第10話

 ゆっくりと目を開くと、降りしきる桜の花びらが見えた。

 小さな公園の隅。塗装の剥がれた古いベンチに背中を預けて、眠っていた青年はぼんやりとした表情で晴れた空を仰いだ。

 春のこと。

 うららかな陽気に誘われてうたた寝をしていたことに気が付き、彼は困った顔で一人、笑った。幸い、無防備な寝顔を見た人間はいないようだった。

 それにしても、妙な夢を見たものだと思う。

 知らない街の、知らない人間の、叶わぬ恋の夢。

 いつか、どこかへ行こう。

 果たされなかった約束が、妙に悲しい。そんな夢。

 青年は小さくため息をつくと、静かに伸びをする。腕時計の針が、約束の時間が近付いたことをさりげなく知らせていた。

 もうすぐ、待ち人が来る。

 どこかへ。行ったことのないどこかへ、一緒に行こうか。

 少し気取った足取りで現れるだろう彼女への言葉を想像して、青年は一人、満足そうに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

優しさの百分率 瀧田悠真 @aoisakana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ