第9話 白骨物語
「
私、
「ごめんなさい。ちょっと感動しちゃって」
辛酉さん、
「そうでしたか。
話は、ここから大ドラマになるんですよ。
ところが、午未の同級生の一人が、その後午未が入ることとなる外科医局の教授にご注進したのです。午未が人気の
なんとか教授に就任して、やっと
京都の医局にいる限りは幸せな家庭生活を
雪子の実家は、大きな農家でしたから、その敷地に離れを作り、約三年ほどはとても幸せに暮らしたということです。
ところが一人息子が秋田に行き、孫の顔も見られなくなった吾平が、騒ぎを起こします。
お隣の富屋のお母さんの富乃さんが病気で倒れ、置屋を廃業すると言い出したのを聞きつけて、吾平が雪子さんに継がせればいいじゃないか、と言い出したのです。
富乃さんもその気になり雪子さんに連絡します。恩義のある身で無下にもできず、孫の
その年は、ちょうど秋に東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開かれた年でした。桔平は翌年春に立誠小学校に入学し、夏には母親と一緒に新幹線で東京、そこから奥羽本線経由で横手に行き、二週間ほど家族水入らずの生活をしたとのことです。お正月も同じように、横手を訪ね雪国生活を満喫し、京都に帰ってからもそり遊びやスキーの話を楽しそうに吾平に話していたそうです。
そして事件が起きるのが、その翌年、昭和41年の夏、桔平小学校二年の夏休みです。
ちょうどその頃、失踪した松乃が富屋に帰ってきて、体調の優れない母親の富乃に、この富屋を娘の私が継ぎたいと言い出しました。富乃は何を今更と相手にしませんでしたが、雪子は子育てと家庭に専念したいとの思いもあり、富乃に置屋のお母さんの席を松乃に譲ってもいいと言い出したのです。それやこれやで
午未は病院が忙しく、雪子の両親に桔平を任せていましたので、横手の祖父母は、桔平を
そしてある日、午未のところに京都の吾平から連絡が入ります。雪子がいなくなった、そちらに行っていないか、との電話です。
京都でも横手でも雪子探しが始まりました。しかし、雪子は失踪したまま行方不明。
ただ、横手駅で美人の三十代の御婦人がタクシーに乗り、大森の保呂羽山近くまで行った、という証言から保呂羽山周辺の捜索も行われたという記録が横手警察署に残っています。
午未が何を考え何を思っていたかはわかりませんが、その後、午未は桔平の子育てを完全に京都の吾平に任せて、七年後には普通失踪の手続きをして雪子の葬儀を行いました。そして、再婚することもなく、雪子の両親が亡くなるまで、雪子の実家の離れで暮らしていたんです。
その後、桔平は祖父吾平の養子となり、漆職人として立身漆器店のあとを継ぎ、現在、京都伝統工芸大学校の教授をしています。
桔平は吾平を父と呼び、実の父親の午未や母親の雪子の話は一切しませんし、横手の話もしません。
午未が亡くなったあと、私が遺体を引き取り、横手で火葬して遺灰を持ち帰り、京都で家族葬をしましたが、その際も父桔平からは一言もありませんでした。父にとっては何もなかったことにしたい、つらい過去なんです。
昨年秋に、横手警察署から京都の我が家に電話連絡がありました。秋田の豪雨で保呂羽山に行く道路の路肩が崩れ、九月から本格的な復旧工事が始まったのですが、その工事の最中に白骨遺体が見つかったとの連絡でした。それが五十八年前に、京都警察に出された失踪届で、横手警察が捜索協力をした記録が残る、雪子の可能性があるとの連絡でした。
丸ごと一体の白骨が見つかったのですが、死後五十年以上経過し、DNA鑑定も試みてはいるが簡単ではないとのことでした。親族の協力が必要とのことで、父と私のサンプルを提出いたしました。
それが先程、警察署長の恵比寿屋さんによると、白骨に残っていた奥歯、親知らずからやっとDNAが採取できて、ほぼ雪子と推定されとの報告でした。これから私は一旦京都に戻り、父にも報告して、その後、横手警察署に遺骨を引き取りに参ります。京都で午未と一緒のお墓に埋葬したいと思っております。
いやあ、この美味しいお酒のせいで、先程恵比須屋さんから仕入れたばかりの重大ニュースまで付け加えて、雪乃物語をすっかり話してしまいましたね。
もう二時四十分ですか。タクシーをお願いします。急がなきゃ、大曲の新幹線に間に合いません」
三々五々に帰るお別れの会の参加者のために、出口の車回しにタクシーが停まっていた。よかった。
私と喜太郎で、辛酉さんをタクシーまで見送った。
グルっと酔いが回る。頭の中で、ピアソラのリベルタンゴが鳴り響く。大きな白衣姿の白骨と、着物姿の細い白骨が、手を取り合い、体を寄せて、顔は互いにそっぽを向いてタンゴを踊り始めた。カッカッカッカーカチャカチャッカー、とリズミカルに骨がぶつかる音がする。
私も、ダンスを踊る相手が欲しい。
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