第6話 彼女を殺したのは俺たちだ

「よし。奴を見つけたら俺が煙幕弾を投げるから、その隙に魔法で援護してくれ」


「うん! 外さないでよ。フィンジャック」


「あぁ、任せろ」


 彼女を信じさせる為に嘘をつくのに、俺は罪悪感を覚えた。……いや、これで良いんだ。


「アハハハハハ!! 駄目じゃないの! 私を捨てて、他の女に手を出したらさぁああ!」


「ここまで狂ったとは。共に死ねば、お前のうっとおしさは消えるのか? マリー」


 突然、指令室近くの右側の練習場から甲高い声が鳴り響き、後から奴の冷笑が聞こえる。


(ここでローレンスに見つかったら——彼女は捕虜になって殺されるか、利用される。考えは一つしかない。)


「間違いない、奴はいるんだ。……不意打ちで、首を搔っ切ってやる」


 イザベルが小刀と杖を強く握って近付く。その隙に、マッチに火をつけて左側廊下近くにあるエレベーターのランプに火をつける。後は、煙幕弾の紐を引っ張るだけ。


「え??」


 紐を引けば白い塊が炸裂する。イザベルの顔に煙がかかり、まぶたが瞬いたその瞬間、俺は彼女の背中を蹴って突き飛ばした。


 計算づくだったが、体は震えていた。彼女は振り向き、目に驚きと裏切りを浮かべながらも、爪先で俺の袖を掴む。


「待って! 私を置いていかないで!」


 声が廊下に消える。俺は彼女の手を振り払った。口から出た言葉は、嘘交じりのささやきだった。


「あばよ。――また会おう」


 扉が閉まり、金属の断末魔とともに視界が奪われる。煙の匂いが廊下を満たし、俺はもう一度だけ拳を握り締めた。


 これが俺の役目だ。


 俺は、ローレンスとマリーが戦っている所まで近付いて、武器庫から調達したライフルを構える。今更気付いたけど、このライフルって火力発電式じゃないタイプだ。どんな仕組みで動くかは分からんが、多分前に魔王城で拾ったハンドガンと同じ仕組みだろう。


「ふん、少し可愛がってやったのに。荷物管理の分際で勇者の僕に勝てると思ったか」


「そ、それが本音……か」


 壁越しで確認すると、ローレンスがマリー・イルスを鎧ごと斬りつけた後だった。


 辺りには、マリーが使っていただろうランスや煙幕弾、ボウガンが、ローレンスの足元に転がっていた。


「恩知らずの女に用はない。さて、イゾルデ姫は何処だ?」


 奴が裏切り者のマリーを見下ろす表情は、冷血でとても勇者とは思えないものだった。


「ん? フィンジャック!」


 奴は俺に気付いて、目を細めて口角を上げる。やるしかねぇか。


「……僕の花嫁は何処に隠したんだ?」


「そんな奴、存在しねぇよ!」


 俺は息を止め、照準を絞った。狙うはローレンスの胸だ。

 指先が冷たくなる。引き金を絞る――。


 その瞬間、よろめいた影が射線に割り込んだ。

 マリーだ。血を吐き、背を俺に向けて立ちはだかっている。


 なぜだ。どうして……!


 弾丸は彼女の背中を貫き、さらにローレンスの肩のアーマーを砕いた。


「なっ……!」


 まぐれだった。いや、いつもの悪運だ。俺の狙いは外れ、彼女を撃ち抜いた挙句に敵を傷つけただけ。


 マリーは呻き、ローレンスの足元に崩れ落ちる。だが奴は容赦なく剣を振り下ろし、彼女を黙らせた。


「恩知らずめ」


 ローレンスの冷たい声が響く。俺の胸は焼けるように重く、震える手でライフルを握り直す。


「ぼ、僕の……美しい身体に穴を。――つくづく運の良い奴だな」


 クソ! マリーのせいで仕留め損なった。だが、まだ煙幕弾が――。


 地獄で奴を呪え、マリー。そっちの方が似合ってる。そもそも、荷物管理人協会を裏切ったマリーの自業自得だ。


 考えるより早く、ローレンスが掌を掲げた。次の瞬間、司令室の壁が轟音と共に吹き飛んだ。

 壁に叩きつけられた衝撃で木片と石が雨のように降り、背負っていた瓶が一斉に割れる音がした。


 液体が胸元を伝い、鼻腔を満たす。甘ったるい薬草と酒精の匂い。

 体が痺れ、視界が波打った。回復酔いだ。よりにもよって今、瓶ごと浴びるなんて――。


 立ち上がろうとしたが、足が鉛のように動かない。吐き気で喉が痙攣する。目を開けても閉じても視界に極彩色が広がってて気持ち悪い。

 敵と戦うどころか、意識を保つだけで精一杯だった。


「見つけたぞ。悪運のフィンジャック」


 耳元で声がした。ようやく極彩色の視界が開けたと思ったら、奴に髪を掴まれて司令室の壁に叩きつけられていた。


 砕けた瓦礫と散乱した煙幕弾と軍用ベストの破片が視界に転がる。握っていたライフルは、真っ二つに折れていた。


 胸に広がる痛みと薬液の酔いで、視界が霞む。

 ――これが、俺の悪運の結末か。


「質問に答えろ。イゾルデ姫は何処にいる?」


「し、知らん」


「なら、教えるまで僕は質問するよ」


 奴は俺の腰にぶら下げていた煙幕弾を乱暴に引きちぎり、そのまま顔に押し付けて起爆させた。

 白煙が目や鼻に入り込み、俺は子どものようにむせ返る。


「おいおい、いつもの皮肉はどうした? まるで、熱を出した赤子みたいだな」


 駄目だ……。さっきむせた際によだれやら鼻水やら溢れ出てくる。


「さぁ、質問だ。僕のフィアンセはどこだい? ん? そこにいるのかい」


 俺は何か反撃する手段を模索して手を伸ばした。だが視線の先にあるのは、今朝アダムスたちがまとめた証拠品の箱。


 しまった! あんな場所に置きっぱなしにしていた。


「な……。これは!」


 奴は血相を変えて手を離し、証拠品の方へ駆け寄る。


「イゾルデ姫の喪服ドレスに……カルテ? 性的暴行の跡だと!」


 奴はドレスに付着した俺の鼻血の跡とカルテの内容を交互にみて、読んでみるみる青褪めていた。


「う、嘘だ……いや、これは真実だ!」


 ローレンスはカルテを握り潰さんばかりに震わせ、血走った目で文字を追い続けていた。


「僕のイゾルデを……汚したのか!」


 ローレンスの顔は怒りで引きつり、剣を握る手が震えていた。


 奴がカルテに夢中になっている隙に、腰のホルスターにあるレベッカを握ろうとした。だが、まだ回復酔いで上手く握れない。


「この腐れ外道が!」


「オメェに言われたくねぇ……」


 奴が飛んできて、俺の喉元に剣を突きつけてきやがった。だが、よく見ると刃毀れが目立っていた。


「言え! お前も同じ目に――」


「あぁ、あの姫なら……とっくに嬲って捨てたさ」


 突然、空いた穴から低い中性的な声が聞こえた。俺とローレンスが冷や汗をかいて振り向くと、壁の穴にいたのは男装したイザベル? だった。


 男装したイザベルらしき人物は、血まみれでぐったりしたイザベルの髪の毛を掴んでいて、それを俺たちに放り投げる。


 ……おかしい。さっきまで練習場に転がっていたマリーの死体が、跡形もなく消えている。

 

 俺の目が狂ったのか?


 いや、イザベルらしき死体は頭だけ精密に魔法で偽装したものじゃねぇか。


 首から下はマリーの死体そのもので、偽装魔法にしては雑だが奴を騙すには十分だった。


「最高に……き、気持ち良かったよ」


 声がわずかに震えた。強がっているのか、それとも演技が空回りしたのか。


「どうだ勇者殿。見たかったんだろ? 俺達で服をはいで、怯えきった顔を」


 一瞬、彼女の声がかすれた。


「……私達が、殺したんだ」


「そ、そんな」


 最後の言葉は、吐き捨てるというより、喉の奥からひねり絞り出すようだった。


 まるで、父親を殺した自分を罰するかのように声を出していた。当事者の俺からしたら、見ていて痛々しい演技だが、皮肉な事に説得力が出てるぜ。


「この、腐れ外道共が!!」


「だから、それ以上の事してるオメェにだけは言われたかねぇ!」


 奴がイザベルに斬りかかろうと俺に背を向けた瞬間を見逃さない。


 ようやく、回復酔いが薄まった俺はレベッカを構えて奴の背中に数発撃ち込んだ。


「クソ……。こんな奴らに、僕は」


 奴がよろめきながら、俺を睨みつけ近付いた。こいつ、背中を撃たれても死なねえのか。


 やっぱ、勇者って化け物だな。


「なんだ、意外と戦えるじゃねぇか。お前ら」


 突然フルトの声が聞こえたかと思ったら、素早い剣さばきでローレンスの剣を左腕ごとぶった斬る。


「ぐぅうう!! ふ、不死身のフルトぉ!」


 ローレンスは、人目をはばかる事なく腕を押さえて地べたに転がって痛みにもがいていた。


「待たせたな。ふたりとも」


「遅かったじゃねぇか。危うくふたりで地獄旅行の招待状を受け取る所だったぜ」


「そうよ。でも、助かった」


 伸ばしたフルトの手を掴んで立ち上がると、タングとアダムス、四人の部下が武器を構えて奴を囲っていた。


「そこまでだ、ローレンス」


 タングの一言で、ようやく俺達に希望の光が見えてきた。

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