魔導師フェーリンの魔法史学
ハッカ堂
0時限目 始業式 / プロローグ
始業式3週間前、学園長室にて
「失礼します」
重厚な扉を押すと、そこには立派な髭を生やした老人がいた。
「おぉよく来てくれた、フェーリン君」
「お話と言うのは、なんでしょう」
「あぁそのことなんだが、まずは昨年の仕事、ご苦労であったな。君を引き受けるという王命が出た時は、すこし驚いたものだったが」
昨年。それは私が初めてここで勤務した時のこと。私は王命により、王国の魔導軍からここ 王立魔導学園の講師へと異動になった。そして、教員同士最初の顔合わせの時。王命でやって来た謎の人物、そして数年前にあったとある事件の容疑者だったこともあり、その場全員から見られる目はとても冷たいものだった。
その後、初年度にもかかわらずとある1クラスの魔法教科全般の授業を押し付けられ、他の先生たちに忌み嫌われながらも生徒たちをしっかりと卒業させ、今に至る。
「昨年は中々大変でしたね。私としては、あそこまで酷い仕打ちをされるとは思ってもいませんでしたよ」
「いやあ、そのことに関しては本当に申し訳なかった。ワシも何か助けることができれば良かったんじゃが…」
「大丈夫ですよ。普段、教育指導の細かいことは学年に委ねられている上、学園長があの時介入なさっては余計に怪しまれてしまいますし。それに、この魔法業界が実力主義的である以上は、ここで講師としての実力を示せれば文句も出ず、学園長も納得してくださるでしょう」
目の前の老人は、申し訳無さそうに眉を掻いてみせた。
「…ワシの魂胆も見え透いておったか。と、まあ昔話はここでよそう。本題は今年度についてじゃ。今年は高等部の1年次を担当してもらう」
「今年も、昨年のようにしごかれるのでしょうか」
「…去年に引き続き、ワシはあまり介入できんからの。それに、また去年に次いでアルベール君の君に対するやっかみが続いてしまうようになってしまっての…」
アルベール•ダニエル。昨年、私と同じ学年を担当していた、学年をまとめる年次総督の男。昨年の仕打ちもこの男が主体となってやったこと。去年一年間、魔法対決を通して私を追い出そうとするなど、異端分子を排除したい考えが元々強くあったのだろうが、その誘いをことごとく断って来たため、今年はきっと過激なものとなるのだろう。
「まあ、君の味方をしてくれそうな先生を数名置くことができたのは良かったんじゃがな…」
「配慮いただきありがとうございます。私としても、優秀な先生方の下で働くことができて光栄です」
「思ってもないことを…。ともかく、もし何か大変に思うことがあったら遠慮なく言っておくれ。新たな働き口くらいは伝手がある」
「ありがとうございます。とはいえ王命ですから。これ以上の我儘は
「…そうかもしれぬな。では、今年もよろしく頼むぞ」
学園長の呼び出しの後、私は1年次の職員室へと向かっていた。
「こんにちは、フェーリン先生。これから会議ですよね」
声をかけてきた彼女の名はアンリエット•スミュール。昨年、同じ学年を担当していた。彼女も初めは私を警戒していたようだったが、半年ほど経った頃にはある程度の実力を認めてくれたのか、今ではこの学園で有数の仲のいい教師となった。
ただ、彼女の顔立ちが良く男性教師からの人気も熱いため、他の先生からの私に対するやっかみも日に日に増している状況だった。
「どうも、アンリエット先生。私も1年次の職員会議に向かうですよ」
「フェーリン先生も1年次でしたか!私もです。今年もよろしくお願いしますね」
二人で会話をしながら、1年次の職員室へと入って行った。
「チッ。呑気におしゃべりしながらのご登場か」
そう部屋の前方で小言を漏らしていたのが、今年度の1年次総督 アルベール•ダニエル本人であった。
相も変わらず私に向ける視線は鋭かったが、それ以上に何かしてくることは無かった。昨年までなら追加で小言を一言二言言っていただろう。昨年の働きぶりを評価してくれたからだといいのだが。
程なくして、部屋の前方の席に座っていたアルベールが立ち、注目するよう促した。
「皆さんこんにちは。今年度、1年次の年次総督を務めることになりました。アルベールです。今年1年、よろしくお願いいたします」
そう言い、会議始めた。新任の挨拶に年間予定の擦り合わせ。昨年同様、年度初めにはすべきことが多くある。その取りまとめを、あの男は効率よく行なっていた。
実際、あの男に対する評価は皆高い。その評価に対し、私も異論はない。魔導師の中でも名は知れている方で、階級も一級。さらには、あの男の魔法指導を受けたく入学してくる者もいる。それほどあの男は魔導師としても教育者としても優秀だ。
事は進んでいき、最後に残すはクラス担任と教科担当の発表のみとなった。
予め、担任に関しては各年次総督が、教科担当は年次総督と教科主任達が割り振りを行い、それを発表される形だ。
昨年は口頭で大々的に発表し、私の担当教科が発表された時、周囲がざわついていた事はまだ記憶に新しいものだが、今年はどうなるのだろうか。
「では最後に、担任、教科担当をお知らせしてこの場を締めたいと思います。今回は、今前の方から流してもらっている紙に記載しました。確認した後、昼休憩ののちに教科ごとの会議を行なってください」
そうして紙が配られ始めると、何やら前の方が騒がしい。
アルベールの真反対に座っている私は、最後に紙を受け取った。
なるほど。やはりこう言う事だったか。
「フェーリン先生、抗議しましょう」
突然、襟袖を掴まれ引っ張られる。その正体はアンリエット先生だった。
「アルベール総督、これは一体どう言う事なんですか?」
「何か問題でも?」
「問題しかないかと。フェーリン先生の講義数、去年に引き継いで魔法六科を担当する上に今年は2クラス分。さらには、今年教師歴2年目にして担任を持つなんて、あまりにも負担が大きすぎます」
魔法六科。それは、教育課程の科目構成のうち魔法に関する六科目、魔法技術•魔法史•魔法言語•魔法理学•魔法工学•魔法生体学を指す。
この魔法六科は、魔導師を目指す学校である以上一番疎かにはできない科目であり、基本は長年講師を務めた先生方が担当する。それを、昨年は新人に丸々1クラス、今年に至っては担任をやらせる上で2クラス分だ。おかげで担当する講義数は他の講師の二倍ほど。正直荷が重い。
「せめて、魔法技術の助手講師に私を選ぶなら、私がフェーリン先生に変わって主講師をやらせてください」
魔法技術に関しては、魔法を使うことが主となる授業。故に必ず講師は二人以上いる上でしか授業は行えない。
今年は彼女が私の助手だった。
「すでに二人の仲が深まっているのは結構。しかし、私がそう采配したのは去年の働きを見た上でだ。それに、昨年の生徒の反応も良いものだった。それを多くの生徒に享受してもらう事は悪くないと思うがな。どうだフェーリン。それとも実力で捻じ曲げてみせるか?」
「いえ、それは結構です」
この男が話した事が本心なのかはよくわからない。ただ、生徒のためという名目を前にしてはいささか断りづらい。私も、この講師という仕事が板についてきたのだろうか。
「フェーリン先生はこれで良いんですか?実力を疑っているわけではないんですが、ただ、助手としては負担になりすぎないか不安で…」
「たぶん大丈夫ですよ。昨年は無事に1クラスこなせましたし。今年も上手くできることでしょう」
「良い心意気だな。それと、担任をやってもらう上でオーダーを一つ。無論、頼まれてくれるな?」
「…どう言った内容で?」
「貴様のクラス全員を進級させることだ」
前言撤回。これは中々大変そうだ。
始業式当日。
大講堂に集められ、始業式が始まる。この学園には、初等部•高等部•研究院が置かれており、この場にはその全員がいる状態だ。
「諸君、静粛に」
一瞬にして荘厳たる雰囲気に包まれ、壇上の一人の老人に一同の視線が集まる。
「只今より、第38期 始業式を開式する」
こうして、学園長の式辞から始業式は始まった。式自体は特にこれといった面白みなどはない。特に問題もなく、淡々と進んでいく。
おおよそ1時間ほどで式は終わり、生徒たちは自分たちのホームルームへと戻った。その後、私たち講師も持ち場へと戻っていく。私の場合はホームルーム。つまり、ようやく私が持つ生徒たちと対面することになる。
教室が並ぶ廊下を進んでいく。両脇の教室から生徒たちがざわめく声すら聞こえず、ただ廊下を歩く講師たちの足音だけが響く。
私はとある教室の前で立ち止まった。1-E。ここが今年一年、私が担当するクラスだ。
一度深呼吸をし、身を整える。そして、その扉を開いた。
ゆっくりと一歩を踏み出し、教卓の方へ。生徒たちの視線を感じる。教卓の前、生徒たちの方へ顔を向ける。
「皆さんはじめまして。私はフェーリン•アルミス。今年一年、貴方達の担任をやらせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
こうして、私の教員生活2年目が始まった。
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