第4話コウ様降臨、そして真実
俺はすぐにケルビムバスへ逃げ込んだ。
サラのことを疑っているわけじゃない、ただ、どうしようもない言葉に耐えきれなくて逃げだしてしまった。
今だけは、一人になりたかった。
コツンと、角がバスのガラスに当たる。
白い西洋建築の街並みと、夕日を反射するビル。
手が届きそうなほど近い雲に突撃し、視界は一気に暗くなる。
「なんで来たッ?!」
──声。
サラの悲鳴。
サラがバスの後ろで騒いでいる。
ああやっぱり逃げても無駄だった。
サラはなんでもできるんだろうなと直感で思ったけど、まさか瞬間移動までできるなんて、クソ。
「今日撮影あったよね?!」
「終わらせた!」
「明日にしようよ!」
「見せつけてやんねぇとダメだろ!」
「何が?!」
知らない男の声と揉めている。
なにごとかと立ち上がりサラへ目を向ければ。
知らない白い男が、声高らかに俺に指を指す。
「いいかクソガキ!」
くそがき?
「サラはこの俺“コウ様”が愛する、唯一の存在!」
何を言っているんだこの男は。
待て。
今コイツ、初対面になんて言った?
「手を出したら殺すッッ!!」
「出さないから安心してよ“おじいちゃん”」
「アッこの!」
コウと名乗った男は、サラを見ながら「言いやがったこのガキ!」と騒ぎ続ける。
肝心のサラは。
額に指を添え、眉間にシワを寄せながら。
静かに、苦悶の表情を浮かべていた。
カトラリーが重なる音。
談笑の声。
彼の名は、コウ。
チョコレートパフェの天辺をスプーンで掬う、顔の整った白髪の男。
長い前髪で右目を隠し、整えられた癖毛が揺れる。
黒い目は闇夜のように深く、鏡のように世界を反射していた。
そんな見目麗しい長所が霞むほど。
コウはとにかく傲慢だった。
「この俺を差し置いてサラとデートなんて、三千億年早いわ出直せクソガキがよ」
コウはスプーンをセイへ向け、つらつらと言葉を並べていく。
無視してハンバーグを頬張る。
「聞いてんのか俺の話を! 出会って早々頭を垂れないわ敬意を示さないわ、信仰心の欠片もねぇ!」
隣のサラを見た。
「このヒトと知り合いなの、大変だね」
「おいゴラ全部聞こえてんだよ」
サラは首を横に振った。
「そんなことはないよ。ただ、明日とか明後日に紹介したかったなぁ、って」
それほど扱いにくいと。
サラのオブラートまみれな言葉に、コウはふふんと鼻をならす。
「光栄に思え。仕事切り上げて来てやったことを」
コイツはどうやったら黙るかな?
「わかったからパフェ食べなよ」
「ちょっと男子ィ? 丁寧に扱ってくれ?」
ハンバーグを見ながら、ピクリと眉が動く。
心の中で何かが弾けた。
怒りのような、邪魔をされたような、味わいたくない感情。
思わず、反応を返してしまう。
「“この世”で一番嫌いお前みたいなヤツ」
これが、ゴングが鳴り響く合図だった。
「はぁ?! 俺はお前を助けようとしてんだぞこの生意気な!」
「頭ハゲてんぞしらが」
「色素が薄いだけだ!」
騒ぐ二人の横で。
サラは何かを探すように、“念入りに”何度も辺りを見渡していた。
赤い目はいつにも増して冷たく、喧騒の中でひっそりと何かを睨み付けている。
サラが手を上げ、店員を呼ぶ。
「すみませーん!」
天使の店員は、丁度サラたちの机を通りかかろうとしていた。
店員は注文を受け付ける。
「コーンスープと」
サラから突然聞かれた。
「コーヒーおかわりいる?」
「いる。そんな偉いならお前はなんなんだよ社長か首相かそれともコウ様か?!」
「神だ崇めろ!」
「うそくさ!」
サラは店員へ注文を続ける。
「あとコーヒー二つお願いします、以上で」
「かしこまりました」
店員は軽く頭を下げ仕事を続ける。
サラは再び窓奥を見た。
サラは最後の三口を急いで食べ終えると、懐から財布を取り出す。
「俺ちょっと行ってくるから、二人で楽しんできて」
「は?」
「え?」
コウのセイの争いは、サラの一言で終幕を向かえた。
サラは紙幣を置いて立ち上がった。
「コウちゃん、見られてる気がするから、俺捕まえてくる」
一瞬、サラが何を言っているのか理解できなかった。
見られてる? 何から? 誰から?
思わず辺りを見渡したが、ファミレスの客たちは何事ともなく談笑を続けていた。
コウはサラの表情を見て、なにかを確信している。
「何かあったら連絡して」
「はいよ」
「ごめんねセイちゃん、三十分ぐらい待ってて」
「わ、かった」
サラは襟袖に腕をいれ、ファミレスの出口へ向かった。
静まり返る、二人だけの机。
環境音が、より沈黙を引き立たせる。
互いに目を合わせるしかなかった二人は、静かに、食事の手を動かす。
食べ物の味が、消え去った。
無言でハンバーグを口にいれる。
まずい。いや食べ物が、じゃなくて、空気がまずい。だって初対面だし趣味も性格もよく知らないし、そもそも、この人はサラとどういう関係なんだろう。
沈黙はコウが破った。
「なぁ、サラは優しいよな?」
突然なんだ。
けれど、その質問には。
「まぁ、うん」
コウの言う通り、優しいよ。
フォークを容器に置く。
コウもパフェのスプーンを止めた。
「サラには敬意を払えているんだな。当然か、この俺が惚れるぐらいの存在だもんな」
ふふんと、コウはどこか誇らしそうに、嬉しそうに続ける。
「惚れてもいいが、サラは俺ですら手を出せないんだから、諦めろよ?」
「惚れないよ。安心して」
コウの言葉に、なぜだか落ち着きを取り戻してしまう。
ただの傲慢なヤツは嫌いだけど。
大切なヒトがいる傲慢なヤツは、何故だろう、好ましく思える。
「二十九人の死者の内訳を聞きたいか?」
どこからか漂う肉のにおいだけが、二人の間で流れていた。
突然殴り付けるように現れた話題に、届いたコーヒーにも気づかずコウを見続ける。
コウは店員天使に感謝してから、黒い目をニヤリと向けてきた。
「サラは優しいからなんも言わねぇけど、俺は隠さない。けどなぁ、望まないのに差し出したって食えるもんも食えないからなぁ?」
コウの言葉は、俺からの「教えて」を待っていた。
遊ばれている。わかっている。
けれど、サラじゃ絶対話してくれないことを、この男は知っている。
「教えて」
「お前は両親からそう教わったのか?」
「教えてください」
「いいだろう」
やっぱお前嫌い。
コウは笑いながら教えてくれた。
最悪で絶望的な忘れた事実を。
「セイ・カボルト、お前が能力を暴発させたのは学校の教室だ。お前のクラスは、お前を除いて何人?」
「二十八人」
「あと一人はだ~れだ?」
あと一人、俺は誰を殺した。
待て。ここまで来ると逆に怪しくないか?
俺がいつ、どこで、力を暴走したかなんて誰だって予想できるんじゃない? だって俺は小学生だから。
かといって、本当の事実を知っているのは今のところサラだけで。
ああもうこんっのしらがが。
やっぱり俺で遊んだな?
「そうだ、これ届けに来たんだった」
コウは机上に《銀の鍵》を置き、差し出す。
骨董品のような装飾と新品の輝き。
「持っとけ。ここでの身分証は鍵で完結する」
「なんの鍵?」
手を伸ばして鍵を取る。
持ち上げると予想以上の重さに軸がずれ、危うく落としてしまうところだった。
「それはサラのスペアキーだ。いざとなったらお前を守ってくれる」
この《銀の鍵》はサラのか。
「わかった、大事にする」
コウはパフェのアイスをすくい、頬をあげた。
「無くしたら、一億払って貰おうか」
コウの悪戯っ子な笑顔に、眉間にシワを寄せ尻尾でソファを叩く。
こいつは話してくれたけど、結局サラに聞かなきゃなんもわからないじゃん。
早くサラ帰ってこないかな。
次回11月5日21時33分
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