第2章 「異端の探求(ヘレシー・クエスト)」 1話

私は『真理の聖団(アニマ・ヴェリタス)』の信仰が強い町、宗教都市アンフィニを目指し歩いていた。

ゼノン・プロクルスの著書が恩師シグルド・クライヴの残した未完成の研究の答えになると信じて。


10日ほどかけてアンフィニを目指し歩いているが、その道中すらも私にとっては新鮮なものだった。


アンフィニは対絶望理論研究所の勢力圏から大きく外れた場所にある。


当然研究所のような無機質で硬質な雰囲気とも変わって、信仰心を第一にするように利便性よりも温かみや柔らかさを感じさせる雰囲気が強い。

アンフィニに向かう間この研究所の質感が薄まり、聖団の質感が強まる変化が私にはとても面白く映った。


研究所を出発し3日ほどは立ち寄ったこともある町が多く、研究所らしい無機質で無駄のない建物がほとんどで、慣れ親しんだ快適さのようなものを感じていた。


主要な道の路面はレンガや石畳で舗装されており、居住区は賽の目状に綺麗に区画整理されている。


また町の距離感も考慮してあるのだろう。

この3日ほどは野宿することもなく宿のベッドで寝ることができた。


この宿の中でのやり取りも機械的な内容がほとんどだった。


「今日1日だけ泊まれる宿を探しているのですが、部屋は空いていますか?」


「現在4部屋ほど空いていますがご希望はございますか?」


「特にないですが、一番安い部屋でお願いします」


「かしこまりました」


そんなようなやり取りだ。


受付の人は部屋番号の書かれた鍵を渡し、何事もなかったように仕事に戻っていく。

渡された部屋番号を探し、鍵を開けて中に入る。

もちろん内装も無駄が省かれた最低限の衣類を掛ける突起と、ペンが数本置かれた机にベッドくらいしかなかった。


それを不便だとか、生活感がないとかは思わないし、むしろ清潔感を感じた。


しかしこれも研究所の勢力圏から離れていくと徐々に薄れてくる。


路面は舗装されておらず、道は人が踏み均しただけの道になり、道端には雑草が生えている。

町の距離感もまばらになり綺麗な区画分けではなく土地に合わせた複雑に路地が通っている町になっていく。


建物も無機質な質感ではなく木材を中心に温かみのある建物になり、窓も多く配置され、なにより高さがあまり高くないので窓の多さと相まって開放的な雰囲気がした。


宿の受付の人も愛想がよく機械的なやり取りではなく、些細な会話が多かったように感じる。


「1日だけ泊まれる宿を探しているのですが、部屋は空いていますか?」


私は決まり文句のように毎回同じ内容で受付の人に話しかけた。


「はい!今ならご案内できます!ご希望の部屋はございますか?」


「一番安い部屋でお願いします」


その宿の受付は黒髪を肩までの長さで切った見るからに元気そうな女性だった。


「かしこまりました!お客様はどちらからいらしたんですか?」


「北の方から来ました。今はアンフィニを目指しています」


「そうだったんですか。ここからだとまだ結構距離がありますけど、馬車に乗られるんですか?」


「いえ、徒歩で向かっています。」


受付の女性は驚いた表情をした。


「歩いて目指されるのもすごいですけど、アビスに会うと危険ですよ?」


「対抗術式があるので大丈夫です。それにこの街道は比較的安全だと聞いています」


「そうなんですね。私は町から出たことがないのでわかりませんが、気を付けてください」


「ありがとうございます」


「それではお部屋にご案内します!無駄話をしてしまってすみません」


そう言って女性は部屋の前まで案内してくれた。


こういうところが決定的に違うのだ。

人の気持ちに寄り添う温かさというものを感じる。


そして部屋の内装も大きく変わり、簡素だが木材や日の光が差し込む温かくどこか懐かしいような感覚になる。


そんな文化の変遷に私は興味をひかれていた。


そして特に面白かったのが勢力圏のちょうど中間地点でのことである。


両方の文化が混ざりあっていると予想していたが、実際はそこだけどちらでもない独特な文化を形成していたのである。


これは地理的にみれば勢力圏の端が文化圏の端であるので、そこにはどちらの影響も及ばないことを意味していた。


建物は木材だったり石材だったりでまばらで、道が舗装されていなかったり、やたら裏路地が多いのは無計画に設計したようだった。


また廃墟も多く無機質ではないが退廃的な印象を受けた。

そこに住んでいる人たちも独特で、どこの民族かわからないような服装や裏路地に入れば浮浪者のような人もいた。


これはまるで両方の勢力に反発した、もしくは弾き出された人々が形成したような文化だった。


この町はどちらの勢力圏でもない、不定形の文化圏というのがそのまま思想の隔たりのように感じられた。


そんな新たな発見と仮説を検証しながら私は10日ほどかけて宗教都市アンフィニにたどり着いた。


そしてここでまた面白い発見があった。


それは都市の防衛構造が対絶望理論研究所の用いる防衛構造にとても似ていたからである。


アビスからの都市防衛には主に2種類の要素が必要である。


それは物理的保護と概念的保護である。


下級アビスのような物理的な要素が主体のアビスには堅牢な防壁、中級以上の概念的な要素が主体のアビスには概念的バリアが必要である。


この二重構造により都市の防衛構造が成り立っているのだが、アンフィニにも堅牢な防壁と信仰心によって成立している概念的防壁がされた二重構造の防衛構造が存在していたのだ。


物理的な防壁は高々と積まれた石材が都市を囲い、概念的なバリアは通常は視認できないが術式を持つものなら安易に感知できる。

それらの特性はまさに対絶望理路研究所が使用する都市防衛の構造と同じなのである。


この予想しないところでの論理と信仰の共通項に私は知的な興奮を感じながらアンフィニの内部に足を踏み入れた。


防壁をくぐり抜けると、街は外壁の石材と同じように、どこか厳かで神聖な雰囲気に包まれていた。


路地は曲がりくねり、研究所の都市のように無駄なく整備されているわけではないが、その構造には「聖団の論理」と呼ぶべき、一定の秩序と信念が感じられた。


私の目的は、この地を治める『真理の聖団(アニマ・ヴェリタス)』が管理する巨大書庫、そしてその奥深くに秘蔵されているであろう、ゼノン・プロクルスの資料だ。


私は論理では解決できなかった師の死の真実を求め、論理を排斥した信仰の地に降り立った。

論理と信仰—究極の動的要素と静的要素が交わる点にこそ、動的論理という新たな術式のヒントが隠されているはずだ。


私はこの温かい都市の喧騒の中に、私の求める冷たい真理の影を探し始めた。

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