第2話 逃げ場なし

「こちらが綾子あやこさんだ。それで、こっちがお前の妹になる澪ちゃんだ。仲良くするんだぞ~?」

「う、うん……」


 リビングの机を囲むようにして向かい合いながら父さんからの紹介を聞いていた。

 その間もずっと黒咲澪は俺のことを見ながらニコニコと笑顔を見せている。

 本当は今すぐにでもどうしてこうなったのか聞きたいところだけど、父さんが嬉しそうに紹介しているから、雰囲気を壊すような発言はしたくないんだよね。


(どうしたものか……)


 父さんからの紹介を聞いた後に俺の自己紹介をしてから挨拶は終えた。


「これから住む家になるので、色々見て回ってもいいですか?」


 黒咲澪は目をキラキラと輝かせながら、父さんにそんなことを尋ねた。


「もちろんだとも! それじゃ、春斗、案内してあげなさい」

「え、俺!?」

「他に誰がいるんだ」

「わ、分かった……」


 父さんは綾子さんと話をするようで、俺が家の中を案内することになった。

 俺、大丈夫だろうか。

 父さんたちの目が届かない場所に移動した瞬間に何かされるんじゃないだろうか。


「ここがキッチンで……そこがトイレ……」


 ぎこちない紹介にはなってしまったがどんどん紹介していった。

 そして、一階の紹介を終え、二階へ向かうために階段を上ろうとしたとき、頭の中によぎる。


 一階は父さんたちがいるから大丈夫だったけど、二階は父さんたちの目も届かない。


 不安を抱えながらも、そのまま二階へと移動した。


「別にここは紹介しなくてもいいと思うけど、一応、俺の部屋……です……」

「おぉ~!」


 先ほどまでは案内していてもただ頷いているだけだったが、俺の部屋に入ってから明らかに反応が大きくなっている。

 偶然……だよな……?


「それじゃ、次の部屋……」

「待って」

「……っ!」


 次の部屋へと移動しようとしたのだが、服のすそを強く引っ張られた。

 思わず体勢を崩して転んでしまいそうになったが、なんとか耐えた。


「もう少し、この部屋を見てもいい?」

「いいけど、面白いものなんて何もないよ……?」

「それでもいいの。ずっとこの部屋に入るのを夢見てたんだから……ふ……ふふっ……」


 今、とんでもない発言を聞いた気がする。

 ずっと俺の部屋に入るのを夢見てた……?

 それに、嬉しそうに笑ってるし。


 たしかに、ほぼ毎日外から俺の部屋見つめてたし、入りたいと思っていたのも納得できる……か?

 よく考えてみたら、今の状況、相当ヤバいな。


 自分のストーカーが義妹になることになって、俺の部屋に二人でいるって。

 あれ、今の俺ってどこにも逃げることが出来なかったりする?


『早く手を打たないと手遅れになるぞ』


 友達の言葉を思い出した。

 たしかに、早めに手を打つべきだったのかもな、と今となってはそう思う。

 だけど、ごめん。もう手遅れのようだ。


「…………」


 黒咲澪は俺の部屋の中を隅から隅まで見ていく。

 俺の幼少期のアルバムを見てニヤニヤしてたり、ただの学校で使っているノートの中を覗いて、「可愛い字♡」と俺の書いた字まで褒めだしていた。

 俺は何も言わずにただ、見守ることしかできない。


「ん?」


 突然、黒咲澪の顔から笑顔が消えた。

 心なしか目の奥の光まで消えたような……。


「どうかした……の……?」


 恐る恐る聞いてみた。

 すると、ゆっくりとこちらを振り返る。

 右手には一枚のプリクラ写真。


 高校一年のときに友達と一緒に撮ったやつだ。

 その中には女子もいるんだよな……。


「これ、なに?」


 ここは言い訳で逃げるか?

 でも、その言い訳が通じなかったら俺は殺されるんじゃないだろうか。

 ここは言い訳や嘘で逃げれる場面じゃなさそうだ。


 俺は覚悟を決め、ただ真実のみ伝える。


「プリクラだよ」

「それは分かってるよ。なんで女の子もいるの?」

「友達とゲーセンに遊びに行ったときに偶然居合わせて一緒に撮ることになっただけ……だよ」

「ふぅん……」


 俺から説明を聞いた黒咲澪はプリクラ写真を机の上に置いた。


(良かった。納得してくれたみたいだ)


 そう思ったのもつか

 俺はベッドの上に押し倒された。

 両腕を押さえつけられる。


 突然の出来事に頭が混乱してしまう。

 この体勢だと相手が小柄な女子とは言っても、なかなか身動きが取れない。俺が非力だからでもあるんだけど。


「急に何するんだよっ」

「春斗くんが悪いんだよ? 私がいるのに他の女と楽しそうにするから」

「あの時はまだ話したことも無かっただろ」

「関係ないよ。話したことなくても私のことを一番に考えてよ。他の女と話さないでよ」


 あの時は黒咲澪と同じクラスでもなかった。

 それなのに、一番に考えてとか無理過ぎるでしょ!


(ヤバいな、これ)


 黒咲澪の俺の腕を掴む力が段々と強くなってくる。

 少しだけ痛い。

 この後どうなるのか分からないから、怖くて震えてしまいそうだ。


「おーい、もう部屋は見終わったか~?」


 階段を上ってくる音と共に、父さんの声が聞こえてくる。

 そのお陰で、黒咲澪は俺の上からどいてくれた。


「……た、助かった」

「許すのは今回だけだからね」

「…………はい」


 どうやら今回は許してもらえたらしい。

 机の上のプリクラを何故かポケットに入れたのを見てしまったけど、ここは何も言わないのが賢明か。


 



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