オレステス・エスト 「因果返し」の物語
四方山花風
「因果」の名を冠するもの Ⅰ
夕暮れが落ち切らない朝と昼が混ざった時間。
早春を思わせる声音の子供と、醜い老婆が睨み合いをしている。
「一応言っておくが、貴様は既に『廻った』ぞ。
燻らせた過去、
廻った魂たちに向ける懺悔はあるか」
「そのような若さでどうやってソレに至った!貴様のようなガキがそれほどの力を持つなんてありえない!、憎い、憎い、憎い、憎いぃぃぃ!!!!!!」
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
「何とか到着できたか。今日こそはまともな宿で寝たいのだが」
「フィーの肉体はこの程度では疲れもしませんが、やはり人間種というのは大変ですね」
東大陸第七番地アガンクの街にて。
深緑色の帽子を胸に抱えた、真黒なコートに真黒なズボンを履いた美しい目を持つ子供と、その子供より頭ひとつ大きな、クラシカルな白いドレスを着た麗人が列車からホームへと降車してくる。
生え際が若干黒く、毛先になるほど白くなっていく子供の髪色も、人形の様に作られたような美しい金髪も、この街では珍しい髪色であったため周囲の乗車客から注目の的になっていた。
只人ならぬ雰囲気に、二人を案内するためにやってきたボーイは一瞬自分の仕事も忘れて二人に見とれたほどだ。
しばらく目を奪われていたボーイは、しかし自身の役目を思い出すと、それはもう丁寧に待合室まで案内した。もし仮にやんごとなき身分であった場合、多く報酬が貰えるかもしれないからだ。
そんな事を全く知らない二人は、丁寧な案内にボーイへ感謝の言葉を投げかけると、待合室からゆっくりと出る。
目に差し込んでくる朝日と、この待合室を抜けたた特有の空気が、懐かしいほどに感じる程度は列車に揺られていたからである。
そんな二人に目をつけた、見るからに食事が好きそうな男が話しかけた。
「お。おふたりさん。お若いのに二人で旅行かい!良かったら、この町名物のヴァプールはどうだい?自慢じゃないが、この町じゃウチが一番美味いよ!」
「ヴァプールとはなんでしょうかクレイル様」
「おそらく蒸しパンの一種だろうな。良ければ買ってくるといい」
―それではおひとついただけますか?
―お、えらい綺麗な姉ちゃんじゃねえか、せっかくだしも一個買ってきな。少し安くしとくからさ。そんであっちの弟さんと食べな!
随分と平和な会話だと、二人の会話を聞き流しながら、クレイルと呼ばれた子供が街を眺める。
その後ろでは、先までと目付きの変わった、商魂逞しくそして人柄の良さそうな顔つきになった男が、ヴァプールとやらを女性に売ったかと思うと、いそいそと店の売り口を閉め出した。
「良かったではないかフィー。おそらくそれが今日の最後のものだ。この時間に売り切れとは味に期待ができそうだ」
「???これはフィーが一人で食べるので、クレイル様はお好きなものを食べてきて良いですよ?
あ、お姉さんに、どうしても、と仰るのでしたら、一緒に食べましょうか。弟くん」
「一体何処で覚えてきたんだそんな言葉」
やいのやいのと言い合いをしながら歩いていく二人を、今から駅に向かうであろう通行人が立ち止まって眺めるが、そこに流れる双子のようなやり取りに笑顔がほころぶ。
見ていた全員が、小さな子供の方を兄のように感じていたのは言わぬが花かもしれないが。
「さて、巫山戯るのもそこそこに、今回の依頼について思い出していこう。
フィー、事件に関係のありそうな存在はあるか?」
「私の図書館には似たようなものはあれどどれも特定の場所に根ざす存在しか該当しませんでした。仮に彼等がどこかにいたとしたら、もっと悲惨な事件となっていることでしょうね。」
赤黒いミミズのような文字列が壁や天井を這い回る一室。
そこではクレイルとフィーがベッドに腰掛け、真剣な表情で話し合いを行っていた。
「ということは、だ」 「はい」
「「違法魔術師による犯行」」
「だな」 「でございますね」
クレイルが胸の内ポケットに手を入れ、真黒な手紙を取り出すと、封の部分に鐘を模した首飾りを押し当てる。
するとしっかりと押されていた蝋が柔らかい液体に変化し、手紙の中に入っていってしまった。
『アガンクノ街ニテ魔術犯罪ガ頻発。
連日、煙ニマカレテ、十歳前後ノ子供ガ失踪シテイル。
連盟員 ローズ・クレイル殿、並ビニ フィー・メモリアル殿、事件ノ究明 及ビ 治安維持ニ尽力サレタシ』
言葉短に真赤な文字で書かれた伝令書にはそう記されている。彼らの主な仕事は、こうして魔術連盟から割り振られる魔術関連の犯罪を解決することだ。
「クレイル様、フィーは図書館にアクセスします。くれぐれも、お気をつけください」
「ああ。
一応結界は張っておくが、フィーも気をつけておけ。おそらく夜には一度戻ってくる。」
■■■■■
アガンクの街、鉄鋼業の発展著しい職人の街といった風貌だ。
駅前なんかは比較的整備されていて、住居や飲食店などが立ち並んでいたが、街の大通りは見るからに上質な鉄を打っている鍛冶屋や板金屋、毛織物が売ってある露店など活気のある街並みだ。もうそろそろ日が落ちるというのに、彼らは応えた様子を尾首にもださず、日々を懸命に生きていた。
と、ここまでは明るく照らされた部分ばかりだが、ひとたび街の奥まった場に踏み込むと、そこままるで肥溜めのような、すえた臭いのする貧民街と成り果てる。
「おい、君。少し尋ねたいことがあるんだが...そうか、次はもっと先に生まれるといい。今は寒いからな...」
建物とも飛べない崩れかかった壁に寄りかかって寝ている少年を見つけ、声をかけてみるも反応がない。なんとも言えない苦味を感じ、目を瞑りせめてもの救いがあることを願う。
「なあ兄ちゃん。腹減ってんだ!イイトコ連れてってやるからさ、なんかくれよ!」
そんな己に後ろから声がかかる。
振り返ると年の頃は七歳くらいか、己より一回り小さな、150にもみたない子供がたっていた。まだ声変わりも迎えていないような子供がゴミ袋のような服を身につけて。
「なあ聞こえてるだろ?頼むよー、お腹すいちまって」
「ああ、いいぞ。己をその『イイトコ』とやらに連れて行ってくれ」
「え、まじ!やっりぃ!」
よほど空腹だったのかずっと腹の虫が泣いている。ガサゴソとコートのポケットになにかあったか、と探ると飴がひとつ見つかった。
「この飴を食べるといい。後で良ければ食事もご馳走しよう。
...ところで最近なにか妙なことが起こってないか?例えば、友人が失踪したり」
「ユウジン?そんな奴はオレにゃいないぜ。
ああ、でもなんだかドラヘのヤツらが騒いでたな」
飴をひったくるようにして奪っていった子供は、飴を包み紙で半分包んで大事そうに舐めだした。
あまりに夢中になって舐めるものだから、話を聞いてもらえるのかとも思ったが、意外に返答はしっかりとしている。
「ドラヘ、というのは?」
「やっぱ兄ちゃんナガレか。
ドラヘ、正式名称ドラゴンヘッド。ってのはここいら一体にいるチンピラ共の集まりだよ。警官どもも相手するのが面倒なんで無視してたら、調子にノって今この貧民街の一角にアジトなんて作っちまってさ。
んで最近になってそいつらんトコの使いっ走りがどんどんいなくなってるらしくってブチ切れてた」
ここら一体を縄張りとしているマフィア崩れと、ソコにアクションを仕掛ける何者か。これは思ったよりも大きな情報源かもしれない。
目の前に影がさす。
雨か、と顔を上げると周囲の建物が廃材を切り貼りしたような物から、泥を固めて壁を補修したような建築物へと変わっていた。
「もうそろそろイイトコ、とやらに着くだろうか」
「まあ待ってろって。兄ちゃん」
そういいながら、いきなりゴミ袋のような服を脱ぎさした子供は、その下に胸の部分を覆うような布と、短いショートパンツを履いていた。目の前を行く子供が、今更ながらに少女だということに気がつく。
ざっくばらんに切られた黒髪に真ん丸な目、肌荒れが目立つ横顔に、痩せこけた体躯と焼けた肌。
「おーい、アニキィ!」
いきなり手を掴まれたかとおもうと、いままで歩いていた大きな道から、脇道へと連れていかれる。
その際、彼女の思わぬ力強さに身をつんのめる。
「おい、コマァ!お前、エラいもんを連れて来やがったな...」
「へへ、任せてくださいよアニキ!このバカ、ナーンも言わずに着いてきましたよ」
イイトコ、というのはここだったようで、付近の建物から角材や武器らしきものを持った男が4、5人ゾロゾロと出てきた。
己はどうやら「コマ」と呼ばれている少女に騙されたみたいだ。
「このオオバカが!テメエラも下がってろ。
お前さん、流れの魔術師...じゃねえよな」
「ああ。ここには仕事の一環で派遣された。」
「だろうな。ッチ、コイツをアジトに連れていく。テメエラ周りのバカどもに、アジトに踏み入るなって伝えとけ。勝手に来たやつは俺がぶち殺す」
「「ウス!!!」」
一戦交えるくらいの覚悟はあったが、どうやら相手方のリーダーは意外にも対話を望んでいるようだった。
コマ、と呼ばれた少女も意外だったようで目を丸くしていた。
「え、じゃあアニキ。私の今日の報酬は?」
「あるわけねえだろ!さっさと帰れ」
周りの建物よりも状態のいい外壁に、綺麗に掃除された廊下、案内された部屋の中には真赤な絨毯と皮の張られたソファがある立派な場所だった。
貧民街というより、アングラな雰囲気が好きな好事家が立てたような部屋だ。
「先はいきなり取り囲んで悪かったな。俺はシャファリア。ドラゴンヘッドのリーダーだ」
「クレイル。ローズ・クレイルだ。まあ呼びやすいように呼んでくれ。それと確認だが、
「ああ、俺も魔術師だぜ」...そうか。それで話とは一体なんだろうか」
「あんた、どこの組織のモンだ。それとここに何しに来た。」
「己は魔術連盟所属の魔術師だ。戴く名は「因果」。若輩者ではあるが、この街で起きている事件に適任だとして派遣された」
「なるほど、魔術連盟ねぇ。まあいいだろう。それで?事件についてはどこまで知ってる」
やはりというか、魔術連盟はあまり好かれていないのだろう。その名が出たタイミングで相手方の眉が一瞬ひそめられた。
この街に今日やってきたことと、事件についてはほとんど事前情報なしで、着手したばかりだと伝える。
「そりゃぁいい!あの気狂いババアの相手に俺達も疲れてたんだ。もう少ししたら、この貧民街のどこかに現れるだろうさ」
「あのババアは、ここひと月で急に現れやがった。
初めはヨタヨタと歩いている、見るからにボケちまった老婆――って感じでよ。ウチで一番のバカが、「どうしたんだ」と馬鹿正直に手を差し出しちまった。それをあのクソ女、手を取るのと同時に煙にして連れ去っちまいやがった。
俺達も必死に探したんだがな。それ以降アイツはこの街から消えてなくなっちった。
それからだ。夕闇に混ざってあのババアが現れると必ず一人のガキが消えるようになったのは。俺たちを舐めてんのか、わざと自分を見つけやすいように狼煙を上げて誘導までしやがる」
「だから頼むよ、魔術師さんよぉ。俺みてえな情けねえ術師かぶれじゃ、どうもできねえんだ。誰からもやさしくされなかったくせに、一丁前に他人を気にかけていた、あのバカの仇を俺の目の前に引きずり出してくれ」
「改めてここで契ろう。貴殿の依頼、連盟員のクレイルが請け負う」
■■■■■
あれから数刻。
己はドラゴンヘッドのリーダー・シャファリアから、今までに魔女が出現した場所とこの貧民街についての地理を教えられていた。
穏やかな昼下がりからすっかり日が傾きだし、建物内がだんだん暗くなりだした時分。
「アア、アニキ!来やがりました。煙の魔女です!」
「ッ早速お出ましか!」
慌ただしく下手の扉をあけた人相の悪い男が大声で叫ぶ。
部屋の内部を見た時に確認をしていた窓に足をかけ、一息に飛び降りる。
「おい、俺達も人数集めて追いかける!あのババアの煙に気をつけろ!!」
頭上からシャファリアの低く、少しかすれた声が降ってくる。
煙。多くの魔術師が使うことを避けるモノにわざわざ手を出している魔女とやらに興味が湧く。
(煙は繊細な操作が必要だと聞いたが...御手並み拝見)
だいたい西区外れあたりから狼煙が上がっている。
元々人がいなかった大通りだが、息遣いや視線すら全く感じられなくなっている。
狼煙の大元に近づくにつれ、段々と煙が蔓延し出す。
周囲は吹きさらしのはずなのに、その場に煙が留まり続け、一種の異界のように変わっていた。
「おや。妙な気配がするから来てみれば。新手の魔術使いじゃないか。どうしたんだいぼぅやぁ?」
煙の世界に入ると、至る方向から神秘を溜め込んだ水面のような、妖艶な声がこだまする。
次第に煙が集まるようにして、目の前に
「連盟の名のもと、貴君を捕縛する」
「ちょっと優しく聞いてやれば、調子に乗りやがって。私はお前みたいなガキがいちばん嫌いなんだ!」
煙の中から刃物を持った子供が突撃してくる。ボロボロの、靴すら履いていない男の子がよたよたと焦点のあっていない目を見開きながら。
横に一歩動いて刺突を避け、手首を締め上げる。と、同時に煙のように子供がきえていなくなった。
(掴んだ時の感触はほとんど人間だった!)
こんどは二人。それを捌くと三人、四人、どんどん刺突を放つ子供が増えてくる。
ゆっくりと煙の中心部へ進んでいくが、子供は減ることをしらず、ついには常に子供の手足がチラホラと視界のどこかを横切るようになってきた。
「ほらほら、クソガキ。私を捕縛するだのなんだの言ってたのはどうしたんだい??ぇえ!」
返答をしようとするも、攻撃の激しさがまし、余裕がなくなってくる。
横合いら振られた煙の棍棒に、ついに避けきれず腕で防ぐ。
――周囲の煙すら形を変えただしたか!
受け止めた右腕が熱を持ち痺れに支配された。一旦逃げられるかもしれないが仕方ない。
「風来たりて 吹き荒べ」
懐から小瓶を取り出し砕く。
すると不自然に風が舞い込み、煙を吹き飛ばしだす。
己の周囲に空白の、普通ではありえない光景が生まれる。しかし、煙も煙で意志を持っているよう風に食らいつき、もう一度腹の中に取り込もうと蠢き出す。
「おい、魔術師!そこにあのクソババアがいやがるんだな!」
後ろから大きな、しかし頼もしい声が聞こえ笑みが漏れる。
「ああ!そこにいるぞ!今に丸裸にしてやるから、貴殿らが準備をしておけ」
「クソッ。はなから私を捕まえるなんて嘘で、こうやって仲間が集まるのを待ってやがったな!クソ、クソ、クソォ!!」
押し合いをしていた煙と風だが、ついに風側に天秤が傾き煙を吹き飛ばしだす。
「私はまだ、捕まれなぃいいいいいい! ああ、逃げなければ。魔力が、若さがァ!」
煙が一人の人間の形に圧縮され出す。
いつでも捕縛できるように身構え、ダメ出しとばかりにもうひとつ小瓶を砕く。
「風来たりて 牢獄となれ」
己を中心に発生し煙を吹き飛ばさんとしていた風達が、こんどは煙を閉じ込めるように、魔女を中心として押し込み出す。
次の瞬間、人間よりも小さく圧縮されきった煙が爆発するようにして目の前に、否、全方向に広がった。
刹那、白く濁った目と視線が会った気がした。
「お前の顔は覚えた。もう二度と会うこともないだろうよ。汚らしいクソガキが」
「貴様の顔、覚えたぞ。すぐにそちらに行くから首を洗って待っていろ」
風に乗った煙が全方位に散り散りになり霧散していく。
逃げられた、か。
なんとも生き汚いことだ。体を煙と同化させた上で、方々に別れて逃げられた。あの様子では煙の性質的に逃げられると捕まえるのは難しいな。
シャファリアに依頼の達成条件の確認をしなければ。
「と、言うわけでだ。
あの状態での捕縛を第一に行うつもりだが、最悪廃人になっていてもいいだろうか」
「ああ、いや。こっちゃ死体を拝めたら十分で、先のあれは依頼と言うよりも願望だったんだが...
なんだかおめえと話してると調子狂うぜ」
む。そうか...
とはいえ、これで大まかな情報は手に入った。あとはフィーと合流して詰めの作業に入るだけだ。
「己は一度宿に変える。明日の朝には、あの魔女の身柄を貴殿らの前に連れてくるつもりだ」
「ああ。あの調子なら本当に勝てる!頼んだぜクレイル」
後ろから聞こえる雄叫びと、子供を守りきった達成感からあげられる歓喜の歌を聴きながら、宿に向けて歩みを進めだした。
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