第5話 リリアーナの自動防御魔法
「おい、今度は別の所から勇者崩れが!」
ひとりの魔法使いの男が指差した方向を見ると、東側の魔王城の崩れかけの門からも二十人くらいの集団が向かってくる。こっちも戦術や陣形のへったくれもなく、隊列もバラバラだった。
「クソ! もう他の連中が取り合いしてたのかよ!」
「へへ、他の勇者崩れも疲弊して逃げている! 今ならどっちも隙をついて根こそぎ奪えるぞ!」
今戦っている勇者崩れとは違って、紋章がくすんでいているか、錆びていてもはや何の勇者パーティーだったのかが分からない。装備も服装も更にボロボロか古くて老け込んでいる。更に髪は伸び放題で、鎧は更に錆びて血の跡がこびりついている。
多分、魔王に心を折られて何十年も勇者崩れしてる連中だ!
「おい! あの中にいる勇者って、ガレムリンじゃないか?! あの金で装飾されたプレートアーマー、間違いない! 百年前に死んだんじゃないのか?」
一人のドワーフの戦士が錆と汚れまみれのドワーフを指さして叫んだ。
「誰だ? そいつ」
「ドワーフのロードリア村で、レッドドラゴンや魔王軍幹部ラベルトを倒して英雄になった勇者だ。……見たくなかった。あんな、勇者崩れに堕ちたガレムリンなんて見たくなかった!!」
俺が尋ねると、ドワーフの戦士がボウガンを震わせて取り乱す。
よく見ると、確かに金のエングレービングがプレートアーマーの他にも両手斧にも施され、他のドワーフよりも更に筋肉質で屈強な勇者だった。
だが豪華なプレートアーマーは、頭部と胸元、左腕にしか残っておらず、残っている所のエングレービングも汚れや金の装飾が剥がれていて、欠損したプレートアーマーを他のもので代用した「パッチワーク」と言っても良い仕様になっていた。
髪も顎鬚も口髭も伸びきってて、でっぷりしたお腹もサイズの合わないプレートアーマーからはみ出ていて、とてもじゃないが勇者なんて呼ぶのはおこがましいほどに落ちぶれていた。
「まじかよ。これじゃ、きりがねぇ!」
今持ってるウェンブリンライフルに装填されている弾を確認すると残り二発。木箱にある五発入りのマガジンは三つ。
⋯⋯まだギリ何とかなるかもしれんが、他のメンバーの体力も魔力も底を尽きそうで顔色が悪い。特に、ガレムリンを知っているドワーフの戦士は動揺してて
「おい、反対側からも勇者崩れが十人ほど!」
ひとりの荷物管理人が叫ぶと、みんなの顔が青褪める。
「おい、みんな荷物を持って南方の退路へ逃げる準備をしろ! リリアーナ嬢は赤の狼煙を上げて援軍を呼んでくれ!」
皆が慌ただしく準備をするが、構わず追加の勇者崩れ共は襲いかかる。
「その背中にある斧と鎧をよこせ! 小童!」
「ひぃ!」
勇者崩れのガレムリンが、次のボウガンの装填に戸惑っているドワーフの戦士に向けて飛び掛かった。
「これで、鬱陶しいボウガンが使えなくなったなぁ、小童!」
「や、やめてくれ! 仲間じゃないのか、勇者ガレムリン」
ガレムリンの両手斧によってボウガンを真っ二つにされ、ドワーフの戦士は咄嗟に背中の斧を取り出しながら説得しようとする。
「馬鹿か! そんな気高い魂があるなら、勇者崩れになってないだろ!」
と俺は叫んだ。が、ガレムリンは無言でドワーフの戦士に向けて斧を振り回す!
「お前の相手は俺だ。ガレムリン」
「邪魔をするな! 短命種の魔法剣士!」
戦意を喪失しているドワーフの戦士の前に立ちはだかるのは、フルトだった。彼は、魔法の剣でガレムリンの両手斧の攻撃を受け止める。
「この勇者崩れの相手は俺がやる。お前たちはさっさと逃げる準備しろ」
「させるか!」
フルトとガレムリンが鍔迫り合いをしている間に、俺たちは逃げる準備と反撃をする。頼む、勝ってくれよ。フルト。
「クソ! 矢が切れた!」
弓兵のコボルトが矢筒を覗き込み、舌打ちして空の弓を地面に叩きつけた。
ここで俺達が耐えている間に、狼煙で待機している勇者連合の仲間が気付いてくれれば良いが⋯⋯。
「お、お前らと来たらこっちが持たねぇ! 寄越せ!」
ひとりの勇者が荷物管理人の荷物を奪って我先に南方の退路へ走っていく!
「クソが! 仲間の荷物管理人に手を出しやがって!」
俺が逃げる勇者にウェンブリンライフルを構えて発砲して始末する。
「グァ!」
逃げた勇者の胴体を撃ったが、偶然奴が背負っている剣に弾かれて肩の鎧の隙間にそれて命中した。くそ! こんな時に
だが、あのクソ野郎はよろめきながらも南方へ逃げようとする。
「へへ、僕だけが生き残ってローレンスに復讐してやる」
逃げた勇者が奪った荷物から回復ポーションを取り出しながら走った瞬間――。
ズドン!!
突然トラップ魔法が作動し、下から無数の槍が逃げた勇者の身体に突き刺さる!
「ま、まさか⋯⋯そんな」
逃げた勇者が絶滅した瞬間、みんなの顔を見合わせる。
「ローレンスの野郎。念入りにトラップ魔法仕掛けて俺達を抹殺するつもりか!」
俺が叫ぶと、フルトを除いた全員の顔が引きつりパニック状態になった。
「あわわ、そんな!」
「リリアーナさん、落ち着いて!」
フルトが恐怖で引きつるリリアーナをなだめようと身体を寄せる。
だが、勇者崩れが二人に向けて魔法を唱える。
「くらえ!
「ま、まずい!」
俺が咄嗟に降り注ぐ炎の槍に向けてウェンブリンライフルを構えるが、数が多くて対処しきれない!
「キャア!」
無数の炎の矢の一本が、リリアーナの目と鼻先に迫ったその時――。
ピタ⋯⋯。
無数の矢がまるで、見えない空気の壁に阻まれたかのように綺麗に整列して止まった。
無数の炎の矢が、リリアーナの目と鼻先に迫った瞬間――。
俺は、昨日の魔王城での光景を思い出していた。
俺たち勇者連合がついに魔王の間へ踏み込んだ時、魔王は立ち上がるなり戦闘態勢を解いた。
「……我が話すべき相手は、リリアーナ嬢、ただ一人。ここで交渉を願いたい」
魔王が歩み寄ったのは、剣を抜いた誰でもない。修道服の少女――リリアーナだった。
その場にいた全員が息を呑んだ。何千、何万の勇者の心をへし折ったあの魔王が、だ。
俺はその時初めて勇者たちが「勇者崩れ」になる理由が分かった気がした。
だが、静寂を破ったのは魔王軍幹部の一人だった。
「油断なさるな! 今ここで討ち取ります!」
幹部が真後ろから放った漆黒の槍がリリアーナに迫った瞬間――。
空気が爆ぜるような轟音と共に、百人近い魔族が跡形もなく吹き飛んだ。
炎と煙の中、リリアーナは小首をかしげ、ぽつりと呟いた。
「あれ……何が起きたんですか?」
その困惑した顔を、俺は一生忘れられない。
そう――あれが彼女の固有能力、“自動防御魔法”だ。
彼女の意思とは無関係に、無限で膨大な力を持って自動的に敵を排除する。
時に、村一つを更地にするほどの火力で。
だからこそ、彼女は女神様の化身であり、魔王と女神様の隠し子だと恐れられている。
そして今――その力が、俺たちの目の前で再び解き放たれた。
俺達がその光景に唖然としていると、炎の矢が一つに集まって大きな炎の塊へと変貌する。
「ま、まさか! この修道女は魔王の女神様の隠し子か?!」
「ま、間違いない!あれは、女神様の魔法だ! 逃げろ!!」
ボロボロの勇者崩れたちが血相を変えて逃げようと背を向けるが、既に遅かった。
炎の塊が、目で追えないほどの速さで奴らにぶつかって大きな火柱へと変わっていく。大きな火柱は天を覆いつくす勢いで、奴らは断末魔をあげることなく、一瞬で骨と粗末なボロ鉄の鎧になって朽ちていった。
そんな様子を、俺達は呆然と立って巨人のように聳え立つ火柱を見てるしか出来なかった。
「これが⋯⋯女神様の力」
ひとりのドワーフが、持っていた斧を落として震えていた。
「ひ、ヒィィィ!!」
「お、おい。待て!」
ドワーフの戦士は斧を拾うことなく、半狂乱になって南方の退路へ走って逃げる。が、次の瞬間――。
ズドン!!
またローレンスが仕掛けたトラップ魔法が作動し、爆発した。爆風で吹き飛ばされたドワーフの戦士は、破壊された防具やら荷物やらを飛ばしながら火柱の方へ飛んでいき、燃え尽きた。
俺は咄嗟に、フルトとガレムリンが戦っている方へ視線を向けると――。
「うぁ⋯⋯そ、そんな。うぅぅうう。し、死ねぇぇ!」
恐怖で歪んだガレムリンの情けない雄叫びと共に振り下ろされた両手斧は、フルトの片手で簡単に止められた。
「か、片手だと?」
「これが百年前の伝説の勇者の実力か?」
フルトの一言と同時に、青白い剣閃が奴の身体を吹き飛ばした。
「がぁああ!!」
斧も鎧も何もかも剥がれて飛ばされ、ガレムリンは雪だるまのように転がって地面に大の字になった。
その場にいた全員が、拍子抜けした顔で彼を見下ろした。
「お、終わったようだな」
俺が呟くと、フルトとリリアーナを除いたメンバーは膝を落として震えていた。
彼らの表情に、勇者崩れどもを追い出した喜びはなかった。
代わりに、南方の退路にトラップ魔法を仕掛けられた裏切りに対する怒りと動揺、そして、得体の知れないリリアーナの膨大な女神様の力に対する恐怖で塗りつぶされていた。
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