チキュウ料理人の辺境スローライフ ~訳アリ令嬢と幸せ二人ごはん~
ナナシ
第1話前編「具なしの黄色いスープ」
ーーある日、王宮の広間にて。
「侯爵家令嬢シャルロット・フォン・アルテンベルク。窃盗の罪により、王宮への出入りを禁ずる」
「待ってください!」
シャルロットの声が王宮の広間に響いた。
「私は何も盗んでいません! 第四皇子殿下の部屋に置いてあった宝石など知りません!」
「黙りなさい」
老執政官の冷たい声。
「証拠は揃っている。お前の部屋から、殿下の宝石が見つかった」
「何かの間違いです! 私はそのようなことしておりません!」
「……殿下よりお前の素行の悪さには常日頃より聞いておる」
溜息をつく執政官。
にちゃにちゃとこちらを見つめてくる第四皇子。
「なんでも体を使い、無理やり殿下とも関係を持とうとしたそうではないか」
「誤解です! 私はいいよられ、無理に体をさわられーー」
「痴れ者! 侯爵家の人間ともあろう者がなんと見苦しい」
シャルロットは唇を噛んだ。拳を握りしめる。爪が掌に食い込む。
「私は、無実です!」
声が震える。怒りで、悔しさで。
「退出しなさい」
「なぜ、誰も信じてくれないのですか!」
シャルロットの叫びが響く。
でも、誰も答えない。視線だけが、冷たく刺さる。
衛兵が近づいて彼女の肩をつかむ。
「さわるな!」
シャルロットは勢いよく踵を返す。
唇をかみ、目には大粒の涙をためていた。
× × ×
屋敷に戻ると、シャルロットの父が書斎で待っていた。
「やってくれたな……」
「父上、私は窃盗などやっておりません!」
「わかっておる……お前にはそんなことする動機も理由もないからな」
「ではなぜ釈明してくれないのですか!」
「相手が悪すぎる。私も立場がある。相手は貴族ではない。王族だ。逆らったらお家がどうなることか……」
「そんな、それはあんまりです!」
「そもそも、お前が第四皇子殿下に手をあげ、恨みを買ったのが発端らしいではないか」
「それは急に体をまさぐられたのです! あまりのことにびっくりして……」
「……ちょっとしたお茶目だ。それぐらいがなぜ耐えられぬ」
父上の顔はしぶい。
発言に理はないのだから当然だ。
「もうよい。過ぎたことだ……これからのことだがお前は当家から追放することになる」
「そ、そんな…!」
「それだけのことをしたのだ。婚約者のエドワード殿からも婚約破棄の文が届いておる」
「なにかの間違いでは!?」
「エドワード様はもうお前など見捨てた。窃盗犯の烙印を押された女など、誰が妻にする」
「エドワード様が……私を……」
「お前は追放だ。当家から出て行ってもらう。このままでは私の立場も危うい。」
「追放……」
彼女の父は苦しそうに言葉を吐き出す。
シャルロットは胸に杭を打ち込まれたような気分だった。
「とはいえ、いきなり市井に放り出すわけにもいかん。親心だ。辺境だが嫁ぎ先を見つけてきてやった」
「辺境……?」
「そうだ、辺境の領主カルヴァン家の次男坊だ。独力で男爵の地位をとった有名人だ」
辺境の領主の次男に嫁ぐ?
それに男爵って……。
男爵といえば、貴族ではあるが純粋な貴族ではない。
功績をあげたものがなれる一代限りの称号だ。
昨日までのシャルロットからすれば、あまりに身分が低すぎる相手だった。
「そんな……そんな……」
シャルロットの声が震える。
「お前が招いた結果だ」
「違う……違います……! 私は何も悪いことなど……!」
涙が零れ落ちる。
悔しさと、屈辱と、怒りで。
「話はおわりだ。明日にはここを出て行ってもらう。支度をしておけ」
× × ×
部屋に戻った。
ドアを閉めた瞬間、膝が崩れた。
床に手をついて、シャルロットは泣いた。
声を殺して。でも、涙は止まらない。
「なんで……なんで……」
握りしめた拳が震える。
「私は何も悪いことしてないのに……」
婚約者の、いや元婚約者のエドワードの顔が浮かぶ。
全部、嘘だったのか。
彼のもとに嫁ぐために幼少より厳しい花嫁修業にも耐えてきたというのに。
彼のために純潔を守ろうとした結果がこれではあまりに報われない。
「ひどい……こんなのあんまりだ……」
涙で視界が歪む。
しばらく泣いていると、ノックの音がした。
「お嬢様、お荷物をまとめませんと」
侍女の声。
シャルロットは涙を拭った。立ち上がる。
「……わかったわ」
侍女が入ってくる。箱を持っている。
「それは?」
「嫁入りに必要なものです」
箱を開ける。
中身は淫靡なレースの装飾の施されたネグリジェだった。
シャルロットは息を呑む。
「これ……は……」
「夜伽の際にお召しになるものです」
侍女はシャルから目をそらした。
シャルロットはすごい顔で侍女を見つめた後
自分自身も箱から目を逸らしたのだった。
窓の外からきらびやかな王都の街並みが見えた。
(明日には、もう見られない……)
「お嬢様?」
「……荷造りをおねがい」
それだけ言って、シャルロットはベッドに座り込んだ。
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