第1部:交流 / 第35話:神様おねがい
巨大な城門が背後で閉ざされた瞬間、張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
兵士も市民も、その場に崩れるようにへたり込み、安堵の嗚咽を漏らす。レオニス、レオン、ザインの三英傑でさえ、その顔には深い疲労の色が浮かび、言葉を発する力さえ残されていないようだった。アンナやラナたちが駆け寄り、癒やしの魔法の淡い光で彼らを包み込み、束の間の休息を与えようと必死に気遣う。
だが、その安息はあまりにも短かった。徐々に太陽が沈み、空が不気味な赤紫色に染まる「逢魔ヶ時」へと移行していく。
***
その頃、遠く離れたグリムロック連邦。宰相ザフランは、水晶玉に映る光景を見て、楽しそうに呟いた。
「ほう…よくぞ生還した。褒めてやろう」
彼の口元には、全てを盤上で見通していたかのような、不敵な笑みが浮かんでいた。
***
ザインが、息も絶え絶えに呟く。
「チッ…まずいな…」
夜の闇が濃くなるにつれ、城壁の外から響くアンデッドのうなり声が、明らかにその勢いを増していた。
しばらくすると、城壁の方角から、地響きのような音が鳴り響いた。
ドーン!ドーン!
見張り台から、守衛部隊がけたたましく緊急事態を知らせる鐘を打ち鳴らす。
次の瞬間、何十メートルもある巨大な影が、轟音と共に城壁そのものを打ち破って侵入してきた。
アンデッドキングだ。その数は一体ではない。少なくとも十体以上。
城内は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。
「キャー!」「うわー!」
エアデールの国民たちは散り散りとなって逃げ惑う。ガウェイン率いる騎士団が果敢にその歩みを止めようとするが、赤子のように無惨に吹き飛ばされた。
ザフランは知っていたのだ。エアデールが橋を落とし、狡猾な隣国ギザリオンからの援軍を待つために籠城戦を選ぶことも。そして、夜の闇がアンデッドの力を何倍にも増幅させることも。
「ああ、実に美しい。希望という名の光が、己の無力さを悟り、絶望という影に喰われていく瞬間こそ、生命の最も美しい輝きよ。…救いなど、最初から用意されてなどいないのだ」
絶望的な光景の中、ザインがふらつきながら剣を構えた。
「…おかしいな。ざっと一万は倒したはずだが、また増えてねーか?」
レオニスも血を拭い、不敵に笑う。「お前が一万なら、俺は二万だ」
レオンは何も言わず、覚悟を決めた顔で仲間たち一人ひとりの顔を見つめた。
王城のバルコニーから、エリアン王は「もはやこれまでか…」と呟き、メイヴ王妃は「これも運命なのですね」と静かに微笑む。誰もが、終わりを覚悟した。
しかし、三英傑だけは諦めていなかった。ふらつく身体を無理やり起こし、再び武器を構える。
「しゃーねぇ。最後まで付き合うぜ」
ザインの言葉に、レオニスとレオンも静かに頷いた。
その光景を、アンナは呆然と眺めていた。(みんな…死んじゃう。このままじゃみんな死んじゃう。助けて、お母さん!お父さん!助けて、神様…!)
アンデッドキングの一体が、最後の抵抗を試みる三英傑をまとめて薙ぎ払い、吹き飛ばす。そして、次なる標的としてアンナに狙いを定めた。
もう、だめだ。
アンナの頭は、恐怖と絶望で真っ白になった。
みんな、あんなに頑張ったのに。騎士団の人たちも、グリーンウィロウのみんなも、ボロボロになりながら戦ってくれた。レオンさんたちも、命を懸けてここまで来てくれた。力を合わせて、必死に戦った。なのに、どうして。どうして、こうなるの。
なんで誰も助けてくれないの?
思考は混乱し、正常な判断など、もうできなかった。ただ、祈るしかなかった。
(誰か助けて!お願い、みんなを助けて!神様…!お願い、神様…!)
アンナは目を固くつぶり、涙ながらに、心の底から、たった一人だけ思い浮かんだ友の名を叫んだ。
「助けて、マチルダー!!」
その叫びに応えるように、遥か北の空から、一筋の光が飛来した。
キラリ、と光が瞬いた次の瞬間、
「ドオォォン!」
という神々しい衝撃波が、アンナの周囲にいた全てのアンデッドを吹き飛ばす。
同時に、その場にいた全ての人間を、黄金色の保護結界が包み込み、守っていた。
まさに神の御業。
衝撃でふわりと宙に浮いたアンナの身体が、地面に叩きつけられる寸前、その黄金色の光に、王子様が姫を抱きかかえるように、優しく空中で抱きとめられた。
アンナが恐る恐る目を開けると、すぐ目の前に、自分を抱きかかえたマチルダの顔があった。彼女は悪戯っぽく笑うと、こう告げた。
「よんだかの?」
その声に、絶望に満ちていたアンナの瞳に、信じられないといった表情と共に、一筋の光が宿った。
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