第5話 初めての旅行
飛行機は福岡の街並みをかすめながら、ゆっくりと高度を下げていった。窓の外の光景に胸を躍らせる寛美と彩音。
着陸の揺れに小さく身を固くする寛美の手を、彩音はそっと包み込む。怖がる仕草さえ愛しく、彩音は微笑んだ。
福岡空港からはレンタカーを借り、神社巡りをすることに。
運転する彩音の神経な横顔を、秋の優しい光が鼻筋をなぞるように照らしていた。寛美は見惚れつつ、気づかれないように景色にも目をやり、話題を振る。その度に、彩音の嬉しそうなあいづちが心を甘く揺らす。
最初に訪れたのは太宰府天満宮。道路標識の「Dazaihutenman Shrine」を見て、「Manguもつければいいのに」と笑う彩音。その余裕ある笑顔に、寛美は意味よりも惹かれていた。
駐車場から大回りをして正式な歩き方を、駐車場のお母さんに教わる。
「赤い橋は過去、現在、未来があって、そこを渡ってからお参りするんよ」
賑やかな参道で、梅ヶ枝餅を半分こして食べる。柔らかく温かい餅とあんこの優しい甘さ。分け合い、思い出を共有する二人。
大きな鳥居をくぐると、牛の像で写真を撮る人の列ができていた。二人も列に並ぶ。撫でると知恵を授けてくれるらしい。交代で撫でる様子をスマホで撮り合う。二人の笑顔が溢れて、眩しい。
歩みを進めると赤い橋が見える。「太鼓橋」は、駐車場のお母さんが教えてくれた通り、過去・現在・未来を手を繋いで渡る橋だ。
「彩音、現在で写真を撮ろう」と寛美が声をかける。
二人と赤い橋が映る画角を探し、フレームに入るように彩音が寛美に身を寄せる。胸が少し熱くなるのを感じながらシャッターを切る。
彩音の過去は過去。未来はわからないけれど、現在を大切に愛したい——そんな気持ちを写真に残す。
スマホの画面を見て「盛れてるじゃーん」と喜ぶ彩音。無邪気な笑顔に、寛美はますます心を惹かれ、そっと手を握る。
「未来は転ばないよう、二人でしっかり歩こうね」
手を繋ぎ、未来を一歩一歩踏み締める。言葉は少なめでも、未来も一緒に歩みたい気持ちが互いに伝わる。
渡り終えると、すっと手が離れるのが名残惜しい。手水をすませると、彩音がハンカチタオルを差し出してくれる。
赤い門をくぐると、御本殿は124年ぶりの改修中で、仮殿が見える。黒い屋根は森のようで、どこかアーティスティックだ。
寛美はその姿を写真に収めながら目に焼き付ける。
彩音は一眼レフを取り出し、仮殿と寛美を夢中でシャッターを切る。目を輝かせて見上げる寛美の儚げな魅力が、フレームに溶け込む。撮られていることに気づかず夢中で眺める寛美の姿が、愛おしい。
仮殿を見終えると、御神木のような大樹がいくつも立っている。彩音は写真を撮り続ける。白いワンピースの寛美は景色に馴染み、神秘的な絵になる。
夫婦楠(めおとくず)と言う、仲良く並んだ楠をバックに二人で写真に収まる。
片方が大きく、あっちが彩音、もう一つが寛美だと笑い合う。日が当たり、先に成長した楠が光を遮り片方の成長を抑え、寄り添う様に、包み込む様な形に育つ。なんだか二人が寄り添う様な姿を重ねててしまう。
いつまでも、こんな風に寄り添えます様に、寛美は自然と手を合わせて祈る。その肩をそっと抱き寄り添う彩音。
夕方、ホテルにチェックインし大浴場へ。彩音の美しい肢体を横目に見ながら身を清め、露天風呂でゆったり。髪をタオルで巻いた首筋から肩にかけての華奢なライン、胸元の豊かさに目を奪われる。旅先は彩音を一段と魅力的に映す。
温泉の効能を見て、「筋肉痛や疲労回復に良さそう」と彩音。観光で疲れた体を癒す。大浴場に他の人が居なくなると、二人は寄り添い軽く口づけを交わす。
「ここの湯は塩っぽいね」
ふふ、と笑う彩音の小悪魔な笑顔に胸がキュンとする寛美。ますます彩音に夢中になる自分を感じる。
夜は生け簀のある魚介の店で艶々のイカを楽しみにしていたが、シケで不漁。ガッカリする寛美を、彩音の「また来たら食べようね」で笑顔が戻る。どの魚も美味しく、感動を共有する。
軽く食事を済ませた後、屋台で豚骨ラーメンを堪能。強い香りに「本場すぎるー」と喜ぶ彩音。高菜や紅生姜を足して楽しみ、二軒分を食べて酒も進む。ほろ酔いのまま手を繋ぎ、夜の空気を吸い込みながらホテルに戻る。
⸻
ホテルの部屋は柔らかな灯りに包まれ、カーテン越しの夜景が静かに揺れている。
彩音は寛美の控えめな胸元に手を添え、指先でそっと揉みしだきながら耳元で囁く。
「気持ちいい……?」
寛美は小さく息を漏らし、頬を淡く紅に染め、指先を彩音の腰にそっと添えて応える。
「うん、気持ちいいよ、彩音……」
唇が触れ合うたび、吐息が甘く漂い、指先や手のひらで互いの体を確かめ合う。背中や腰に手を添えて優しく撫でると、心も体も同時に蕩けていく。
彩音は寛美の背中を包むように手を回し、唇を首筋に滑らせて丁寧に愛を伝える。寛美は思わず腰をそっと寄せ、唇で愛情を返す。
「んっ……あっ……彩音、それ……好き……」
「寛美……私もっ……」
吐息の熱、頬の紅潮、指先の軽い震え――すべてが互いに返し合う愛の証。
寛美は顔を彩音の胸元に埋め、体を預けて全身で愛情を受け取る。彩音も胸や腰に手を回し、唇や指先で丁寧に返す。体温が絡み合い、鼓動を感じながら、二人だけの世界で完全に溶け合う。
抱きしめたまま、体の温もりと心臓の鼓動を互いに感じる。視線が絡むたび微笑みを交わし、鼻先をちょんと触れ合わせ、言葉にせずとも「愛してる」を伝え合う。耳元に届く小さな吐息、手のひらで感じる柔らかさ――すべてが繊細な愛情の証。
互いの体の輪郭を優しく確かめ、抱きしめる強さを微調整する。少し体を離すと、また自然に寄せ合い、肩や腰、背中の曲線を確かめながらゆっくりと互いを慈しむ。
「凄く幸せ……寛美、大好き……」
「彩音……私も……大好きだよ」
夜の静けさの中で、二人の吐息や微かな震えが重なり、体も心もゆっくり蕩けていく。
余韻に揺蕩いながら、互いの温もりを全身で感じ、抱きしめ慈しむ幸福──
この時間は二人だけの永遠のように、静かで濃厚な愛情で満ちていた。
旅の疲れがほどけ、寄り添う温もりのまま、幸せな眠りに落ちていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます