第19話 静かな強さ

かつて人類は地面を這いまわるだけの存在だった。

彼――黄(ソレイユ)はそれを、星の狭間から見ていた。

気づけば人は空を飛び、宇宙へと手を伸ばした。

自分たちが見つかったのはその頃だ。

恐れ、敬い、そして嫉妬する。その様は面白かった。


彼――ソレイユは人間を模倣した。人間の感情を学び、なぞる。

いつしか、それは彼にとって暇つぶし以上の意味を持つ。

彼は人間を愛した。超越者という立場からではあるが。


黒(ノクス)の襲撃以降、ソレイユはアスリオンの黄(ソレイユ)の基地にとどまった。


「お前ら宇宙人は暇なのか?」


瞬がソレイユに半分嫌味のつもりで尋ねた。彼ら地球外生命体はそこに居るだけで威圧感と緊張感を伴う。適合者ばかりの黄(ソレイユ)の基地でも、彼は異彩を放つ。ソレイユに近づこうとするものは瞬以外にはいなかった。つまり邪魔だった。


「暇という感情はよく分からない。ただここに居ると面白い。より人間を知れる。自分の眷属からの感情はよく届く。」

「人間を模倣したところで、お前ら超越者は――同じにはなれないだろう」


ソレイユは小さく笑った。

「君だって。もう人間じゃないくせに」


瞬はぴくりと反応した。

そして反応したことをすぐに後悔した。


なぜリヒトは、こんな訳の分からない生命体と仲良く出来るのだろう。

リヒトはソレイユに対しても構えた様子なく話をしている。


「地球に降りるんだってね」

「ああ、全員一度は降りる。」


瞬は今度こそ眉を顰めた。


「嬉しくはないの?皆嬉しそうだったけど、君は嫌そうだ。戸惑いと怒りが見える」

彼はぐっと眉間に皺を寄せて、ソレイユを見る。


「無駄だと思っていることをしたくないだけだ。」

「無駄かなぁ?傷つきたくないだけじゃないの?」

「今更…期待なんかしない」


彼はそう一言吐き捨てると、指令室へと戻って行った。


ソレイユは思い出す。彼はまだ生れ落ちて17年しか経っていなかったのだと。大人と子供の間を行き来する、とにかく悩む多感な時期。なぜ人類はもう少し成熟した大人たちの集団でなく、子どもたちの集団を選んだのか。


「かわいそうに…」


理解しているのに、湧きあがらない感情をソレイユは口にした。





***


「獅子川理美様、レオン・ムラカミ様、前方、ゲートまでお進みください。」


ステーションの着陸船(ランダー)のハッチが開き、中から音声案内が聞こえる。

見送りに来たリヒトを一度振り返り、リミとレオンが進む。


彼らの帰還は感動的に演出され、母星全域に報道された。

テロップが流れる。

『地球外生命体に制圧されたアスリオンから無事帰還!』

背景では、笑顔の家族が再会を抱き合っている。その映像の下で、政府の紋章が光っていた。


「理美ちゃん、無事でよかった」

母親と父親に抱きしめられた理美の目には涙が光り


「レオン!強くなったな!」

父親に肩を叩かれ、母に胸を叩かれるレオンは家族の深い絆を感じさせた。


番組内では彼らの身体検査も行われ、何も異常がないことも報じられている。

明らかな隠ぺいに瞬とリヒトは笑ってしまった。


「やっぱ舐められてたなー…分かってたけど」


黄(ソレイユ)の基地の指令室に置かれたソファに寝そべりながらリヒトがぼやく。

瞬が二人分のコーヒーを持って、ことんとテーブルに置いた。


「この短期間で、地球の電波を傍受出来るようになると思っていなかったんだろう。あの技術者、結構役に立ったな。」


瞬はリヒトが助けたあの技術者をこちら側に引き入れた。

いつの間に、とリヒトは瞬の抜け目なさに驚愕した。


黄(ソレイユ)は組織立って、技術員を育てた。たった数週間の出来事だ。

今では、母艦の操縦、メンテナンス、騒動で壊れた場所の修理などを彼らが行っている。地球からの電波の傍受など、工作員のような仕事も一部の工兵が行っているらしい。今日はその初めての視聴会だったのだ。


「その内、世界政府の盗聴とかまでしそう」

「軍事通信の傍受はさせている。暗号化していて解読に難航しているところだ」

「もうやってんのかっ!」


「怖い!敵に回したくない!」と、リヒトはさぶいぼが立った両腕を抱きしめる。


「お前こそ、ノクスを使えばどこでも忍び込めるだろう」

「その方がよっぽど怖いよ」と瞬が静かに反論する。


ノクスはすっかりリヒトの言いなりだった。

リヒトという眷属を得て、彼の力はかつてないほど落ち着いていた。触れれば消失してしまう能力を押さえられるようになり、彼は初めて星獣を得た。とは言え、未だただの黒い塊だったが、それは紛れもなく星獣の雛だった。


「そんな風に使わねぇよ」

と、リヒトは口を尖らせた。


「お前はいつ母星に行くんだ?」


母星に帰る、ではなく、行くという言葉にリヒトは違和感を覚えた。


「最後だよ。」

「なら、俺も最後に回せ」

「なんで?もう再来週に決まっただろ?親父さんたちの都合もあるだろうし、今更…」


何を言って、と続けようとした。

瞬の様子がどこかおかしいことにリヒトは気づく。


「…会いたくないの?」

「親父が世界政府の議員だ」


リヒトは言葉を失った。

飲んでいたコーヒーをテーブルに置いた。

ことん、とマグカップの陶器が音を立てる。


「たぶん、知っていたんだ。知っていて、俺をアスリオンに乗せた」


リヒトは瞬の頭を自分の肩にもたれ掛けさせた。

言葉はなかった。会わなくていいよとも、会った方がいいとも言えない。

リヒトは家族仲の良い家庭で育った。自分がこうなってしまったことも、受け入れてもらえるだろうと言う確信があるほどに。そんな自分が言えることなど、彼には届かない気がした。彼を無意味に傷つけるくらいなら言葉なんかない方がいい。


リヒトは何も言わず、ただ瞬の頭を抱えて垂れ流した報道を見ていた。

テレビの音が遠のいていく。

帰還した彼らが笑い合う映像だけが、静かに画面の中で輝いていた。




……二人の様子を、ソレイユは遠くから見ていた。

「人間は、泣くことを知っている。それは、強さだ。」

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