いせてん~異世界演出部ですが、転生者がバカすぎて現地フォローしてきました~
月祢美コウタ
第7話 超巨大建築と承認の記憶
バタン!と勢いよくドアが開く音が、演出部のオフィスに響いた。
「もう限界です!助けてください!」
甲高い声とともに飛び込んできたのは、小柄な女神だった。ツインテールの髪を揺らし、眼鏡の奥の目を血走らせていた。その手には分厚い書類の束。
麻衣は静かにお茶を置き、微笑んだ。
「いらっしゃいませ。どうされましたか?」
「どうされましたか、じゃないんです!見てくださいこれ!」
女神は書類をドン!と机に叩きつけた。
「転生者・藤堂創一のケースファイルです!彼、何回転生してると思います?」
美咲が書類を覗き込む。
「えっと…48回?」
「そうです48回!48回ですよ48回!」
麻衣は静かにこめかみを押さえたが、その完璧な営業スマイルは微動だにしなかった。
女神は髪を掻きむしった。
「しかも今は爆破を繰り返してるんですけど!周辺住民から苦情殺到!復興コストが全部私たち持ちなんですよ!ああ、もう!イライラするー!」
サクラが首を傾げた。
「爆破…?」
「そうです爆破です!自分で建てた建物を自分で爆破してるんです!意味わかんないでしょ!?」
麻衣は冷静に書類をめくった。
「…なるほど。状況は把握しました」
麻衣はデスクの引き出しから、常備の小さな瓶を取り出した。
「まずは落ち着いて、お茶でもお飲みください」
女神ははっとして、眼鏡を直した。
「…すみません、取り乱しました」
「大丈夫ですよ」
麻衣はお茶を差し出した。女神は一気に飲み干し、ふうっと息をついた。
「彼の転生履歴を見てください。全部拒否なんです」
美咲が書類を覗き込む。
「えっと…『絶対切断(アブソリュート・セヴァランス)』、『天剣の覇者(セレスティアル・ブレード)』、『万魔操典(オール・マジック・マスタリー)』、『超越者の肉体(トランセンデント・ボディ)』…」
「全部ですよ全部!どれも超強力なスキルなのに!」
サクラが目を丸くした。
「どうして拒否したんですか?」
「理由は全部同じ。『人と関わりたくない』『冒険に出たくない』『引きこもりたい』って!」
「引きこもり…」
「はい!で、引きこもろうとするんですけど、毎回魔物に襲撃されて死亡!戦闘スキル全拒否してるから当然ですよね!?」
美咲が眉をひそめた。
「襲われても…戦わないんですか?」
「戦わないんです!『やだやだ人と関わりたくない、魔物とも関わりたくない』って逃げて、結局殺されるんです!」
女神は深呼吸して、眼鏡を直した。
「それで48回目、ついに彼が満足するスキルを用意したんです」
麻衣が書類を見る。
「『アルティメット・ファブリケーション(究極創造)』…SSレアですね」
「そうです!なんでも創造できる最高峰のスキル!これなら彼の望む引きこもり生活が実現できるはず!コストも相当かかってますけど、これで最後だと思って!」
「それで?」
女神の顔が引きつった。
「『おお、はかどるー!』って目を輝かせて超巨大建築を始めたんです」
「良かったじゃないですか」
「良くないんです!」
女神は叫んだ。
「建てるんですよ、建てるのはいいんです!でも!『でも…なんか…違う…』って自分で言い出して!ドォォォン!って爆破するんです!自分で!」
「…え?」
「しかも一回じゃないんです!作っては壊し、作っては壊しを、何度も何度も!周辺住民を巻き込みながら!」
サクラが小さく手を挙げた。
「あの…なんで壊すんですか?」
「知りません!聞きたいのはこっちです!せっかくSSレア授けたのに!しかも爆破のたびに復興コスト!転生コストに加えて爆破コスト!もう予算が!」
女神はがくりと机に突っ伏した。
「お願いします…助けてください…このままじゃ私の心が先に死にます…」
麻衣は静かに新しいお茶を差し出した。
「藤堂創一さんの前世について、詳しく教えていただけますか?」
女神は書類をめくった。
「前世は…プラモデルとフィギュアの原型師です」
「原型師…」
「はい。クライアントから無理難題ばかり押し付けられて、過労死しました」
麻衣の目が鋭くなった。
「無理難題…というと?」
「納期は無視、デザイン変更は当日、完成しても『イメージと違う』でボツ…そんな毎日だったようです」
美咲が眉をひそめた。
「それは…辛いですね」
「で、転生時に『もう誰の言うことも聞かない。自分の好きなものを作って引きこもる』って決めたらしいんです」
サクラが頷いた。
「それで戦闘スキルを全拒否…」
「そうです。人助けとか冒険とか、人と関わること全部嫌だって」
麻衣が書類を読み進める。
「…48回の転生、すべて同じパターンですね」
「はい。引きこもり用の家を建てる→魔物襲撃→戦わないから死亡→転生→また建築…の無限ループです」
「それで今回、SSレアの創造スキルを得た」
「はい!これなら完璧な引きこもり城が作れるはず!なのに!」
女神はまた机を叩いた。
「超巨大建築に手を出して、完成しないどころか自分で壊すんです!もう何がしたいのか!」
麻衣は静かに書類を閉じた。
「…なるほど。状況は理解しました」
「助けてもらえますか?」
「ええ。ただし、私たちは転生者の願いを最優先します。彼が本当に望むものを見つけることが目的です」
「本当に望むもの…?」
「はい。彼は本当に引きこもりたいのでしょうか?」
女神は目を丸くした。
「え…でも本人がそう言ってますよ?」
麻衣は微笑んだ。
「言葉と本心は、時に異なるものです」
麻衣は端末を操作し、ホログラムを展開した。
「藤堂創一さんの転生履歴を時系列で見てみましょう」
空中に48回分の転生記録が浮かび上がる。
「1回目から47回目まで、すべて同じパターン。引きこもり用の家を建てる→魔物襲撃→死亡」
美咲が画面を見つめる。
「建築のスケールが…回を追うごとに小さくなってますね」
「ええ。よく気づいたわね」
麻衣は記録を指差した。
「1回目は大きな家。2回目は普通の家。3回目は小屋…20回目以降はほぼ洞窟ね」
サクラが首を傾げた。
「どうしてですか?」
「諦めていったんでしょうね。どうせ完成しない、どうせ壊される、だったら最小限でいい…と」
効率厨女神は眉をひそめた。
「でも48回目は超巨大建築ですよ?」
「ええ。SSレアスキルを得て、彼の中で何かが変わったんです」
麻衣は別の画面を開く。
「こちらが現在の建築状況です」
そこには荒野に聳え立つ、巨大な建造物の映像が映し出された。
「すごい…」
サクラが息を呑む。
城というより宮殿。いや、要塞だ…複雑な構造、優美な曲線、緻密な装飾。
「美しいわね」
麻衣が呟いた。
「これを…自分で壊すんですか?」
美咲が信じられないという顔で見る。
効率厨女神が頷いた。
「はい。しかも何度も」
「なぜ…?」
「それが問題なのよ」
麻衣は画面を閉じた。
「彼は引きこもりたいと言っている。でも、彼の行動は矛盾している」
「矛盾…」
「引きこもるだけなら、小さな家で十分。でも彼は超巨大建築を作っている」
麻衣は指を立てた。
「つまり、彼は引きこもりたいんじゃない。創りたいのよ」
効率厨女神が目を丸くした。
「創りたい…?」
「ええ。彼は原型師だった。創造することが彼の本質なの」
美咲が頷いた。
「でも前世で、創造を苦痛と結びつけてしまった」
「そうね。クライアントの無理難題、理不尽な要求、完成しても認められない…創ることが、傷つくことになってしまった」
サクラが悲しそうな顔をした。
「だから引きこもりたいって…」
「正確には『人と関わらずに創りたい』なのよ」
麻衣は端末に触れた。
麻衣は静かに言った。
「創作者にとって最も辛いことは、何だと思う?」
「何ですか?」
「誰にも見てもらえないこと。誰にも認められないこと」
「彼は一人で創っている。誰の意見も聞かず、誰にも評価されず、ただ一人で」
「それで…完成しても満足できない」
美咲が続けた。
「『でも…なんか…違う…』となる」
「そうよ。完璧主義の原型師が、自分だけの基準で作品を評価する。誰もフィードバックをくれない。どこまでやっても『これでいいのか』と不安になる」
効率厨女神が呆然としている。
「だから…壊すんですか?」
「ええ。『これじゃダメだ』と思って」
麻衣は微笑んだ。
「でもね、彼が本当に必要としているものは、完璧な引きこもり城じゃないわ」
「じゃあ…何ですか?」
「対話よ。誰かに見てもらって、意見をもらって、認めてもらうこと」
サクラが手を叩いた。
「前世で失ったものだ!」
「そうね。前世のクライアントは、彼を道具としか見ていなかった。無理難題を押し付け、完成しても『イメージと違う』と切り捨てた」
麻衣の目が鋭くなった。
「彼が求めていたのは、理不尽な要求じゃない。建設的な対話と、正当な評価だったのよ」
効率厨女神がゆっくりと頷いた。
「なるほど…だから48回も転生を繰り返したんですね」
「ええ。彼は自分でも気づいていないのよ。本当に欲しいものが何なのか」
美咲が立ち上がった。
「では、現地フォローの方針は…」
「彼に対話の相手を探すこと。建築を理解し、正当に評価してくれる仲間をね」
麻衣は三人を見た。
「美咲、サクラ。現地に行ってもらえるかしら」
「はい」
「任せてください」
二人が頷く。
効率厨女神が不安そうに言った。
「でも…彼、人嫌いですよ?」
「大丈夫よ」
麻衣は微笑んだ。
「彼が嫌いなのは『人』じゃない。『理不尽な要求をする人』なのよ。建築を理解し、尊重してくれる人なら、きっと心を開くわ」
「そうでしょうか?」
「ええ。それに」
麻衣は画面を指差した。
「彼の建築を見て。これだけ美しいものを創れる人が、本当に誰とも関わりたくないと思う?」
効率厨女神が画面を見つめる。
「…確かに」
麻衣は静かに言った。
「創造者は孤独では生きられないわ。誰かに見てもらいたい、認めてもらいたい…それが、創作の原動力なのよ」
麻衣は立ち上がった。
「さあ、始めましょう。藤堂創一さんに、本当の幸せを見つけてもらうために」
麻衣たちが立ち去った、そのオフィスの隅で、効率厨女神がエレオノーラとすれ違った。
「失礼いたします。お茶のおかわりをお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
女神はお茶を受け取った。エレオノーラの動きは正確で、無駄がない。
「…あの、お名前は?」
「エレオノーラと申します。サクラ様の侍女長を務めております」
「侍女長…規律正しそうですね」
「規律は何よりも大切です」
効率厨女神の目が輝いた。
「わかります!効率も大事ですよね!」
「仰る通りです。時間管理は王妃教育の基本ですから」
「王妃教育…?」
「はい。サクラ様の教育プランを作成しているのですが…」
エレオノーラは少し困った顔をした。
「実は、もっと効率的な方法がないかと悩んでおりまして」
効率厨女神の目が、さらに輝いた。
「効率化!私の専門です!」
数時間後。
オフィスの隅で、効率厨女神とエレオノーラが資料を広げていた。
「さすが効率厨女神様っ、そのプランは考えつきませんでしたわっ!」
エレオノーラの目が輝いている。
「では朝5時起床はどうでしょう?」
効率厨女神が提案する。
「午前は礼儀作法3時間!」
エレオノーラが即座に応じた。
「午後は政治学2時間、経済学2時間」
「おお、見事な効率。あなた、やるわね」
効率厨女神がにっこりと笑った。
「夕方は社交ダンス1時間」
「夜は歴史の勉強を」
二人は顔を見合わせた。
「「完璧です!」」
キラキラと輝く二人の背後で、何か不吉なオーラが漂っている。
オフィスの反対側。
美咲が書類を整理しながら、ちらりと視線を向けた。
「…あの二人、いつの間に」
麻衣は遠い目をしていた。
「知らないほうが幸せなこともあるわ」
サクラが首を傾げた。
「何の話してるんだろう?」
美咲はサクラの肩に手を置いた。
「…サクラは気にしなくていい」
「え?」
「本当に、気にしなくていいから」
美咲の目が優しく、そして少し哀れむようだった。
サクラは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
オフィスの隅では、効率厨女神とエレオノーラが、さらに熱心にプランを練り続けていた。
分厚い資料が、どんどん積み上がっていく。
◇
転移ゲートの光が収まる。
美咲とサクラは荒野に立っていた。
乾いた風が吹き抜ける。
「ここが…」
サクラが呟いた。
地平線の彼方に、巨大な建造物が聳え立っていた。
「あれが、藤堂創一さんの建築ですね」
美咲が端末を確認する。
「行ってみましょう」
二人が建造物に近づくにつれ、その規模が明らかになっていく。
高さは優に50メートルを超えている。幅は100メートル以上。複雑に入り組んだ構造、幾何学的な美しさ、そして圧倒的な存在感。
「すごい…」
サクラが息を呑んだ。
建造物の前には、一人の男が立っていた。
黒髪、やや長身、作業着のような服。手には何も持っていない。
藤堂創一だ。
ソウイチは両手を前に突き出した。
「納期は、俺が決める!『究極創造(アルティメット・ファブリケーション)』!――脳内設計図、完全出力!」
淡い光が溢れ出し、素材が生まれていく。
その光が、空中で形を成していく。
「おお…」
美咲が目を見開いた。
光が固まり、石材になる。ただの石材ではない。表面には細かな模様が刻まれ、エッジは完璧に研磨されている。
「白大理石…いや、これは魔石を混ぜてる。強度も美しさも兼ね備えた複合素材か」
ソウイチが呟く。
彼は満足そうに頷き、次の素材を生み出す。
今度は木材だ。深い赤褐色の、艶やかな木材。
「紅檀(こうたん)…いや、もっと硬い。魔力を通す性質も持たせて…よし」
ソウイチは木材を宙に浮かせ、魔法陣を描く。
木材が自動的に加工されていく。切断、研磨、接合。一切の無駄がない動き。
「おお、はかどるー!」
ソウイチの顔が輝いている。
次々と素材が生み出され、宙に浮かび、組み上がっていく。
石材が積まれ、木材が組まれ、金属が嵌め込まれる。
「装飾は…そうだな、古典様式と現代的なラインを融合させて…」
ソウイチの手が踊る。
建造物の壁面に、複雑な彫刻が浮かび上がる。蔦の模様、幾何学的なパターン、そして抽象的なデザイン。それらが完璧に調和している。
「すごい…」
サクラが呟いた。
「あれ、全部頭の中で設計してるんですか?」
「そのようですね」
美咲が端末を操作する。
「データを見ると…構造計算も、素材配分も、魔力の流れも、すべて最適化されている。これは…天才的だ」
ソウイチは建造物の前を歩き回り、次々と部材を生み出していく。
「柱はもっと太く。いや、細くして本数を増やすほうが優美だな」
柱が細くなり、本数が増える。
「屋根は…曲線を活かして。魔法で浮力を持たせれば、支柱なしでいける」
屋根が宙に浮き、緩やかなアーチを描いて組み上がっていく。
「窓は…ステンドグラス風にしたいが、強度も欲しい。魔法ガラスと魔石の複合で…」
色とりどりのガラスが生まれ、幾何学的な模様を描きながら嵌め込まれていく。
光が差し込むと、建造物の内部に美しい光の模様が広がる。
「美しい…」
サクラが思わず声を漏らした。
ソウイチは気づいていない。彼は完全に創作に没頭している。
「階段は螺旋状に。手すりは鉄と木材の組み合わせで。装飾は最小限に、機能美を重視して…」
螺旋階段が生まれ、建造物の内部を優雅に繋いでいく。
「バルコニーは…外に張り出させて。魔法で強度を補強。落下防止の結界も組み込んで…」
バルコニーが突き出し、そこからの眺望が素晴らしいことが一目でわかる。
「床は…大理石だと冷たいな。木材と組み合わせて、温もりを持たせて…」
床材が生まれ、市松模様に配置されていく。
「照明は…魔石を埋め込んで、間接照明にすれば柔らかい光が…」
天井に魔石が埋め込まれ、淡い光が室内を照らし始める。
「おお、いい感じだ!」
ソウイチの顔が少年のように輝いている。
彼は走り回り、次々と部屋を作っていく。
広間、寝室、書斎、キッチン、浴室…すべてが異なるデザインで、すべてが美しい。
「ここは読書スペースだから、窓を大きく。光がたっぷり入るように…」
「ここは寝室だから、落ち着いた色調で。遮光カーテンも魔法で作って…」
「ここはキッチンだから、機能性重視。でも美しさも捨てたくない。収納は…」
彼の動きは止まらない。
建造物は見る見るうちに完成に近づいていく。
美咲とサクラは、ただ呆然と見守っていた。
「これが…SSレアスキル…」
美咲が呟く。
「でも…それだけじゃない」
サクラが言った。
「あの人、本当に楽しそう」
「ええ…」
美咲は頷いた。
「あれが、彼の本当の姿なのかもしれませんね」
数時間後。
建造物は、ほぼ完成していた。
巨大な城。いや、宮殿。美しく、機能的で、完璧に調和した建築物。
ソウイチは建造物の前に立ち、満足そうに眺めていた。
「ふう…できた。今回は我ながら良い出来だ」
彼は微笑んだ。
そして、建造物の中に入っていく。
美咲とサクラは、少し距離を置いて見守っていた。
ソウイチは広間を歩き、階段を上り、部屋を巡る。
彼の表情が、徐々に曇っていく。
「…うん、悪くない。でも…」
彼は窓の外を見た。
「…でも、なんか…違う…」
その呟きを、美咲は聞き逃さなかった。
「サクラ、少し下がって」
「え?」
その時だった。
ソウイチが両手を広げた。
「やっぱりダメだ!全部やり直し!」
「え…?」
サクラが目を丸くする。
ソウイチの手から、破壊の魔法陣が展開される。
「待って、あれ…!」
美咲が叫んだ。
次の瞬間。
ドォォォォォォン!!!
建造物が、中心から爆発した。
衝撃波が荒野を駆け抜けた。
美咲は咄嗟に防御結界を展開していた。
「大丈夫、サクラ?」
「う、うん…」
サクラが目を丸くしている。
煙が晴れると、そこには何もなかった。
さっきまで聳え立っていた巨大な宮殿は、跡形もなく消えていた。
「嘘…」
サクラが呟いた。
「あんなに美しかったのに…」
ソウイチは煙の中から歩いてきた。
彼は少し落胆した表情をしていたが、すぐに気を取り直した様子だった。
「よし、次はもっと良いものを作ろう。構造は今回のをベースに、装飾はもう少し抑えて…」
彼はぶつぶつと独り言を言い、また両手を突き出した。
その時だった。
「ぎゃああああ、また爆発だあああ!」
遠くから悲鳴が聞こえてきた。
美咲とサクラが振り返ると、小さな村が見えた。
村人たちが家から飛び出してきて、あちこちに逃げ惑っている。
「また来たぞ!」
「子供たちを安全な場所へ!」
「畑が!俺の畑が!」
村人たちの悲鳴が響く。
でも、その中に混じって。
「おお、すごい爆発だったな」
「今回のは大きかったぞ」
「何作ってたんだろうな」
野次馬のような声も聞こえてくる。
美咲は端末を操作した。
「被害状況を確認します」
画面には村の様子が映し出されている。
幸い、建物への直撃はなかったようだが、衝撃波で窓ガラスが割れ、屋根瓦が飛び、畑が荒らされている。
「これが…何度も」
サクラが呆然としている。
ソウイチは、村の方をちらりと見たが、すぐに視線を戻した。
村から数人が走ってきた。
「おい、また爆発させたな!」
「今月で何回目だ!」
「俺の畑が!また!」
村人たちが怒鳴る。
ソウイチは明らかに居心地悪そうに視線を逸らした。
「…すみません」
「すみませんじゃないんだよ!」
「頼むから他所でやってくれ!」
村人たちの怒号が響く。
でも、その中に一人、若いドワーフの職人らしき男がいた。
彼はソウイチの方をじっと見ていた。
「なあ…お前、さっき何作ってたんだ?」
ソウイチが驚いたように顔を上げた。
「え…?」
「遠くから見えたんだよ。あの建物。すごかったぞ」
ドワーフの目が輝いている。
「あの構造…どうやって設計したんだ?」
「あ、ああ…それは…」
ソウイチが戸惑っている。
他の村人たちが、ドワーフを引っ張った。
「おい!こいつに話しかけるな!」
「でも…!」
「いいから!」
村人たちは、ドワーフを連れて村へ戻っていった。
美咲は、ソウイチに近づこうとしたサクラの肩をそっと押さえた。
「待って。今はダメ」
「え?」
「完全に拒絶モードに入っているわ」
美咲は端末を操作し、サクラに囁いた。
「周辺の魔力反応を遮断するテントを張る。今日はこのまま観察を続けるわよ」
ソウイチは、ぽつんと荒野に立っていた。
その夜。
ソウイチは荒野に一人、座っていた。
手元には簡単な魔法の明かり。
彼は地面に設計図を描いていた。
次の建築の構想だ。
でも、手が止まる。
「…何が違うんだろう」
彼は呟いた。
「何を作っても、ダメだ。前世でも、今世でも…」
彼の脳裏に、前世の記憶が蘇る。
クライアントの顔。
「イメージと違うんだよね」
「もっとこう、パッとするやつ」
「納期は明日ね、よろしく」
理不尽な要求、理不尽な評価、理不尽な締め切り。
ソウイチは頭を振った。
「もう、あんなのは嫌だ。誰の言うことも聞かない。自分の好きなように作る」
でも。
「…でも」
彼の手が、震えた。
「何で、満足できないんだろう」
遠くで、美咲とサクラが見守っていた。
「…切ないですね」
サクラが呟いた。
「ええ」
美咲が頷いた。
「彼は気づいていないんです。本当に必要なものが何なのか」
「どうしますか?」
「作戦通りです。彼の仲間を探しましょう」
美咲は端末を操作した。
「建築を理解する人々ですね」
◇
翌朝。
ソウイチは再び荒野に立っていた。
「今日こそ…納得できるものを」
ソウイチは両手を突き出した。
「納期は、俺が決める!『究極創造(アルティメット・ファブリケーション)』!――脳内設計図、完全出力!」
淡い光が溢れ出し、素材が生まれていく。
今日は石材から始めた。白大理石に魔石を混ぜ込んだ複合素材。
「昨日より強度を上げて…でも重さは抑えたい。魔力で軽量化を…」
石材が宙に浮かび、積み上がっていく。
その時だった。
「おおお…!」
驚嘆の声が聞こえた。
ソウイチは手を止め、振り返った。
昨日のドワーフが、目を輝かせて走ってきた。
「すげえ!魔石を混ぜた複合素材か!どうやって配合比を決めたんだ!」
「え…あ、ああ…」
ソウイチは戸惑った。
「これは…強度と軽さのバランスを考えて…魔石は全体の15パーセントで…」
「15パーセント!なるほど!それ以上だと魔力干渉が起きるもんな!」
ドワーフが興奮して語り始める。
「俺も昔、20パーセント混ぜて失敗したことがあってさ!」
「…そうなんですか」
ソウイチは少し警戒しながらも、答えた。
「魔石の配合は難しいですよね。多すぎても少なすぎても…」
「そうそう!わかってくれるか!」
ドワーフは嬉しそうに頷いた。
「で、その石材をどう組むんだ?」
「あ、これは…アーチ構造で…」
ソウイチが説明し始めると、ドワーフは真剣に聞き入った。
「アーチか…力の分散が美しいよな!」
「はい…荷重を柱に流して、構造全体で支える…」
「最高だ!」
ドワーフが拳を握った。
その時、別の声が聞こえた。
「おや、素材の話かい?」
別のドワーフが近づいてきた。年配で、髭が立派だ。
「あんたが噂の建築家か」
「え…建築家っていうか…」
「俺は素材職人でね。あんたの使ってる石材、気になってたんだ」
年配のドワーフが石材を手に取った。
「ほう…これは見事な仕上がりだ。表面の滑らかさ、エッジの鋭さ…手作業じゃこうはいかない」
「あ、ありがとうございます…」
ソウイチは戸惑いながらも、少し嬉しそうだった。
「この木材もいいね」
年配のドワーフが、宙に浮かぶ木材を見た。
「紅檀ベースに、魔力伝導性を持たせた改良種か。どこで手に入れた?」
「これは…自分で作りました」
「作った?木材を?」
「はい。『究極創造』のスキルで…」
「なんと!」
年配のドワーフが目を丸くした。
「それは…夢のようなスキルだな」
「でも…」
ソウイチは俯いた。
「作れても、満足できなくて…」
「満足?」
年配のドワーフが首を傾げた。
「あんたの建築、昨日見たよ。あれが満足できないって?」
「…はい」
「なぜだ?」
「わからないんです。何かが…足りない気がして…」
年配のドワーフは、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと言った。
「あんた、一人で作ってるんだろう?」
「…はい」
「それが問題だ」
「え?」
「建築ってのはな、一人じゃ完成しないんだよ」
年配のドワーフが優しく言った。
「素材を選ぶ者、構造を考える者、装飾を施す者…みんなの技術と想いが集まって、初めて建築は完成する」
「でも…俺は全部一人でできます」
「できる、と、満足できる、は違うんだよ」
年配のドワーフは微笑んだ。
「あんたは優秀だ。でも、一人じゃ視野が狭くなる。他人の意見を聞いて、初めて見えるものがあるんだ」
ソウイチは黙っていた。
その時、また新しい声が聞こえた。
「失礼します」
優雅な口調だった。
振り返ると、エルフの女性が立っていた。長い銀髪、整った顔立ち、建築家らしい道具を持っている。
「私はエルフの建築家です。あなたの建築に興味があって参りました」
「あ…はい…」
ソウイチは驚いていた。
「昨日の建築、遠くから拝見しました。素晴らしかったです」
「そんな…」
「特に、曲線の使い方が見事でした。あれはどのように計算を?」
「え、ああ…それは…」
ソウイチが説明し始めると、エルフは真剣に聞いた。
「なるほど…魔法陣で曲率を制御するのですね」
「はい。手作業だと誤差が出るので…」
「素晴らしい発想です」
エルフが微笑んだ。
「私も曲線美を追求していますが、あなたほど精密にはできません」
「いえ、そんな…」
ソウイチは照れたように視線を逸らした。
「あの…質問してもいいですか?」
若い声が聞こえた。
人間の少年だった。15歳くらいだろうか。
「僕、建築家になりたくて…弟子にしてください!」
「え、ええ!?」
ソウイチは慌てた。
「む、無理です!俺、人に教えるとか…」
「でも、すごいんです!昨日の建築、感動しました!」
少年の目が輝いている。
「僕も、あんな建物を作りたいんです!」
「いや、でも…」
ソウイチは困惑していた。
その時だった。
ドドドドド…!
地面が揺れた。
「な、何だ!?」
全員が空を見上げた。
巨大な影が、空から降りてきた。
ドラゴンだった。
紅い鱗、巨大な翼、威厳ある姿。
ドラゴンは地面に着地し、ソウイチを見た。
「お前が、この地で建築をしている者か」
「は、はい…」
ソウイチは緊張していた。
「なんと美しい」
ドラゴンが言った。
「昨日の建築、空から見ていた。あれほど調和の取れた建物は、見たことがない」
「え…」
「私は長く生きているが、お前ほどの建築家は初めてだ」
ドラゴンの目は優しかった。
「お願いがある。ここを根城にさせてくれないか」
「ね、根城…?」
「ああ。お前の建築を、そばで見ていたいのだ」
ドラゴンはゆっくりと頭を下げた。
「もちろん、手伝いもしよう。私の炎は、溶接に使える」
「よ、溶接…」
ソウイチは呆然としていた。
気づけば、彼の周りには職人たちが集まっていた。
ドワーフ二人、エルフ、人間の少年、そしてドラゴン。
全員が、ソウイチの建築を褒め、理解し、手伝いたいと言っている。
「あの…」
ソウイチの声が震えた。
「本当に…手伝ってくれるんですか?」
「当たり前だ!」
ドワーフ(建築好き)が笑った。
「こんな面白い建築、見逃せるか!」
「私も勉強させてもらいたい」
エルフが微笑んだ。
「俺も良い素材を提供するよ」
年配のドワーフが頷いた。
「僕も!僕も手伝います!」
少年が元気よく言った。
「私も協力しよう」
ドラゴンが静かに言った。
ソウイチは、涙を堪えるように目を閉じた。
「…ありがとうございます」
彼は小さく呟いた。
「じゃあ…一緒に、作りましょうか」
「おお!」
全員が歓声を上げた。
遠くで、美咲とサクラが見守っていた。
「良かったですね」
サクラが微笑んだ。
「ええ」
美咲が頷いた。
「これで、彼は孤独じゃない」
◇
「それじゃあ、始めましょうか」
ソウイチが立ち上がった。
仲間たちが期待の眼差しで見守る中、彼は両手を突き出した。
「納期は、俺が決める!『究極創造(アルティメット・ファブリケーション)』!――脳内設計図、完全出力!」
淡い光が溢れ出し、素材が次々と生まれていく。
「おお、始まった!」
ドワーフ(建築好き)が目を輝かせた。
石材が宙に浮かび、アーチ構造を形成していく。
「待った!」
ドワーフが手を上げた。
「え?」
ソウイチが驚いて手を止めた。
「そのアーチ、もう少し高くした方がいいんじゃないか?」
「高く…?」
「ああ。今の高さだと、圧迫感が出る。あと50センチ上げれば、空間が開放的になるぞ」
ソウイチは一瞬、戸惑った表情を見せた。
でも、すぐに設計図を頭の中で修正した。
「…なるほど。確かに、その方が良いですね」
彼は魔法陣を書き直し、アーチの高さを調整した。
「おお、いい感じだ!」
ドワーフが満足そうに頷いた。
年配のドワーフ(素材好き)が近づいてきた。
「ソウイチ、その石材だが…」
「はい?」
「魔石の配合を18パーセントにしてみないか?」
「18パーセント?でも、それだと魔力干渉が…」
「いや、この構造なら大丈夫だ。魔法陣で制御してるだろう?なら、もう少し魔石を増やせば、耐久性が上がる」
ソウイチは考え込んだ。
「…やってみます」
彼は素材の配合を調整した。
新しい石材が生まれる。
「ほら、見ろ。輝きが増しただろう?」
「本当だ…」
ソウイチは驚いたように石材を見つめた。
エルフが優雅に近づいてきた。
「ソウイチさん、曲線の部分ですが」
「はい」
「もう少し緩やかにしてはいかがでしょう?急すぎると、視線の流れが途切れてしまいます」
「視線の流れ…」
「ええ。建築は、見る人の目を誘導するものです。緩やかな曲線なら、自然と視線が建物全体を巡ります」
ソウイチは目を閉じ、イメージした。
「…わかりました。やってみます」
曲線が、より優美な形に変わっていく。
「美しい…」
エルフが微笑んだ。
「僕も手伝います!」
少年が資材を運び始めた。
「これ、どこに置けばいいですか?」
「あ、ああ…そこに」
ソウイチが指示を出す。
少年は元気よく動き回り、必要な場所に資材を運んでいく。
「ソウイチ、溶接が必要な箇所を教えてくれ」
ドラゴンが言った。
「え、ええと…この金属の接合部を…」
「任せろ」
ドラゴンが炎を吐いた。
精密にコントロールされた炎が、金属を溶かし、完璧に接合していく。
「すごい…」
ソウイチは呆然としていた。
建築が、どんどん形になっていく。
一人で作っていた時とは、まるで違う。
みんなの意見を聞いて、調整して、協力して。
「ここはどうする?」
「こうした方がいいんじゃないか?」
「私はこう思うのですが」
対話が生まれ、建築が進化していく。
ソウイチは、初めて気づいた。
これだ。
これが、足りなかったものだ。
一人で作っても、自分の視点しかない。
でも、みんなで作れば、視点が増える。
そして、建築は何倍も豊かになる。
「ソウイチ、次の素材を」
ドワーフが声をかけた。
ソウイチは頷き、再び両手を突き出した。
でも、今度は違う。
彼は周りの仲間を見た。
ドワーフたち、エルフ、少年、ドラゴン。
みんなが笑顔で、彼を見ていた。
ソウイチの目に、涙が浮かんだ。
「納期は、俺たちが決める!『究極創造(アルティメット・ファブリケーション)』!――魂の設計図、共同出力(シェアード・ブループリント)!」
仲間たちが、ぱっと顔を上げた。
「え?」
「今、何て…?」
「俺たち…?」
ソウイチは笑った。
涙を流しながら、笑った。
「…ありがとうございます、みんな」
光が、さらに強く輝いた。
素材が生まれ、宙を舞い、仲間たちの手に渡っていく。
「おお!」
「これは…!」
「すごい!」
建築が加速した。
ドワーフたちが構造を組み立て、エルフが装飾を施し、少年が資材を運び、ドラゴンが溶接する。
そして、ソウイチが中心で、すべてを調和させていく。
一つの建物が、みんなの手で創り上げられていく。
「できてきたぞ!」
「美しい!」
「これは…傑作だ!」
仲間たちの歓声が響く。
ソウイチは、初めて心から満足していた。
これだ。
これが、俺が作りたかったものだ。
みんなで創る建築。
対話の中から生まれる、調和。
数時間後。
建物は、ほぼ完成していた。
巨大な宮殿。でも、今度は一人で作ったものとは違う。
ドワーフの技術、エルフの美意識、少年の情熱、ドラゴンの力。
そして、ソウイチの設計。
すべてが融合した、完璧な建築。
「完成だ…」
ソウイチが呟いた。
「ああ、完成だ」
ドワーフが頷いた。
「素晴らしい建物ですね」
エルフが微笑んだ。
「僕、感動しました!」
少年が目を輝かせた。
「良い根城になりそうだ」
ドラゴンが満足そうに言った。
ソウイチは建物を見上げた。
今度は、爆破したいとは思わなかった。
満足だった。
心から、満足だった。
「…ありがとうございます、みんな」
ソウイチは深く頭を下げた。
「おいおい、礼なんていいよ」
ドワーフが笑った。
「俺たちこそ、楽しかったぜ」
「ええ、素晴らしい経験でした」
エルフが頷いた。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ…
地面が揺れた。
「何だ…?」
全員が顔を上げた。
遠くの森から、何かが近づいてくる。
大量の魔物だった。
ゴブリン、オーク、トロール…数え切れないほどの魔物が、建物に向かって走ってくる。
「魔物の群れだ!」
ドワーフが叫んだ。
「くそ、今のタイミングで!」
ソウイチの顔が青ざめた。
また、これか。
また、魔物に襲われて、すべてが壊されるのか。
彼の手が、震えた。
でも、魔物の群れは突撃してこなかった。
建物から一定の距離を取り、隊列を組み始める。
「…何をしている?」
ドワーフ(建築好き)が眉をひそめた。
「まるで…軍隊のような動きだ」
エルフが警戒した表情で言った。
日が、徐々に沈んでいく。
空が赤く染まり、やがて暗闇が訪れる。
魔物たちは、じっと待っていた。
何かを。
誰かを。
ドドドドド…
地鳴りが響いた。
ゴブリンやオークの群れが、一斉に道を空けた。
森の木々が、何かに押し潰される音とともに、倒れていく。
そして。
紅の鱗を持つ巨大な五頭の影が、月明かりの中に現れた。
ヒュドラだった。
五つの首。それぞれが異なる色を帯びている。
炎の紅、氷の蒼、毒の緑、雷の黄、そして中央の漆黒。
中央の首だけが、ゆっくりとソウイチの城を見据えた。
「ほう」
低く、重い声が響いた。
「この地に、我らが手出ししがたき『美しさ』を創る者がいたか」
ヒュドラの中央の首が、ソウイチを見た。
「貴様か。この城を創った者は」
ソウイチは息を呑んだ。
喋る。
魔物が、人の言葉で喋っている。
「…そうだ」
ソウイチは震える声で答えた。
「この城は、俺が…俺たちが作った」
「ほう。『俺たち』か」
ヒュドラは愉快そうに笑った。
「良い。実に良い。ならば」
中央の首が、高く掲げられた。
「挑戦状と受け取ろう。貴様らの『創造』と、我らの『破壊』、どちらが勝るか試させてもらう」
「待て!」
ドラゴンが前に出た。
「ヒュドラ…貴様、この地に何の用だ」
「おや、同族か。いや、堕ちた同族だな」
ヒュドラは嘲笑った。
「人間などと馴れ合って、恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしいのは貴様だ」
ドラゴンが低く唸った。
「美しきものを壊すことしか知らぬ、愚か者め」
「美しきものは、壊されるために存在する」
ヒュドラの炎の首が、口を開いた。
「さあ、始めようか」
炎の首が、火を吐いた。
だが、それは城に向かってではなく、ゴブリンとオークの群れに向かった。
「何を…!」
炎がゴブリンたちを包み込む。
だが、燃やすのではない。
溶接するように、固めていく
「これは…!」
年配のドワーフが目を見開いた。
「溶接の炎だと!?」
ゴブリンとオークが、炎で一つの塊に固められていく。
巨大な、動く壁のような存在に。
「突撃せよ」
ヒュドラの命令が下る。
固められた魔物の塊が、城に向かって突進を始めた。
「くそ!」
ドワーフたちが武器を構えた。
「待て!」
ドラゴンが炎を吐いた。
魔物の塊が、爆発する。
だが、すぐに次の塊が迫ってくる。
「きりがない!」
その時、毒の首が動いた。
緑色の霧が、城の壁に向かって流れていく。
「毒だ!」
エルフが叫んだ。
霧が壁に触れた瞬間、魔力伝導材が黒く変色し始めた。
「防御結界の魔力が…!」
「くそ、素材を腐食させる毒か!」
年配のドワーフが舌打ちした。
ソウイチは震えていた。
唇を噛み締め、拳を握る。爪が掌に食い込んだ。
また、壊される。
せっかくみんなで作ったのに。
また、何もかもが。
「ソウイチ!」
ドワーフ(建築好き)が叫んだ。
「ぼーっとするな!お前にしかできないことがある!」
「え…?」
ソウイチははっとした。
そうだ。
俺は、戦わなくていい。
俺がすべきことは、建物を守ること。
みんなで作った、この城を。
「建物を守れ!修復できるのはお前だけだ!」
「で、でも…!」
「俺たちが戦う!お前は建築を守れ!」
ドワーフが前に飛び出した。
「それが、お前の戦いだろう!」
「わかった!」
ソウイチは両手を突き出した。
「『究極創造(アルティメット・ファブリケーション)』!」
毒で侵された壁材を、新しい素材で置き換えていく
「おお、やるじゃないか!」
ドワーフたちが魔物の塊と戦い始めた。
エルフが魔法で毒の霧を払い、少年が負傷者を後方に運び、ドラゴンがヒュドラの炎の首と対峙する。
それぞれが、それぞれの役割を果たしていく。
ヒュドラの中央の首が、じっとソウイチの城を見ていた。
「ふむ…見えたぞ」
「何が見えた?」
ドラゴンが警戒する。
「この城の構造だ。美しい…実に美しい。アーチ構造で力を分散させ、曲線で視線を誘導し、素材で強度を確保する」
ヒュドラは愉快そうに笑った。
「だが、美しきものには必ず弱点がある」
雷の首が、動いた。
電撃が、城のアーチ構造の中心に集中する。
「そこか!」
ドワーフが叫んだ。
「力の分散の要だ!そこを壊されたら…!」
バリバリバリ!
電撃がアーチを直撃した。
石材が砕け、構造が揺らぐ。
「くそ!」
ソウイチは必死に修復しようとした。
だが、間に合わない。
その時、氷の首も動いた。
氷の矢が、城の窓に向かって飛んでいく。
「窓だと!?」
エルフが叫んだ。
「あれは曲線の要!視線誘導の中心!」
ガシャン!
窓が割れた。
「ああ…!」
ソウイチは絶望した。
みんなが褒めてくれた部分。
みんなで作り上げた部分。
それが、次々と壊されていく。
「ソウイチ!」
年配のドワーフが叫んだ。
「アーチは俺が補強する!お前は窓を直せ!」
「え?」
「いいから!」
年配のドワーフが、手持ちの素材でアーチを支え始めた。
「エルフ!曲線の修正を頼む!」
「はい!」
エルフが魔法で、割れた窓の周辺の曲線を調整する。
「僕も手伝います!」
少年が資材を運んでくる。
みんなが、役割を果たしていく。
ソウイチは涙を流しながら窓を修復した
「ありがとう…みんな…!」
城は、何とか持ちこたえていた。
ソウイチの修復、仲間たちの協力、そしてドラゴンの防衛。
すべてが噛み合い、ヒュドラの攻撃を凌いでいた。
「やったか…!」
ドワーフが叫んだ。
だが、ヒュドラは笑っていた。
「ほう。良く耐えた。だが」
中央の首が、ゆっくりと城に近づいた。
「我には、まだ奥の手がある」
「何だと…!」
ヒュドラの全身が、淡い光に包まれた。
「これは…再生の魔力!?」
エルフが目を見開いた。
「再生能力を持つヒュドラが、何を…!」
次の瞬間。
光が、城の内部に流れ込んだ。
「え…?」
ソウイチが呆然とした。
再生の魔力が城の壁に染み込んでいく
そして。
メキメキメキ…
内部から、城が崩れ始めた。
「なっ…!」
「これは…!」
年配のドワーフが叫んだ。
「再生の魔力で、素材を無理やり成長させているのか!」
石材が、異常な速度で膨張していく。
木材が、ねじれて変形していく。
すべてが、内部から破壊されていく。
「そうだ」
ヒュドラが愉快そうに言った。
「創造の力は、使い方次第で破壊にもなる。貴様の『究極創造』と同じようにな」
ソウイチは立ち尽くしていた
俺が創った素材が…俺の力が…城を壊している。
ヒュドラに利用されて、破壊の道具にされている。
また、これか。
結局、俺の創造は、破壊に繋がるのか。
前世のように。
今世のように。
何度も、何度も。
「ソウイチ!」
仲間たちの声が聞こえた。
でも、彼の耳には届かなかった。
城が、崩れていく。
みんなで作った、城が。
「…ダメだ」
ソウイチは呟いた。
「俺が作ったものは、いつも壊れる。いつも、満足できない。いつも…」
その時だった。
「おい」
年配のドワーフが、ソウイチの肩を掴んだ。
「何を言ってる」
「…でも」
「壊れたら、また作ればいい」
年配のドワーフが笑った。
「建築ってのは、そういうもんだ」
「え…?」
「地震で壊れることもある。火事で燃えることもある。戦争で破壊されることもある」
年配のドワーフは、城を見上げた。
「でも、俺たちは諦めない。何度でも作り直す」
「でも…俺は…」
「お前は一人じゃない」
ドワーフ(建築好き)が前に出た。
「俺たちがいる」
「私たちが、います」
エルフが微笑んだ。
「僕も!」
少年が元気よく言った。
「我もだ」
ドラゴンが頷いた。
「だから」
全員がソウイチを見た
「もう一度、作ろう。みんなで」
ソウイチの目から、涙が溢れた。
そうだ。
俺は、一人じゃない。
壊れたら、また作ればいい。
何度でも。
みんなと一緒に。
ソウイチは、両手を突き出した。
「納期は、俺たちが決める!『究極創造(アルティメット・ファブリケーション)』!――魂の設計図、共同出力(シェアード・ブループリント)!」
光が、城全体を包み込んだ。
「何だと…!」
ヒュドラが驚いた。
ソウイチの創造の力が、ヒュドラの再生の魔力を上回っていく。
膨張した石材を、元の形に戻す。
変形した木材を、修復する。
そして、さらに強化する。
「これが…創造の力だ」
ソウイチが言った。
「破壊されても、何度でも作り直す。それが、俺たちの答えだ」
城が、光の中で再生していく。
いや、再生ではない。
進化だ。
ヒュドラの攻撃に耐えられるよう、構造が強化されている。
仲間たちの想いが、形になっている。
「馬鹿な…!」
ヒュドラが叫んだ。
「我の再生を、上回るだと…!」
「当たり前だ」
ドラゴンが前に出た。
「創造は、破壊より強い。それが、世界の真理だ」
ドラゴンが炎を吐いた。
ヒュドラの炎の首と、激しくぶつかり合う。
「俺たちも行くぞ!」
ドワーフたちが武器を構えた。
エルフが魔法を放ち、少年が投石器で援護する。
全員で、ヒュドラに立ち向かう。
そして、ソウイチは城を守り続けた。
何度壊されても、修復する。
何度攻撃されても、強化する。
それが、彼の戦い方だった。
「くそ…!」
ヒュドラが後退し始めた。
「この程度で…終わると思うな!」
最後の力を振り絞り、全ての首が一斉に攻撃を放つ。
炎、氷、毒、雷、そして再生の魔力。
すべてが、城に向かって襲いかかった。
「みんな!」
ソウイチが叫んだ。
「最後の一撃、来ます!」
「任せろ!」
ドラゴンが防御結界を展開した。
ドワーフたちが盾を構え、エルフが魔法障壁を張り、少年が祈る。
そして、ソウイチが城全体を、究極創造の力で包み込んだ。
ドォォォォォン!!!
凄まじい衝撃が、大地を揺らした。
煙が晴れたとき。
城は、そこに立っていた。
傷一つなく。
「な…!」
ヒュドラが信じられないという表情をした。
「馬鹿な…我の全力が…!」
「終わりだ」
ドラゴンが最後の炎を放った。
ゴオオオオオ!!!
ヒュドラが、炎に包まれた。
「ぐああああああ!」
ヒュドラの絶叫が響き、やがて消えていった。
静寂が戻ってきた荒野に、微かな風だけが吹き抜ける。
遠くの空が、ゆっくりと白み始めた。
「夜が、明ける」
少年が呟いた。
ヒュドラが消えたことで、残った魔物たちは朝日に溶けるように、みるみるうちに姿を消していく。
戦いは、本当に終わったのだ。
ソウイチは立ち上がり、巨大な城を見上げた。
傷一つない。いや、むしろ強化されている。
夜明けの柔らかな光が、複合石材の壁を照らし始める。ドワーフの補強したアーチ、エルフが調整した曲線の窓、そしてドラゴンが溶接した金属装飾。すべてが朝日を受けて、金色に輝き出した。
「…美しい」
ソウイチは心の中で呟いた。
今までのどの建築よりも、何倍も美しかった。
それは、一人で創った完璧さではなく、みんなの想いと技術が融合した、生きた建築の美しさだった。
彼は振り返り、仲間たちを見た。
ドワーフ、エルフ、少年、ドラゴン。
疲労困憊しているが、全員が同じ、満足と誇りの表情を浮かべている。
ソウイチは、深く、深く頭を下げた。
「みんな、本当に、ありがとうございました。俺一人じゃ…これは作れませんでした」
「おいおい」
ドワーフ(建築好き)が笑った。
「礼はいいって言っただろ。それより」
ドワーフは、ソウイチの肩を叩いた。
「次は何を作る?この城は、まだ始まりだろう?」
ソウイチは顔を上げた。
朝日が、彼の目にかかる涙の跡を照らしていた。
その目に、迷いはもうない。
「次は…」
ソウイチは、笑顔になった。
「みんなが、ずっと住みたくなるような、最高の村を作りましょう」
その言葉に、全員が歓声を上げた。
その直後、ドワーフ(建築好き)の腹から「ぐうううう」と情けない音が響いた。
全員が顔を見合わせ、笑い出す。
「わはは!そういや、昨日の昼からまともに何も食ってねぇ!」
年配のドワーフが腹を押さえた。
「戦闘と建築に夢中だったからな!腹が減った!」
「僕も限界です!」
少年がへたり込んだ。
ソウイチは笑顔になった。
「それなら…任せてください」
彼は再び両手を突き出した。
「『究極創造(アルティメット・ファブリケーション)』!――至高の晩餐、共同創造(シェアード・ディナー)」
次の瞬間、荒野に豪華な大テーブルと椅子が創造され、熱々の肉料理、パン、エールが次々と並べられていく。
「な…なんだこりゃ!」
「最高だ!」
全員が席に着き、大宴会が始まった。ドラゴンも、巨大な肉の塊を幸せそうに頬張っている。
ソウイチは、仲間たちに囲まれながら、心から笑っていた。
創造とは、喜びを共有することだ。
遠くで、美咲とサクラが静かにテントを畳んでいた。
だが、肉の焼ける匂いと歓声に耐えかねたように、二人は顔を見合わせた。
「…行きましょうか」
美咲が端末を閉じた。
「はい!」
サクラが元気よく頷いた。
二人は、大テーブルに向かって歩き出した。
「お、来たか!」
ドワーフが手を振った。
「座れ座れ!肉はたっぷりあるぞ!」
「失礼します」
美咲とサクラが席に着いた。
美咲は肉を一口ほおばり、端末を操作した。
「藤堂創一のケースファイル、『転生者の願い:建設的な対話と承認の獲得』をもって、クローズ」
端末を閉じる。
「サクラ、作戦完了のお祝いよ」
「わーい!」
サクラも肉を手に取り、美咲の隣で満足そうに頷いた。
ソウイチが二人に気づいた。
「あなたたちは…?」
「ああ、気にしないでください」
美咲が微笑んだ。
「ただの通りすがりです。美味しいものが食べられれば、それで十分ですから」
「そうそう!」
サクラが元気よく言った。
「あたしたち、たまたま通りかかっただけです!」
ソウイチは不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「それなら、一緒に食べましょう」
「ありがとうございます」
美咲が頷いた。
大宴会は、朝日が昇りきるまで続いた。
◇
神界・転生管理局
効率厨女神は、山積みの書類を片付けていた。
「ふう…やっと終わった…」
彼女は端末を確認した。
【藤堂創一:転生48回→安定】
「48回も転生させられて…もう二度とこんな案件は…」
でも、彼女は小さく微笑んだ。
画面には、朝日に照らされた城の映像が映っている。
そして、仲間たちと笑い合うソウイチの姿。
「…まあ、最後は良かったけどね」
彼女は書類を閉じた。
「次の転生者、もっと効率的にお願いしますよ」
荒野の城
ソウイチは、城のバルコニーに立っていた。
朝日が、空を金色に染めている。
彼は空を見上げた。
「…あの女神さん、怒ってたよな」
苦笑いが漏れる。
「48回も転生させて、ごめんなさい」
彼は小さく呟いた。
「でも…ありがとうございました。最後のチャンス、無駄にしませんでした」
風が、優しく吹き抜けた。
まるで、返事のように。
神界・異世界演出部オフィス
効率厨女神が、書類を抱えて歩いていた。
すれ違ったエレオノーラが、お茶を差し出す。
「お疲れ様でございます」
「あ、ありがとうございます」
効率厨女神は、ふと思い出した。
「そういえば…」
彼女は端末を取り出した。
「さーて、サクラちゃんはどうなったかなー」
画面を開く。
そこには、分厚い【王妃教育プラン完全版】の文字が。
効率厨女神の目が、キラリと光った。
「おお…これは素晴らしい効率…!」
◇
【完】
いせてん~異世界演出部ですが、転生者がバカすぎて現地フォローしてきました~ 月祢美コウタ @TNKOUTA
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