ファンタジー短編集

月乃詩

素敵なしっぽ![ほのぼの]

「今日の目玉はマンドラゴラの球根!球根だよ!」「大安売りー!」「今横から取ったろう」「なんだと!やんのか!」


慌ただしい人々の声。決して治安がいいとはいえない街のバザールを、赤毛の猫は露店の屋根から見ていた。


伸びをして、歩き出したこの猫の正体は、ケット・シー。二本足で立って歩けるし魔法も使える不思議な猫だ。こう見えて、偉大な魔女の相棒である。


「いいかい、クリム。西側のバザールの裏側に、盗賊団のアジトがある。偵察してきておくれ」


そんな司令を受けてここにやってきた。


(主はとっても忙しいから、僕が頑張らなくちゃ!…あれ?いい匂い)


焼いた肉の匂いがクリムは大好きだった。たまらず匂いの元へと駆けていく。


「おや、仔猫ちゃん。お腹が空いたのかい?」

『にゃーん』


この街は野良猫がたくさんいる。街の人たちは猫たちと共存しており、クリムにいつでも優しかった。この露店のおばちゃんも例外ではない。


「素敵なしっぽね。飼い猫かしら」


クリムのしっぽには真っ赤なリボンが結ばれている。主にもらった自慢のリボンだ。おばちゃんはその後も褒めてはくれるけれどお肉をくれない。クリムは悲しかった。


「ダメよダメダメ!商品なんだから…」

『にゃあん?』


クリムが首を傾げておばちゃんを見上げると、おばちゃんは「んもう!なんて可愛いの!」などと悶えながら、わざわざ肉を新しく焼いてくれた。


(焼かなくてもいいのに…)


猫舌のクリムはそう思ったが、香ばしい炭火の香りには耐えられず、肉の外側を舐めながら冷めるのを待ち、ハグハグと散らかしてそれを平らげるのだった。


お腹が満たされたクリムは、バザールの屋根や通りを縦断している洗濯物の縄、建物のパイプを伝ってバザールをパトロールして回った。


途中で出会った黒猫の美しさには参った。思わずデートに誘ったが、あえなく振られてしまった。諦めて彼女に盗賊のアジトについて知らないか尋ねてみると、


『とうぞくってなに?

…汗とお酒くさい人間の集まり?

ふうん。それなら向こうでよく見るわ』


クリムがそこへ向かうと確かに、通りには強いお酒の匂いが充満していた。クリムの鋭敏な鼻は痛むほどだったが、主のためにと踏ん張ってあちこち匂いを嗅ぎながら進んでいると、ついに匂いの元になっている扉に辿り着いた。


扉をカリカリしてみるが、反応はない。


(どんな人間も扉をカリカリすれば開けてくれるのに…)


クリムはショックを受けた。あたりには人気がなく、誰も頼れそうにない。


他に入口はないかとあちこち探し回ってようやく、使われていない換気口を見つけた。随分と小さいが、何とか入れそうだ。


『フギャッ』


しかし、飛び込んだ途端、足を滑らせて向こう側へ落ちてしまった。毛繕いをして気を落ち着けつつ、クリムは辺りを窺う。


換気口は天井の梁の上方に繋がっていたようで、クリムがいたのはその梁の上だった。眼下ではやんややんやと、たくさんの人間が酒盛りをしている。


クリムはそれを観察しながら、壁に刺さったままになっている武器、よく分からないオブジェ、盗品らしき高そうな調度品などを渡って、人の目を避けながらアジトの奥へ進もうとした。


(これは隠密任務。見つからないように…)


しかし、次に足場にしたよく分からないロープがまずかった。クリムは知る由もないが、それは侵入者に気付くための鳴子だったのだ。


ガランガランと大きな音が鳴ってしまい、クリムは飛び上がってパニックになった。


「おい、なんだ!?」

「敵襲!敵襲……」


すぐに見張りが走ってきたが、鳴子のロープに雁字搦めになっているクリムを見つけると、見張りたちは大笑いした。


「こりゃ傑作だ!可愛い侵入者がいたもんだ」

「なんだ、迷い込んだのか?」

「どうした?何があった?」


見つかってしまったものの、鳴子に引っかかった姿が滑稽すぎたせいか、クリムがスパイだと疑う者はいなかった。

それどころか抱き抱えられ、盗賊頭にも見せようと奥へ運ばれる流れになった。


(…!!…作戦通り!!)


盗賊頭の顔と名前もミッションだったので、クリムは喜んで運ばれた。盗賊頭は若い女で、クリムのことを大層気に入って津々浦々のおやつを差し出してきた。


(煮干し!ジャーキー!お魚!…またたびも!)


クリムは大はしゃぎで煮干しに飛びつき、ジャーキーをかじり、マタタビに酔って、ひとしきりおやつを堪能した。


その後――任務中だというのに居眠りまでキメていたクリムだが、バタバタと人が動く気配がしてようやく顔を上げた。


「じゃあな、仔猫ちゃん」

「え~連れていきましょうよ~!」

「馬鹿言え、仕事だ仕事」


そんな声がして、バタンという音を最後に盗賊たちはアジトを出ていってしまう。

クラムはパンパンになったお腹をプルプル揺らして扉の方へ歩いたが、アジトは誰もいないし、扉は閉められてしまっていた。


入ってきた場所に戻ろう――

そう思い直して、クリムは最初の部屋に向かった。


ついさっき通った道を辿って、ぴょんと跳ねて近くの棚の上に――


届かない。


お腹いっぱい食べた今のクリムに、ジャンプ力は皆無だった。


何とか飛びついて、爪をひっかけ物をひっくり返しながら梁の上まで辿り着いたが、今度は通気口でお腹が引っかかってしまった。


(――どうしよう!!!!)


右に左に後ろに、どの方向にもお腹が抜けない。そもそも梁の上まで登るだけでクリムは疲れきっていて、もう力が出なかった。


(あ、主はここを見つけられないかも…!!こ、このまま忘れ去られたらどうしよう!!!)


絶体絶命のピンチだ。とうとうクリムは泣き出してしまった。


(わーーーん!!誰か助けてよー!!)


ナーーーーーーオ!!

ナーーーオ!!!

ナーーオ………


【魔女の部屋】


魔女が帰宅すると、部屋はしんと静まり返っていた。


灯りをつけてみたところ、部屋の真ん中で使いの猫――クリムがお腹を丸出しにして眠っている。


隠し戸棚から引っ張りだした、お菓子の残骸をベッドにして。


「おい、クリム!!!!!」

『フギャッ』


飛び起きたクリムは、驚きとさっきまで見ていた夢の悲しみとでごっちゃになって錯乱し、その場でひっくり返った。


「何をしている?留守を頼んでいたはずだが」


魔女は眉を吊り上げてクリムを見た。

そのあたりでようやく、クリムは盗賊アジトの任務が夢だったことに気づいた。眠りこける前、隠し戸棚からおやつを引っ張り出して食い荒らしたことも。


『ぼ、僕はむ、無実だよ?泥棒がやったんだ。家を僕が守ったんだから』


苦しい言い訳を並べつつ毛繕いをして誤魔化すクロムに、魔女は呆れて言った。


「そのしっぽにこびりついたお菓子の欠片はどうした?」


―――…素敵なしっぽでしょ!


クリムは可愛く鳴いて誤魔化すのだった。

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