第14話 巻き戻る時間
ヒロカが眠ったあと、リビングに静かな夜の光が差し込む。
二人はビールを飲みながら、距離を近づけていた。
彩音はそっと寛美の手を握り直し、肩を寄せる。呼吸が少しずつ重なり、互いの温もりが伝わる距離。
「……久しぶりね、寛美」彩音の声は小さく、甘く震える。
「……うん」寛美も息を潜め、顔をほんの少し近づける。
彩音は少し照れたように微笑みながら、
「寛美……また会えるなんて、思わなかったからおどろいちゃったわね」と小さな声で答える。
「彩音には子供も居て、それなのにお家まで来ちゃって。……ご主人は?」
彩音はふふ、と少しバツが悪そうに微笑み
「別れちゃったの。バチが当たったみたい」
「バチ?」
彩音は髪を自分の弄りながら、視線を寛美から外し、
「好きな人を捨てて、普通の生活を望んだんだけど、愛がない空っぽの家に住んでるみたいだったの。もちろん、ヒロカは可愛いのよ」
ーー少しの沈黙
「彩音は今、幸せ?」
ニッコリ美しい微笑みを浮かべる彩音。
「うん、幸せよ。仕事はまだ少ないけど、ヒロカは立派に育ててみせるわ」
温かい微笑みを浮かべる寛美。
「良かった、彩音が幸せなら。ヒロカちゃんもいい子だし」
ビールをひとくち飲み、寛美は震えながら口から言葉を必死に出す。
「また、会える…かな?」
彩音は寛美の目を熱く見つめる。
「……いいの? 私のこと、恨んでない?」彩音が不安そうに尋ねる。
寛美は首を振り、優しく微笑む。
「まさか。私が男だったら良かったとは思ったけど、彩音を恨むなんてこと、一度もないよ」
その言葉に、麗奈の胸の奥がじんわりと温かくなる。昔のわだかまりも、遠くに溶けていくみたいだった。
寛美はそっと手を差し出し、彩音も自然にその手を取る。
「……また、遊びに来て」
彩音の瞳が少し潤む。
「うん、また来るよ。ヒロカちゃんの好きなお菓子でも持って。何がいいかな?」寛美の声は柔らかく、暖かく、そして確かだった。
「プリンが好きみたい。バニラビーンズの入ったプリン」
指先が触れるたびに心臓が高鳴り、香りがふわりと漂う。視線が絡み合う中、自然と唇が触れ合う。最初はそっと、確認するように、そしてすぐに熱を帯び、二人の間に蕩ける甘さが広がる。
ヒロカの寝息を遠くに聞きながら、彩音と寛美は静かに、でも確かに互いを確かめ合う。小さな口付けのひとつひとつが過去の二人に戻していく。
互いの呼吸が重なり、唇の感触から柔らかさと熱が伝わる。彩音の手が自然と寛美の頬に触れ、寛美も肩に手を回す。静かな夜の光の中、二人は言葉以上の想いを確かめ合った──。
唇を離したあとも、二人の手は絡み合ったまま。彩音の指先が寛美の手の温もりを確かめるように動き、寛美も肩をゆっくり引き寄せる。静かな夜の光が差し込むリビングで、言葉にできない想いが、胸の奥で甘く蕩けていった──。
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