINの可愛い声が聞こえた。

千里はにこっといたずらっぽく笑った。

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声片想い 月丘翠 @mochikawa_22

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