第1部:交流 / 第29話:白鹿大橋の死闘

 ――英雄たちが死地へと赴く、およそ半刻前のこと。王宮の作戦室では、作戦の要となる、ある一つの“道具”についての最後の確認がなされていた。

そこへ、鍛冶屋のグレンが大きな木箱を運んできた。「陛下、お持ちしました」

 彼が箱を開けると、中にはエアデール王家の『白鹿と古木』の紋章が刻まれた、粘土のような塊がいくつも収められていた。王家に伝わる古代の「魔法爆薬」だ。

 グレンは、レオニス、レオン、ガウェインの三人の指揮官に対し、その使い方を説明する。

「こいつを使えば、あの石橋も吹き飛ばせるはずだ。遠隔で起爆させるための術式も付けてある。…だが、万が一、遠隔装置が作動しなかった場合は…誰かがこの親爆薬の信管に、直接、強烈な衝撃を与えるしかねぇ」

 その言葉に、三人の指揮官は黙って顔を見合わせる。その沈黙を破ったのは、レオンだった。

「その魔法爆薬の設置と起爆は、我がグリムロックの部隊が担当しよう」

 ガウェインが「しかし…」と言いかけるのを、レオンは手で制した。

「レオニス殿は、この作戦の要だ。我々の道を切り拓くため、先頭で敵を薙ぎ払ってもらわねばならん。最も危険なポジションだ。爆薬のことまで考えさせるわけにはいかない」

 レオニスは、その言葉に静かに頷くと、短く答えた。「…わかった。よろしくたのむ」


 レオニスの咆哮を合図に、王都ティル・ナ・ローグの裏門が開かれた。レオニス、レオン、ザインの三英傑を先頭に、少数精鋭の突撃部隊が、死地へとその身を投じた。

 それと時を同じくして、王都の正門では、現騎士団長ガウェイン・ファーガスが、エアデール騎士団の主力を率い、押し寄せるアンデッドの第一波と激しい攻防を繰り広げていた。彼は、アンデッドの首を刎ねながら、裏門から出撃していった親友の背中を思う。

(レオニス!死ぬなよ…!)

 戦いは、突撃部隊と正門だけではなかった。王都ティル・ナ・ローグが、国一丸となって戦っていたのだ。

 城壁の上では、フィオナやアレッタたちが、遠くに見える突撃部隊の行く末を、固唾をのんで見守っていた。「お願い…みんな、死なないで…!」

 守りが手薄になった城壁の内側では、グリーンウィロウの男達が兵士と協力して必死にバリケードを築いている。

 臨時の救護所と化した広場では、ソフィア、アンナ、そしてラナが、次々と運び込まれる負傷した兵士たちを、休む間もなく治癒魔法で癒やしていく。「しっかりなさい!」「大丈夫よ、すぐに治してあげる!」リリィは治癒魔法こそ使えないものの、濡れたタオルを替えたり、きつく包帯を巻いたりと、献身的にその手伝いをしていた。

 そして王城では、国王エリアンと王妃メイヴが、城の武器庫や食糧庫を惜しげもなく解放し、自ら物資の配給を指揮していた。誰もが、己の持ち場で、この国難を乗り切ろうと必死に戦っていた。

 戦場の中心で、三英傑が敵を蹂躙していく。

 レオニスの蒼剣ブリューナクが閃光のように走り、ザインの神剣ネメシスがアンデッドを動かす不浄な魔力ごと存在を消滅させていく。そしてレオンは、その黄金の戦鎚レーヴェンヘルツを獅子のように振るい、アンデッドの群れを粉砕し、吹き飛ばしていた。

 その光景は、もはや戦いというよりも、天災だった。「つ、強い…!これなら本当に、橋までたどり着けるかもしれない…!」歴戦を生き抜いてきた騎士たちにとって、三人の英傑の存在は、この絶望的な戦場を照らす希望の灯台となっていた。

 彼らの圧倒的な力によって、部隊はついに目的地の「白鹿大橋(The White Stag Bridge)」へとたどり着いた。

「今だ!設置を急げ!」

 レオンの号令の下、彼が率いてきたグリムロックの工兵たちが、英雄たちに守られながら、決死の覚悟で橋の複数箇所に強力な魔法爆薬を設置していく。西の空が、刻一刻と茜色に染まっていく。それを見たザインが、内心で忌々しそうに舌打ちした。(チッ…日が暮れる。急がねぇと、まずいな…)

 その頃、グリムロック連邦、ザフランの薄暗い執務室。

 彼が覗き込む水晶玉には、橋の上の死闘の様子が映し出されていた。

「ほう…英雄たちの共演、か。なかなかの見世物ですな。だが、それもここまでだ」

 ザフランは楽しそうに呟く。

 全ての爆薬設置が完了し、一行は合図と共に川岸まで退避する。レオンが、遠隔起爆装置のスイッチを握りしめた。

「―――終わりだ!」

 彼がスイッチを押す。しかし、何も起こらなかった。

「なっ…!?」

 何度試しても、爆薬は起動しない。その間にも、アンデッドの群れは、すぐそこまで迫ってきていた。

 水晶玉を見ながら、ザフランが高笑いする。

「まあ、そうなるであろうな。これほどの死者の怨念が満ちる場所で、繊細な遠隔魔術が機能するとでも? 私が、それを許すとでも? 残念だったな、英雄諸君。さあ、絶望に打ち震えるが良い!」

 ザインが、忌々しそうに舌打ちした。「チィッ!魔力干渉か…!誰かがこの戦場全体を攪乱してやがる…!」

 その言葉に、誰もが絶望的な表情を浮かべる。退路は、既に新たなアンデッドの群れで塞がれていた。

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