第4話 実験体(マウス)たちの帰還
「帰ってきた!」
柚葉の声に、全員が一斉に振り向く。
艦の外、ハッチの向こう――見慣れたリヒトの姿があった。
だが、その隣には、あの“青い髪の青年”が浮かんでいる。
「え? あれ、アイツ、青い髪のヤバいやつと一緒に居るじゃん!」
ナギニが悲鳴のような声を上げる。
カイハが反射的に臨戦態勢を取ったが、リヒトが笑顔で手を振っているのを見て、警戒を解いた。
「リヒト、なんか青い」
「あー、うん。後で説明する。とりあえず、ユノを寝かせたい」
リヒトは無言でユノを抱えたまま艦に入る。
みんなが息を詰める中、彼はユノを小型艦のベッドにそっと寝かせた。
その頬に触れ、安堵の息を漏らす。
「……まだ生きてる」
安堵の波が走ったのも束の間、全員が操縦室に集まる。
リーダーの瞬が一歩前に出た。
その視線はリヒトではなく、アズランに向けられている。
「それで――この男は?」
「こいつはアズラン。俺たちに、今どういう状況か説明してくれるって。
その代わりに、この船に乗せろってさ」
「俺たちにアスリオンまで戻れってこと?」
アズランが面倒くさそうにため息をつき、椅子の背に腰をかけるように宙に浮いた。
「戻らなければ、お前らはどのみち殺される」
その一言に、全員が凍りつく。
「……どういう意味だよ」
瞬の声が低く響く。
「これは国家規模の実験だ。お前らは実験動物(マウス)なんだよ」
ざわっ――と、空気が揺れた。
「な、何の実験だって?」
「俺たち宇宙人と地球人のハイブリッドを作るための」
その言葉に、柚葉の顔がこわばる。
視線が自然と、カイハへと集まる。
彼女の身体の周りには、淡く緑の光が漂っていた。
「ああ、お前は“緑(ヴェルディア)”と適合したな」
「……覚えてない」
カイハが小さく呟く。
「あ!」
ナギニが手を打った。
「カイハのこと助けた女の子、ヴェルディアって名乗ってた! 緑の髪の子!」
「怪我したカイハを、薄い膜で包んでた。あれって、治療じゃなかったの?」
「違うな」アズランが肩をすくめる。
「あの膜は、俺たちの力と“適合”させるための装置だ。
適合できない奴は、そのまま死ぬ」
「は? じゃあ私、死ぬかもしれなかったの?」
「どのみち、そのままなら死んでたさ」
アズランは淡々と答える。その無感情さに、逆に恐怖が走った。
「ヴェルディアはもともとこの計画には乗り気じゃなかった。
お優しいアイツは――死ぬしかないヤツを選んで、適合装置を付けたんだろう」
リヒトが一歩前に出る。
その青い瞳に、怒りが混じっていた。
「お前は? ソフトボールの奴らのこと、“ゲームだ”とか言っていたぶってたよな」
アズランの表情が、わずかに陰る。
「試してたんだよ。ちょっとくらい強い奴じゃないと、不適合になる。
……仕方ねぇだろ」
「じゃあ、俺たち、本当に――国に売られたんだ」
誰かのか細い声が艦内に落ちた。
その言葉に、誰も続かなかった。
しん、と空気が沈黙する。
「なんでそんなこと……何のために?」
柚葉の問いに、アズランは視線を逸らした。
「俺に聞くな。人間の事情なんぞ知るか」
静寂の中で、リヒトが再び口を開く。
「お前たちの目的は?」
アズランはゆっくりと彼を見た。
「船だ」
「船?」
「俺たちは宇宙空間でも生きられる。
けど、ただ“浮遊”するだけだ。
お前らの船は目的地まで行ける。
俺たちは――それが欲しい。
むこう三百年のメンテナンス付きで、な」
その笑みは、冗談のようで、まったく冗談ではなかった。
小型艦は自動操縦(オート)に切り替わり、アスリオンへの帰還ルートを描いていた。
一度逃げ出したその箱庭に、再び“実験体”として戻らなければならない。
リヒトとカイハ、そして青(アズラン)は、艦の後方区画に隔離されていた。
リヒトは静かに息を吐く。
「どうせ、覚醒して終わり……じゃないんだろ?」
アズランに向ける視線は冷たく、言葉はどこか乾いていた。
この男にだけは、どうにも距離の取り方が分からない。
その時、コトコト、という音がした。
「──あ! これ、アズの星獣!」
カイハが窓の外を指差す。
船体の窓枠に、ビー玉のように透き通った小さな影が三つ、必死にくっついていた。
中心に淡い青い光が脈打っている。
「ああ……ついてきたか」
アズランの声が、少しだけ優しくなる。
一生懸命に腕を伸ばして船体にしがみつく姿は、確かにどこか可愛い。
だが、リヒトはすぐに首を振った。
──こいつらは、アスリオンをめちゃくちゃにした敵だ。
「なんか……カワイイ」
カイハの言葉に、リヒトは思わず目を細める。
「星獣って、意思を持たない星の欠片──そう習ったけど」
「他の星獣は知らねぇ。でも“色持ち”の俺たちに付いてるやつらは、それぞれ個性がある。
……こいつら三体は遊んでばっかで、全然役に立たねぇんだ。できるのは俺について回るくらい。」
アズランは苦笑した。その表情は、初めて見る人間らしい柔らかさを帯びていた。
「緑(ヴェルディア)のとこのは、図体ばっかりで臆病だ。
白(ブランカ)のは、やたら頭が切れて早い。厄介なやつだ。」
「お前ら、何人いるんだ?」
リヒトが低い声で割り込む。
カイハはもっと星獣のことが聞きたいのに、とリヒトを睨んだ。
「六人だ。青(アズラン)、緑(ヴェルディア)、白(ブランカ)、黄(ソレイユ)、赤(ロッソ)、黒(ノクス)。──けど、黒(ノクス)は今回の計画から外れたはずだ」
カイハがリヒトを見つめる。
「リヒト?そんなこと聞いてどうするの?」
「皆を適合させる」
その声が、自分でも少し震えているのが分かった。
「え? でも……死ぬかもしれないんだよ?」
「なら、俺たちがついていて、不適合者は膜を破ってやればいい。」
カイハの眉が寄る。
「そんな……皆の意思は?」
リヒトは少し笑った。
けれど、その笑みはどこか遠く、温度を感じなかった。
もう、そういう段階じゃない──そう言いたげだった。
「協力してくれ、アズ。」
「……無理だ。俺はもう適合できねぇ。」
「なんで?」
「装置を持ってない。」
「や、役に立たねぇ……!」
リヒトが肩を落とすと、カイハが苦笑してその肩をぽんと叩いた。
「じゃあ、ヴェルディアに頼んだらいいんじゃない?」
「どこにいるんだ?」
「え? わからないの? 仲間でしょ?」
アズランは、ぽかんとした顔でカイハを見る。
「仲間って、お前らみたいに固まってるやつのことか?
俺たちは一緒に行動なんかしねぇよ。」
「や、役に立たない……!」
カイハは笑いながらも、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
──彼らには、“仲間”という言葉が、まだ存在していないのだと気づいたから。
小型艦は、母艦の腹部に吸い込まれていった。
ああ――帰ってきた。
帰ってきてしまった。
誰も言葉を発しない。
エンジン音が止まり、代わりに無音が押し寄せた。
アスリオンの艦内は、かつてと同じ構造のはずなのに、どこか異様に冷たく感じる。
あれから二日。
バスケ部の出奔は、すでに艦内全体に知れ渡っているだろう。
全員で今後を話し合いたい――そう思っても、
他のメンバーは無言で、リヒトとカイハを避けていた。
背中で拒絶される感覚が痛いほどわかる。
そのとき、
――バンッ! と爆音が響いた。
床が揺れ、壁の警告灯が赤く点滅する。
狭い通路の奥から、何人かの生徒が血相を変えて走ってきた。
その後ろで、鋭い光が爆ぜる。
「お、お前ら! バスケのやつらだろ!? 逃げろ!!」
陸上部の生徒と思われる少年が叫んだ。
背後には、人の背丈ほどの星獣が追ってきている。
リヒトとカイハが一歩前に出た。
「皆、下がれ。ここは俺たちが食い止める。」
陸上部の生徒が息を呑む。
「は? なに言ってんだよ! 捕まったら終わりだ! もう何人も戻ってきてねえんだ!!」
リヒトは返事をせず、走り出した。
カイハがその背中を追う。
通路の向こうから現れたのは、岩のように尖った体を持つ星獣だった。
胸のあたりが透き通り、白い光が淡く脈打っている。
――白。ブランカの星獣だ。
リヒトは身構えた。
次の瞬間、星獣が空気を裂いて飛び込んでくる。
その速さは視線よりも早かった。
リヒトは足を掬い上げるように蹴り上げた。
だが、星獣は軽く身体を傾け、それをかわす。
直後、腕のような突起が唸りを上げ、リヒトの胸を打ち据えた。
衝撃が全身を貫く。
後方に弾き飛ばされ、金属の床に叩きつけられた。
「リヒト!」
カイハが駆け寄る。その瞬間、反対側へ回り込み、白の胴体へ拳を叩き込んだ。
だが、衝撃は浅い。星獣の腕が彼女の脚を絡め取り、勢いのまま壁に放り投げた。
金属が悲鳴を上げる。
痛みに歯を食いしばりながら、カイハは立ち上がる。
青の星獣とは違う。
白の星獣は――人のように、戦っている。
リヒトとカイハは互いに目を合わせた。
息を整え、再び構える。
その背後で、他の仲間たちの荒い息遣いが聞こえた。
「な、なんでアイツら戦ってるんだよ!?」
混乱する陸上部の生徒たちに、瞬が声を張り上げる。
「説明は後だ! とにかく逃げろ!」
ユノを背負ったまま、瞬は別の通路へ駆け出した。
リヒトがいつも軽々と運んでいたその身体は、彼には鉛のように重かった。
恐怖、不安、後悔――そのすべてが肩にのしかかっていた。
――負けるわけにはいかない。
再び白の星獣が迫る。
二人は狭い通路を活かし、星獣の速度を殺すように立ち回った。
鋭い一撃をかわし、壁を蹴って反撃する。
衝突音が幾度も響き、白の残光が散る。
やがて、星獣の動きが見えてきた。
パターンが掴める。いける――。
カイハが頷く。リヒトも頷いた。
そのときだった。
星獣が、突然動きを止めた。
まるで何かを思い出したように、白い体を翻す。
「……帰る気か」
通路の影から低い声がした。
青く光る輪郭――アズランだった。
「お前、いつの間に――」
リヒトが息を呑む。アズランは気怠げに歩み出ながら、淡々と告げた。
「巣に帰るんだろう。おそらく攫った連中を“適合”させるための場所(す)がある。」
「巣……?」
カイハが目を見開く。
「そこに行けば、不適合者を助けられるかもしれない!」
「そう簡単にご招待は頂けないだろうがね。」
アズランは不敵に笑い、青い瞳を細めた。
その光の奥には、まだ語られていない計画の続きが潜んでいた。
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