第1話

鉄拳風紀委員会 (第1話:バディは怪物)

​陽光と校内の異空間

​陽光が降り注ぐ四月の朝、私立桜鉄拳高校の正門は例年より少しだけ華やかだった。新入生の群れはそれぞれに緊張と期待をはらんでいる。

​だが、校舎の二階廊下でひときわ目を引いたのは、新入生説明会の書類の束の中に紛れ込んだ、一通の妙に堅苦しいプリントだった。

​「習い事・資格等 申告用紙」

​生徒たちは首をかしげる。学内説明会で「習い事」の細かい経歴を全校生徒に配るのは珍しい。誰も理由を知らない。

​A組の高田彰人は、配布物を受け取った瞬間、封筒に書かれた小さな文字に目を留めた。


​「武道・格闘技の経験がある場合は、種目と段位・実績を詳しく記入してください――」


​(そんなの、書く人いるのかな?)

​彰人は、剣道部の幽霊部員という程度の経歴を書く途中で、廊下の向こうから聞こえるざわめきに顔を上げた。F組前の教室の扉がわずかに開いていて、中からはしょっちゅう「うるさい声」が飛び出してくる。


​「なんであんな遠いのにここまで声が聞こえるんだよ…」


​と、彰人は小声で言った。桜鉄拳高校――進学校の顔を持ちながら、最下位クラスは「校内の異空間」だ。


​F組の鉄の秩序

​F組の教室では、茨花茜が静かにペンを走らせていた。彼女の周囲で騒ぐヤンキーたちに、茜は参考書から顔を上げず、少し強めにだが静かに怒り、こう言った


​「うるさい。静かにして。授業中なのに立つの?あなた達は、立って喋ってないと、生きられないの?あまりにも非常識すぎるわ」


​そして、先生を指差してこう言った。


​「ほら見て、先生が呆れ過ぎてもうお地蔵さんになってるわよ…このまま、神社に置いても違和感ないわ。悟り開いたんでしょうね」


​それを聞いて、苛立ったヤンキーの一人が茜の胸ぐらを掴み、無理やり席から立たせた。


​「あんだァ?貴様ぁ…女のくせに生意気だなぁ〜犯してやろうか…」


​ヤンキーは片腕を振り上げ、殴りかかろうとする。 


​「その美しい顔を、不細工にしてやんよ。」


​茜は余裕の表情で、静かに放った。


​「やれるもんならやって皆…バカ猿が…」


​ヤンキーのイチモツを蹴ると、ヤンキーは悶絶した。痛みで手を離してしまい、茜が落ちる


​「男の弱点は、把握済みだ。急所は守っとけ!ボクシングでは基本だぞ?」


​茜は一瞬で立ち上がり、ヤンキーにボクシングの構えを見せつける。


​「あんたらの敗因は、あたしから手を離したこと。隙を作ることもなく落ちた瞬間にトドメさせば勝ち筋あっただろうに…あっそっか…あんたら、そこまで早く動けないか。ごめんごめん」 


​静かな皮肉を吐きながら、茜はボクシングの構えから一気に前に進み、ヤンキーのほっぺに強烈な右ストレートを入れた。ヤンキーはそのまま倒れ込み、脳震盪を起こして沈黙した。


​「ほらもっと来いよ他の奴らも。私はバチクソ元気だぞ」


​逃げ腰になる残り数名に対し、茜はまるで獲物を狩るかのように、にこりともせず距離を詰める。


​「おいおい逃げんなよ〜男だろ〜?女から逃げてどうすんだよ!女は性処理用だろ?あんたら男ヤンキーからしたらさ?あたしからしたらヤンキー男はサンドバッグだ。弱っちぃくせに口だけ達者で殴りやすい。」


そう言って、ヤンキー達を嘲笑した。ヤンキーたちは悲鳴を上げながら逃げ惑い、教室は一瞬で地獄絵図と化した。そして十数秒後。茜は残りのヤンキーを全て気絶させ、床に積み重ねて椅子にした。その上に座り、何事もなかったかのように参考書を開く。

​F組のクラスメイトはみんな、ヤンキーを積み重ねた椅子に座って静かに勉強する茜を見て、改めて恐怖を感じていた。この日からF組全員は茜に平伏。校内では「F組には触れてはならない領域がある」という噂が広がるのだった。


​茜は、椅子代わりのヤンキーを無視し、迷いなく正直に経歴を記入した。


​【武道・格闘技の経験】

​ボクシング: 9年間(関東大会優勝、全国ベスト8)

​一方A組の彰人。彼は律儀に、そして少しの自嘲を込めて、自分の経歴を記した。

​【武道・格闘技の経験】

​剣道: 3年間(実績:特になし)

​(まあ、嘘書いても仕方ないし。強くないのは事実だしな) 


​その日、プリントに武道や格闘技を書いて提出した生徒が、放課後に生徒会室へと呼び出されることになった。

​夕暮れが近づく頃、生徒会室の扉が開き、数人の生徒が順番に中へ呼ばれていく。

​そこにいたのは、生徒会長の柴崎葵――教科書の表紙から抜け出したような美貌の持ち主だ。アクション映画の大スターでもある。


​「来てくれてありがとう!ボクたち生徒会は新たなプロジェクトを始めるんだ。力を貸してほしい!あっボクの名前はご存知だと思うけど、柴崎葵だよ」


​(ん?ボク?)


​彰人は頭が真っ白になり、一瞬戸惑った。テレビで見る彼女は「私」という一人称で清楚なイメージがあるが、目の前で見ている葵は「ボク」であり、少年味を感じる。

​葵はそれを見逃さなかった。


​「君〜今さっき、『ん?ボク?』って思ったでしょ?ボクは大人気アクション女優の皮を被った男だよ?つまりトランスジェンダー!生徒会メンバーといつも行く店にしか言ってないから、秘密にしておいてよ?」


​衝撃の告白に、彰人は軽く放心する。

​次に熱血そのものの、熱苦しい男が話し始めた。副会長の五十嵐アキラだ。髪を短く刈り、眼差しは真剣。


​「俺たちは『見た目だけじゃない』学校を作る。だが、言葉だけじゃダメだ!行動で示すんだ!」


​そして、生徒会室に呼ばれたメンバーの中に、稲山綾香がいた。なぜ名前を知ってるかと言うと、入学当日だと言うのに、既に彰人に3回程大胆な転びを見られている。転ぶたびに、友達が名を呼んでいたため、いつの間にか名前を覚えてしまったのだ。

​生徒会室に集められた面々に、柴崎葵が大きく息を吸ってから宣言する。


​「みんな、ありがとう。ボクたちは今日から――『鉄拳風紀委員会』を作る!あっボクが委員長ね」


​一瞬の沈黙ののち、部屋中がざわめく。名前から既に物騒だ。


​「え、えっと、風紀委員会って言うけど……普通の委員会じゃないの?」


​と綾香が尋ねる。葵はにっこり笑って拍手した。


​「普通じゃないよ!学内秩序を治すんだよ。言葉で言っても伝わらない相手には、拳や技術で説得する。もちろん手加減はするよ〜けど、抑える力が必要なんだよね〜入学当初からこの学校の民度はたかが知れてるね?」


​葵は顔を近づけ、シリアスな声色になった。


​「進学校の影にある、最下位クラス、FからD組。アドバンスクラス。あそこ、動物園でしょ?」


​それを聞いて、茜が静かな皮肉を放った。


​「えぇ。入場料60万の超高級動物園よ。しかも、珍しいことに檻の中で見学出来るのよ?身近に動物と触れ合う事が可能よ?良かったら来てみたらどうかしら?」


​葵は身を引いて、ひきつった笑みを浮かべる。


​「そりゃ入りたくない動物園だねぇ」


そして、茜が手を合わせて笑顔をでこう放った。


「ちなみに、殴れば黙る、従順な動物ですよ〜あそこのメスオスは」


葵は笑いながら頷いたが、心の中ではこう思っていた


(なにこの子…怖い…茜ちゃん…怖い) 


と引いていた。


​五十嵐アキラは拳を握って前に出る。


​「さぁみんな!熱く行こうぜ!」


​稲山綾香は少し歩いた瞬間、床でつまずいて椅子に頭から突っ込み、天然に笑っていた。


​「お前、今日何回転んだんだ?」


​彰人が気になって、思わず尋ねると、


​「ん?10回」


​(ドジの域超えてるな!)


​「数える暇あったら足元注意しろよ!」


​彰人がツッコミを入れると、綾香は鼻血を勢い良く出しながら言った。


​「私……学校の平和のためなら頑張るよ!」


​(おいおい、もっと心配する事あるだろ、自分の怪我を!)


​そして、全員が挨拶をした。


​「よろしく。私の行為一つ一つによほどの事ではない限り、邪魔しないで」


​茜の声は穏やかだが、その一言には「邪魔したらぶん殴る」という重みが込められていた。

​彰人は固まってしまった。


​「あ、あの……よろしくお願いします。剣道、少しだけやってました。あんまり強くないですけど」


​葵は手を振って満面の笑み。


​「いいよいいよそんなの〜武道やってる人が少ないから、経験あるだけ良いよ〜!」


​こうして、奇妙な顔ぶれの「鉄拳風紀委員会」は発足した。

​最後に葵が真剣な顔で付け加える。


​「ただし――鉄拳制裁は、あくまで“建前”。校則は大事。くれぐれも先走って、暴力から、始めないように!」


​そして、葵は目配せで彰人と茜を指し示し、耳打ちで言った。


​「明日、ペアを決めるよ。じゃんけんでね…シフトはトランプね…」


​(決め方軽っ)とメンバー全員が思った。

​最上位クラスのマイペース男子と、静かな顔した最恐暴力女子の、予測不能な青春ギャグラブコメが、今、ここに、鉄拳制裁と共に幕を開けるのであった。

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