第17話 受容、そして次へー
リヒトは赤(ロッソ)の適合を受ける。
「本当にいいのか?」
最後に赤(ロッソ)がリヒトに確認した。赤い炎が彼を包む。
ロッソの記憶が流れ込む。
原初の頃、彼はマグマだった。マグマは意思を持ち、自らを発火させた。
時が経ち、中にマグマを内包する大きな星獣たちと赤(ロッソ)は旅立つ。
赤い軌道が何もない宇宙空間に一筋の色を残す。
他の色持ちと会い、ロッソはガッカリした。
彼らはそれぞれ使命を持つ高次生命体だが、自分と同じではなかったから。
六色は宇宙空間で軌道を描きながら、飛んでいく。
それぞれがそれぞれの使命を抱きながら。
赤(ロッソ)の適合が終わると、リヒトは目を開けた。
いつものような宇宙酔いはなく、しっかりと二本の足で立っている。
目の前のロッソは記憶を共有したことで、少し照れているように見えた。
彼はずっと、自分と同じ存在を求めていたのだ。
リヒトの中に、情熱が灯る。
それは青(アズラン)と対極の力だった。
大丈夫、抑え込める。拳を握り、身の内に燃える衝動を抑え込む。
「ロッソ、ありがとう。」
リヒトはロッソに笑いかけた。
ロッソは拍子抜けしたように、目を丸くした。
リヒトの笑顔に身の内を焦がす暴力の欠片も感じなかったから。
これで、リヒトは四色の色持ちとなった。
青の静寂を失い、緑の温もりを得て、
いま、赤の衝動が胸を焼く。
それは痛みではなく、生きている証のようだった。
***
「瞬」
黄の適合施設で、彼に声を掛ける。
「俺、行くよ。ナギを助けてくる」
「ダメだ。俺が行く」
「瞬の力じゃ、ナギが消えてしまう。俺がなんとかするから」
黒(ノクス)の消失と黄(ソレイユ)の光。対極の力。
リヒトが黄(ソレイユ)の力を欲さない理由がここにあった。
「ダメだ。俺は…俺はナギかお前かを選ぶなら、リヒト、お前を選ぶ」
その言葉にリヒトが目を見開く。
まばゆい光の中、リヒトは眩しさに思わず目を瞑った。
瞬が初めて、黄(ソレイユ)の力を発動させた。
彼は、リヒトの力の抜けた体を受け止める。
「リヒト、ごめん…」
お前の意思を尊重することが出来なくて…
***
リヒトは意識のないまま、黄(ソレイユ)の適合装置に入れられる。
黄(ソレイユ)の培養液がこぽこぽと気泡を出している。
「君がこんな手段に出るとはね」
王子然としたソレイユが瞬に近づく。
「彼は嫉妬の対象だったのでは?」
「その段階はとうに過ぎた。俺の中では消化済みの感情だ…」
「そうか。人間の時間は早いなぁ……瞬く間だ」
ソレイユは何故か楽しそうに笑う。
「今は好意、庇護、親愛、と言ったところかな?」
「人の感情を読むな」
「いいのかなぁ?これは人間的には嫌われる行為じゃないのかい?」
「いい…嫌われても、リヒトが、こいつが生きてるなら…」
「人間はおもしろいね。感情を恐れるなんて。」
ソレイユは理解できない風に目を細めた。
しかし次の瞬間、面白そうに笑う。
「けど、彼は拒んでいるみたいだ。」
ぼこぼこと培養液の中から先ほどより激しく気泡が上がる。
培養液が沸騰している。リヒトが赤(ロッソ)の力を使い、黄(ソレイユ)の適合を拒んでいる。
「そんな…なんで…」
「彼、僕の力は要らないって。このままだと死んでしまうよ」
どうする、と黄色の瞳が面白そうな色を湛える。
瞬は迷う暇も与えられなかった。装置を緊急停止させ、培養液毎、彼を開放する。
黄色の培養液が床に広がる
その上に、リヒトがせき込みながら、膝をつく。
「リヒト!」
瞬は汚れるのも構わず、彼に駆け寄る。
「瞬。俺、黄(ソレイユ)の力は受け取れない。」
「……」
「お前に、辛い選択させて、ごめん…。お前はさ、皆の英雄(ヒーロー)だ。アスリオンの希望。だったら、俺はお前の光になる。捨てさせないよ、何も」
「リヒト…」
「ナギを助けてくる」
「…死ぬなよ。絶対に二人で戻ってこい。」
「うん。行ってくる」
リヒトは炎で培養液を蒸発させると、そのまま飛んでいった。
瞬は、彼を目で追う事も出来なかった。
***
空気のない宇宙空間に、二つの影が交錯した。
赤い炎と黒い霧——光を奪う闇が、互いを呑み合うように膨張していく。
リヒトは掌をかざし、赤〈ロッソ〉の炎を放つ。真空の中でも燃え上がるそれは、意志の熱そのものだった。だが黒はすぐにそれを呑み込み、無音の渦となって迫る。
炎では勝てない——彼は息を吸い、青〈アズラン〉の水を呼び起こした。
水流が炎を鎮め、闇を洗い流すように広がる。だが、黒は水の形を歪ませ、波紋を呑み込む。
「ナギ! 聞こえるか!」
その名に、ナギニの身体が一瞬だけ止まる。
「リヒト……俺を……止めてくれ」
かすかな声が届く。だが次の瞬間、瞳は再び黒に染まった。
リヒトは白〈ブランカ〉の力を解き放つ。
氷の光が瞬き、黒の奔流を封じるように結晶化させる。
だが黒の消失の力は、凍結さえも塵に変える。
触れたものすべてが“なかったこと”になる。
「もうやめろ、ナギ!」
リヒトは叫び、最後の色——緑〈ヴェルディア〉の癒しを放つ。
緑の光が波のように広がり、崩れゆくナギニの形を包み込む。
その一瞬だけ、黒が揺らいだ。
「……リヒト、ああ、見える……光が——」
そう言って、ナギニは再び闇に飲み込まれた。
赤、青、白、緑。すべての光が一斉に輝く。
だが黒は、それらを覆い尽くすほど深く、静かに息づいていた。
——もう戦いでは救えない。
リヒトは悟った。
ならば、取り込むしかない。
リヒトは攻撃をかわし、緑の力でナギニの命を繋ぎながら、その懐に飛び込んだ。
「来いよ、ノクス。そこにいるんだろ?」
ナギニの中に黒〈ノクス〉がうずくまっている。
リヒトは手を伸ばす。
漆黒を纏う少年が、顔を上げ、リヒトを見た。
そして、その手を——掴んだ。
視界が光に包まれる。
そこは虚空。
ブラックホールの中心で、黒〈ノクス〉はただ一人、永遠に息をしていた。
何を求めても、何を愛しても、すべてが消える。
だから、彼は最初から何も求めなくなった。
——孤独。
降り積もる時間の中で、彼は誰にも触れられず、ただ在り続けた。
リヒトはその孤独ごと抱きしめた。
黒が、するするとナギニの身体から抜け、リヒトの身体に流れ込む。
そしてナギニの瞳に、ようやく光が戻る。
「リヒト…俺、いっぱい人を……お前のことも傷つけた…」
「ナギ、いいんだ……お前のせいじゃない。おかえり、ナギニ。」
「……ただいま。」
虚空の中、ようやく笑った。
あの頃と同じ、無邪気な笑顔で。
***
母艦へ戻ると、屋上庭園には多くの人が、リヒトの帰還を待ちわびていた。
「リヒト!ナギ!」
カイハがナギ二に駆け寄り、思い切り殴った。
「馬鹿っ!」
「っ!いってぇ!!何すんだ、カイハ!」
「カイハ、一応けが人だよ。」
リヒトがカイハを宥めるが、効果はなかった。
「よくやった」
瞬がリヒトを笑顔で迎える。
「ところで、その後ろの奴はなんだ…?」
リヒトの後ろに背後霊のようにくっつく黒髪の青年を指さす。
「あー…えっと…ノクスです」
「連れてきちゃった」とリヒトは笑ってごまかす。
観衆が、一歩後ろに下がった。
瞬はあきれ顔で、リヒトの背を叩く。
「お前はっ!なんでそう宇宙人に懐かれるんだ」
それって俺が悪いのかな、とリヒトは思ったが口に出さなかった。
黒(ノクス)は思った以上に受け入れられなかった。
しかし、黒(ノクス)のおかげで、ナギニは比較的すぐに受け入れられた。
「ごめんな。なんかお前を悪者にして、ナギの名誉を回復したみたいになっちゃって」
* * *
母艦のハッチが開く。
これから、外の連中との交渉だ。
リヒトは新たな戦いの幕開けを感じた。
彼は後ろをちらりと見る。
カイハ、リミ、レオン、そして瞬がいる。そして、自分の中にはアズランも。
ぐっと拳を握り、ハッチの外の光の中へと進んだ。
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