第6話 思い出を胸に

 二日目の朝、窓の外から差し込む柔らかな光が、ホテルの部屋を金色に染めていた。

 目を覚ました寛美は、隣でまだ眠る彩音の寝顔をそっと見つめる。髪の先が枕にふわりと落ち、口元には微かに笑みが浮かんでいる。胸が自然と熱くなり、寛美は手を伸ばして彩音の髪を、そっと撫でる。


「おはよう……」

小さな声で囁くと、彩音はまどろみの中で目を開け、甘く伸びをしてからふふっと笑った。

「おはよう、寛美……昨日は楽しかったね」

「今日も、いい天気だね」

彩音の小さな声に、寛美は微笑んで頷く。温かく、穏やかな時間。昨晩の余韻がまだ体に残り、互いの手の温もりが心地よく伝わる。


 レンタカーで向かった先は宮地嶽神社。ニュースになるほど有名な「光の道」は、この日は見られないけれど、二人の前には真っ直ぐに伸びた参道があり、玄界灘が少しだけ覗く。その道の静けさと凛とした空気に、自然と背筋が伸びる。


「ここ…神が通る道みたいだね」

寛美が囁くと、彩音はそっと手を握り返す。握り返す手に力はない。なのに、胸に伝わる温もりは大きく、心が満たされる。二人は言葉を交わさずとも、ただ並んで歩くだけで十分だった。


 参道は綺麗な一直線に朝日が線をつくり、淡い影を落とす。その道を高くから眺め、互いの存在を確かめ合う。海風がかすかに髪を揺らし、潮の匂いが心をすっきりと洗う。


「またいつか、光の道を見ようね」

彩音の声に、寛美は笑みを返す。また一緒にここを歩けることを想像して、胸がじんわり熱くなる。手を握る力を少し強め、互いのぬくもりを確かめ合う。


 神社を後にする頃、朝の光が二人の影を長く伸ばす。名残惜しさが胸に広がるけれど、二人はまだ旅の余韻に浸り、笑いながら車に向かう。手を繋いでいるだけで、どこまでも一緒に歩けるような気がした。


 彩音は小さくため息をつき、青空を見上げる。

「もう帰るんだね……」

寛美も同じ気持ちだった。名残惜しさに胸がぎゅっとなる。

「でも、また来ようね」

笑顔で答える寛美に、彩音は自然に寄り添い、肩に頭をのせる。その距離感は、初日のぎこちなさを忘れさせるほど自然で、二人の間に小さな安心が満ちていた。


 レンタカーで空港に向かう道中、窓の外を流れる景色を見ながら、二人は小さな会話を重ねる。

「次はどこ行きたい?」

「うーん……また神社巡りもいいけど、今度は海沿いもいいかも」

笑いながら話す彩音の横顔に、寛美は思わず見惚れ、心が温かくなる。


 空港に着くと、荷物を預ける前に、二人で最後に手をつなぐ。手のひらから伝わる温もりが、言葉よりも強く旅の思い出を刻む。

「またね、福岡」

「うん、また絶対来よう」

短い言葉に、二人の心はぎゅっと結ばれたまま。


 搭乗ゲートへ向かう途中、彩音がふと振り返り、笑顔で寛美に手を振る。

寛美も応え、目が合う瞬間、静かに胸が熱くなる。別れの寂しさも、次の再会への期待も、二人の間にそっと混ざり合っていた。


 飛行機の席に座ると、彩音が寛美の肩に頭をもたれかけ、窓の外を見ながらつぶやく。

「次の旅行は二泊はしたいなあ」


寛美は笑って頷き、手をそっと握り返す。

「次はうまく仕事の、スケジュールを合わせようね。まだ一緒に居たい」


 窓の外、街の明かりが小さくなり、闇に消える

彩音が小さく息を吐き、「またすぐに来られるといいね」とつぶやく。


寛美はそっと頷き、二人で手を重ね、互いの温もりを最後まで確かめる。


 離陸の揺れを感じるのを彩音が庇う様に手を握ってくれて、手の温もりが旅の思い出と静かに胸に刻まれ、次に会える日への期待と共に柔らかく広がっていった。

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