影絵

影森 蒼

影絵

 私は誰もいない劇場で一人、映画を観ている。

 どうしようも無く醜悪な内容。

 家が燃えても、家族が死んでも、主人公の表情は何一つ変わらない。

 さらに、時代にそぐわず映像がモノクロで映し出されている。

 ただ、手首から滴る物だけ赤黒く、異様に鮮明に描写されていた。

 おそらく、この映画の監督は絶望的な想像力をしているのだろう。

 どのような人生を送ればこんなに感情の入らない物語を作れるのだろうか。

 まして、唯一色が灯る瞬間が自傷など論外である。

 きっと心が死んでいるのだ。

 それでもこの映画には得も言われぬ既視感があった。

 そして、映画はラストを迎える。

 今まで心の無かった主人公が縄に手をかけたのだ。

 今にもその命を投げそうかという時、主人公は私の目を睨みつけた。


 

「いつまで傍観者でいるつもり?」


 

「これこそ、君が描いた脚本。理不尽を全て受け入れるだけの人生。つまらなかった。君は何もしなかった。君は自分の心を見て見ぬふりをした。君は間違えた。君は失敗した。君は正しく無い。君は..君は...君は...君は自ら死を受け入れた」

 

 違う、私はそんなんじゃ無い。

愛されたかった。守って欲しかった。怒りたかった。泣きたかった。助けて欲しかった。

 私の感情という名のフィルムが急速に焼き付けられるのを感じる。

 けれど、フィルムに刻まれたものを映し出す投影機は持ち合わせてはいなかった。

 この映画の演出責任は全て私にあるのだ。

 監督でもあり主演である私がこの様では良い映画になるはずも無い。

 絶命した私の表情は恐ろしい程に穏やかだった。

 終幕を飾る曲は無く、淡々とエンドロールが流れる。

 こんな私でも生涯で関わった人間は意外と多いらしい。

「お客様、もうお時間でございます」

 私は今、どんな表情をしているのだろうか。

 劇場に微かに灯る非常灯の光では私自身の表情など分かるはずも無かった。

「私は今どんな顔をしていますか?」

「暗いですね。それでもここに来る前よりかは暖かく感じます」

「そう、、」

 私は自ら選んだ道の終点にまた一歩、歩みを進めた。


 

fin.

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影絵 影森 蒼 @Ao_kagemori

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