死にゲーRTAの熟練走者、死にゲー世界の最弱NPCに転生して無双する。
佐間野隆紀@今はセフレでいいから発売中
1.転生
目を開いたとき、視界に広がる光景に俺は思わず息をのんだ。
まるでVRの世界に飛び込んだような、アニメ調の世界がそこに広がっていたのだ。
しかも、これまでに見たこともないくらい美麗で高精細だ。
まるで現実とアニメが完全に融合してしまったかのようなグラフィックの世界とでも言うべきだろうか。
それをVRで体験しているような——いや、むしろもうVRを超えて、現実として目の前に広がってると言ってもおかしくないような感覚だった。
「ようこそ【アビスタワー】へ。榊ユウトくん」
背後から声がした。
慌てて振り返ると、扉を開けてひとりの女性が部屋の中に入ってくるところが見えた。
改めて見まわすと、俺がいるのはどうやら執務室のような部屋であるらしい。
俺が座らされているのは革張りのソファ。ガラスのローテーブルを挟んで対面にも空席のソファがあり、部屋の壁には本棚などの調度品が無数に設えられている。
奥側の壁は一面がガラスばりの窓になっていて、そこからは巨大な塔のような建造物を覗きみることができた。
「いろいろと混乱もあるだろうが、まずは落ちついて感覚をなじませてくれ」
女性は悠然とした足どりで部屋の奥にあるデスクのほうまで歩いていくと、椅子を引いてそこに腰を下ろしながら、あらためて俺のほうを見やる。
その女性もまた、アニメ調のとても麗しい風貌をしていた。
丁寧にまとめあげられたブルネットの髪に灰色の切れ長な瞳。ツルの細い眼鏡をつけて、スタイルの良さがひと目で分かるほどピチッとしたタイトなスーツに身を包んでいる。
(VRゲーム……? でも、俺、VRヘッドセットなんて持ってないし……)
自分の体を見下ろしてみると、やはり俺自身もアニメ調に変貌しているようだった。
ファンタジー系のゲームに出てくる村人を思わせる地味なシャツとズボンを着て、それ以外はとくに身につけているものはない。
なんとなく手で顔に触れてみて気づいたのだが、VR機器のようなものは身につけていないようだった。
当然、コントローラーなども握っていない。俺の目に映る自分の手指は、まるで現実の肉体のようにリアルな感覚で自由自在に動かすことができた。
「テーブルの上に鏡があるだろう。気になるなら、自分の姿を確認してみるといい」
女性に言われて、俺はテーブルの上に小さな立て鏡があることに気づいた。
覗きこんでみると、そこに冴えない風貌の少年の顔が映っている。
歳の頃は十代半ばから後半くらいだろうか。笑ったり顔をしかめたりしてみると、想像以上に自然に表情をつくることができた。
恐ろしく優秀なフェイストラッカーが搭載されている――のだろうか。
(フルダイブ型のVR……? でも、そんなものが現実に……? いや、そもそも俺はいつの間にそんなものを……?)
ますます俺は混乱する。
そんな俺の様子を察してか、女性がふっと鼻で笑いながら口を開いた。
「まずは簡単に状況を説明しよう」
俺が女性のほうを見やると、彼女は眼鏡の端をクイッと持ち上げながら告げる。
「君は死んだ。そして、この【遊戯世界郡】に転生したのだ」
(……は? 死んだ? 転生だって……?)
あまりにも唐突に告げられるその言葉に、俺はただ言葉を飲むしかない。
あるいは、そういう夢を見ているということだろうか。
自分自身がアニメ調のキャラクターになってしまっていることも含めて、未だに現実感というものがわかなかった。
「夢と思うならそれでかまわない。どのみち覚めない夢のようなものだ。この世界は君たちがこれまで生活していた【管理世界】とはあらゆる常識が異なる。言葉で説明するよりも慣れたほうが早いだろう」
女性は淡々とそう告げ、そのまま椅子を回して窓のほうに体を向けると、俺にも窓の外を見るように促してきた。
「あの塔と、その下に広がる街なみが見えるか? この世界の名は【アビスタワー】。下級神たちに余興と交流の場を提供するために存在する『遊戯世界』のひとつだ。その中でもこの【アビスタワー】については、君に伝わりやすい言葉で言うなら『ゲームの世界』と言ったほうが伝わりやすいかもしれないな」
淡々と告げる。
「……遊戯世界?」
俺は掠れた声で女性の言葉を反芻していた。
この場にきて、初めて発した声だ。
それはこれまでの俺の知っている声ではなく、まだ声変わりを迎えていないのかと不安になるくらいかぼそく頼りない少年の声だった。
「そうだ。まあ、理屈を理解する必要はない。君たちに与えられた使命はひとつ。この【遊戯世界群】に内包されるさまざまな世界において、下級神を楽しませることだけだ」
わ、ワケがわからない……。
『下級神』だの【遊戯世界群】だの、理解のおよばない言葉だらけで、俺の混乱はますます深まっていく。
「心配するな。理解せずとも良いと言ったろう。そろそろ感覚はなじんできたか? メンテナンスの明けが近い。さっそくチュートリアルをはじめよう」
「チュートリアル……?」
今度は妙に耳なじみのある単語が耳に飛び込んできた。
なんのことだろうと身構える俺だが、女性は気にした様子もなく指先をパチンと弾くと、次の瞬間、俺は薄暗い謎の空間に立ちつくしていた。
〈さて、それではさっそくはじめよう。目の前の敵が見えるか?〉
頭の中に先ほどの女性の声が聞こえてくる。
目の前の薄闇に目を凝らすと、木製の木偶人形のようなものが立っているのが見えた。
木偶人形は両手に剣と盾を携えており、ゆったりとした足どりでこちらに近づいてくる。
驚いたのは、その木偶人形の下に赤い色のゲージのようなものが見えていることだ。
(ひょっとして、コイツのHPか……?)
なんとなく見覚えのある絵面に、俺はそんなことを想起する。
〈察しがいいな。そのとおりだ〉
俺の心の中を読んだかのように、頭の中に女性の声が響いてきた。
〈さあ、君も武器を抜け。そして、あの木人を倒すのだ〉
そう言われて慌てて自分の体に視線を落とすと、いつの間にか片手剣らしきものが腰に提げられていた。
刀剣なんて触ったこともないが、いざ抜刀を試みてみると、目に見えない力でサポートされているかのように自然な動作で鞘から剣を抜き放つことができる。
(まるで本物のフルダイブ型VRゲームみたいだな……)
そんなことを思いながら、俺は剣を構えて木偶人形に向きなおった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます