運動会ってヤクザの抗争みたいになるよね?

ぴよぴよ

第1話 運動会ってヤクザの抗争みたいになるよね?


今日、運動だった。と言っても、私が学生なわけではなく、教師として参加した。今の運動会は熱中症の注意喚起が頻繁に行われ、教師は、水を飲め飲めと全力で水を子どもに勧めていく。昔はそんなことはなかった。

根性で何事も乗り切れと言われ、無茶なこともたくさんさせられた。

そんな昔の思い出をここで語りたいと思う。



私の一番古い運動会の記憶は、幼稚園の年長の頃である。連日運動会の練習が行われ、年長として活躍しないとな・・と私も闘志を燃やしていた。

運動は好きではないものの、嫌いではない。

しかし私にはどうしても一つだけ参加を渋る競技があった。


当時、幼稚園の先生たちが競技として考えた、障害物競争である。

なかなか面白い競技で、網をくぐったり、跳び箱を飛んだりするコースがある。

そんなコースの最初にカマボコの札が置いてあったのだ。

札をめくると、そこにはアンパンマンのキャラクターの絵が描いてある。

子供達はカマボコの先に置いてあるアンパンマンたちのコスプレを着て、ゴールを目指すというものだった。

私は絶対にバイキンマンを引きたいと思っていた。それか悪くてもアンパンマンかなと考えていた。


私は食パンマンを異様に憎んでいたのである。アニメに出てきたら、その場から離脱するくらいには嫌いだった。あのナルシストっぽいところが苦手だったのだろう。

当時5歳の私にとってナルシストは敵だったのだ。

競技で食パンマンなんて引いた日にはおしまいである。全てを放棄して逃げようと計画を立てるほどだった。

食パンマンを引いたらどうしよう。ナルシストの格好をしながら網をくぐって走り抜けないといけないなんて、そんな醜態晒してたまるか。

私は食パンマンになるくらいなら、死を選ぶ。


そんな人生の悩みをおやつの時間に一番の友人に相談した。

友人は「僕もアンパンマンがいいな。アンパンマン当たるといいね」と言ってくれた。

その後の工作の時間も、運動会の練習の時間もずっと競技のことを考えていた。

食パンマンを引きませんようにと神に祈るほどだった。


数日が経過し、とうとう幼稚園最後の運動会が始まった。

足は速くなかった私だが、全力で競技に挑んだ。年長さんとして格好いい姿を見せなければと本気で思っていた。そうこうしているうちに、障害物競走が始まる時間になった。


アンパンマンのテーマが流れ、いよいよ入場だ。

(神様・・!)

私は本気で祈った。頼むから食パンマンだけはやめてくれ。あの四角い顔も言動も、全て鼻につくあのキザな男にだけはなりたくない!


自分の番になり、走り出した。最初に札が出てくる。思いきって札をめくった。


食パンマンだった。


幼稚園の先生が綺麗に描いた食パンマンが、私の手の中で微笑んでいる。その笑みはドキンちゃんに向けるものだろう。なんて憎たらしいんだ。許さん、許さんぞ、食パンマン・・・!

私はショックのあまりフリーズした。幼稚園生だからだろうか。年齢がそうさせるかはわからない。あまりの衝撃と怒りと絶望。これまでの短い人生で味わったことのない辛さ、やるせなさ。様々な感情が渦巻いて、私は札を持ったまま立ち尽くした。

ああ、神よ。何故食パンなのですか。


「どうしたのかな?がんばって〜!先生がゴールで待ってるよ!」

放送の声がする。誰にも今の私の気持ちはわかるまい。大好きなおやつの時間も、お絵描きの時間も、悩み抜いた私の気持ちなど。

「何してるの!!早く着なさい!」

コース外から母の声がする。がんばれーと年下の子供達も私を応援し始めた。

お前らに何がわかる?私が如何に食パンマンを憎んでいるか、お前ら青二才にわかるはずもない。

結局逃げることもできず、私は食パンマンのコスプレをして走り出した。一緒に走っていた子供達は既にゴールに着いており、みんな私を待っている。


屈辱だった。嫌いな男の格好をして走らなければならないなんて。

誰も私を見るな。応援するな。


何とかゴールに辿り着くと、私は食パンマンの衣装を脱ぎ捨てた。

親からは「何故すぐに衣装を着なかったのか」と長々と聞かれたが、答えなかった。

アニメのキャクターが憎くて着れなかった、なんて言えなかった。いくら5歳でも、それがどれほど馬鹿らしいことかわかっていたからだ。

今は食パンマンのことは嫌いではないし、いいキャラクターだと思う。何故あそこまで彼を嫌っていたかわからない。



小学校に入り、また運動会の季節がやってきた。うちの小学校はマンモス校で、かなり大規模な運動会が行われていた。約700人の児童が参加する大運動会だ。

赤組、青組、黄色組、白組で分けられていた。

いつもは仲の良いクラスメイトも、組がわかれると敵になる。運動会の話になると、

「絶対にうちが勝つからね」と睨み合いになるのだ。

それぞれの組で団体競技に勝つための作戦も練られていた。綱引きのコツや、大玉転がしのコツなど、6年生が下級生に伝授していった。門外不出の教えである。けして広めてはいけない。

うっかり給食の時間などに喋ろうものなら、組を裏切ったとして袋叩きに合う。

まるでヤクザの世界のようだった。

たかが運動会にそこまで本気になるのはどうだろう。先生たちの考える「みんな楽しく、最後まで笑顔に」なんてそんな生ぬるい世界ではなかったのである。


団体競技と同じくらい、応援合戦にも力が込められていた。

6年生の親玉の元、厳しい練習が行われる。応援合戦は点数には入らないものの、応援合戦の賞というものがあり、どの組もそいつを狙ってシノギを削っていた。

応援団長など、神のように讃えられていた。

団長が「もっと大きな声を出して!」と言えば、どの学年もみんな言うことを聞く。

カシラの言うことは絶対だった。1年生などは特にカシラを尊敬しており、カシラと喋ったことのある子が、クラスのヒーローになる程だった。

5年生くらいになると、年が近いからやや馴れ馴れしくなるものの、それでもカシラに反逆するものなど、一人もいなかった。


さあそんな感じでスタートした運動会。凄まじい戦いの幕が開いた。

みんなピリピリしているのが伝わってくる。旗は激しく振られ、太鼓の音は鳴り響き、

「行け!!抜け!!」と大声が飛び交う戦場である。

そんな中、事件が起こった。


それは運動会中盤の応援合戦の時だった。この時、初めて他の組の応援を見ることになるのだ。いつもの運動会練習の時は、別々で練習をしているので、これが初見である。

当時1年生だった私は、赤組だったので、一番最初に終わっていた。

事件は白組の応援の時に起こった。


白組の応援団が赤、青、黄色の旗を持って登場したのである。

そしてその旗を


ビリビリと破り出したではないか。


「赤組ビリっ!青組ビリっ!黄色組もビリっ!わああああ!」と叫び出した。

白組の子どもたちもみんな「わあああ」と叫んでいる。


とても許容できる光景ではなかった。超えては行けないラインというものが、この世には存在する。なんて野蛮なんだと思った。今だと絶対にアウトな表現だが、当時は先生も許したのだろう。

我々の前に座っている応援リーダーたちは、みんな背中から殺気を放っていた。

「は?」と小学生らしい疑問の声が、聞こえてくる。青組も黄色組も、空気が変わった。

白組、お前らを生かしておくわけにはいかない。

とてつもない禍々しいオーラが、運動場に広がっていく。


応援合戦が終わった後、赤組と青組、そして黄色組の精鋭が集まった。どの子も足の速い、運動会のエースである。私は野次馬としてその集会を覗いた。

「許せないな、白組」

1年生の赤組のエースが口を開く。

運動会の点数は、定期的に得点板というものに表示されるのだが、みんなそれを睨んでいた。今のところ、白組は3位である。

「白組潰すぞ!!」

誰かが叫んだ。今、敵同士だった3組が手を組んだ。白組よ、震えて眠るがいい。

仁義破りはここで潰す。


他の学年が集会を開いていたかは、わからないが、「白組のあの応援合戦は酷い」

「白組、許せない」という声があちこちから聞こえてきた。

白組たちは「わしらの応援になんか文句でもあんのか」(意訳)などと言っていたが、他の3組に睨まれて、若干萎縮していたように思う。

最下位の黄色組は特に闘志を燃やしていた。白組に何としても勝たなくてはならない。

「必ず勝てよ」

私は黄色組にいる友人にエールを送りにいった。


赤組と青組は黄色組を全力で応援した。「なんで他の組が黄色を応援してやがる!?」と白組から抗議の声が聞こえたが、そんなの仕方ないだろう。

我々の怒りの炎に火をつけたのはそちらなのだから。きっちり焼きつくさせてもらう。

さあ、我々の怒りを思い知るがいい。


「頑張れ、黄色!!」運動場が黄色を応援する声で包まれていく。必ず倒すと約束したのだ。やりきれよ、黄色組。


我々の応援の甲斐があって、黄色組はその後、凄まじい勢いで白組を抜き、3位になった。その年の優勝は青組だった。

運動会の閉会式では、みんな涙を流していた。青の勢いには勝てなかった。

最後、赤組の団員で集まったのだが、団長は泣きながら「みんなを優勝に連れて行けなかった・・」と言った。「団長のせいじゃない」とみんなも泣いた。

1年生たちの号泣っぷりは凄かった。彼らも遊びではない本気の勝負事を経験しながら、年を重ねていくのだ。その涙は何よりも美しい。


白組だった者たちは、運動会が終わってからもしばらく「お前白組だったらしいな」警察に狙われていた。今思うと気の毒なことだが、それでもあの応援は許せん。




大人になり、もう運動会とは縁がないと思っていたが、今はこうして運営側に回っている。今の小学生はどうなのかと聞かれれば、彼らは一生懸命青春しているよと伝えたい。

我々ほど過激ではないが、どの組も全力で戦っていた。なかなかいい運動会だった。


あの頃に戻ってまた運動会に参加したいかと聞かれたら、それはなしで。

私は足がかなり遅かったのだ。「白組潰すぞ」とか「必ず勝てよ」などと偉そうなことを言っておきながら、当時の私はビリだった。

だから、もう走りたくない。

運動会で活躍するのは、今の子供達でいいだろう。

私は後方で、腕組みでもしながら彼らの活躍を目に焼き付けることにする。






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