手紙から始まる物語 ― 見えない糸でつながる心たち ―

草花みおん

1通目 届かない手紙 ― おばあちゃんへ ―

拝啓

秋の風が冷たくなってきました。

窓を開けると、金木犀の香りがほんのり漂います。

季節の移り変わりを感じるたびに、

ふと、あなたのことを思い出します。


おばあちゃん。

あなたがこの世界を離れて、もう二十年になります。

私も、気づけば五十歳になりました。

あの頃のおばあちゃんに、今の私が少し似てきたかもしれません。

朝の光が差し込む台所で、

コーヒーをゆっくり淹れながら、

あなたがしていた動作をそのまま真似している自分に気づく時があります。


時々、こうやって手紙を書いています。

そうしないと、忘れてしまいそうだから。

あなたの声も、笑い方も、

あの手のぬくもりも。

言葉にしておかないと、

心の奥で少しずつ霞んでしまう気がして――

だから、書くんです。


今日ね、あの公園を通ったんです。

銀杏の葉が道を覆っていて、

風が吹くたび、やさしい音がしました。

小さい頃、あの道を手をつないで歩いたこと、

今でもはっきり覚えています。

おばあちゃんの手は小さくて温かくて、

その手の中で、私は安心して世界を見ていました。


「人はね、誰かの記憶の中で生き続けるのよ」

あの言葉の意味を、ようやく少しだけ分かった気がします。

朝、コーヒーを淹れる時。

風の強い日にマフラーを巻く時。

夜、星を見上げたとき。

どんな瞬間にも、あなたの声が小さく聞こえるんです。


……おばあちゃん。

今でも、あの頃のことを思い出すと胸が痛みます。

あなたが少しずつ私を忘れていったとき、

私は優しくできませんでした。

同じ質問を繰り返すあなたに、

つい冷たくしてしまった自分を、

今もときどき思い出しては泣きたくなります。


本当は、一番怖かったのはおばあちゃんだったんだよね。

知らない時間に取り残されていくようで。

その手を握ってあげればよかった。

「大丈夫だよ」と言えばよかった。

ごめんね。

あのときの私には、まだそれができなかった。


それでも――

おばあちゃんがくれた優しさは、

今も私の中で生きています。

この前、駅の階段で荷物を落としたおばあさんを見かけて、

思わず駆け寄って拾ってあげたの。

その人の笑顔があなたに少し似ていて、

懐かしくて、胸が温かくなりました。


おばあちゃん。

私には、今、二人の子どもがいます。

毎日よく笑って、よくけんかして、

それでもちゃんと成長しています。

おばあちゃんが生きていたら、

きっと目を細めて「よう頑張っとるねぇ」って言ってくれたでしょう。


子どもたちに話すんです。

「ひいおばあちゃんはね、とても優しい人だったんだよ」

「困っている人を見たら、いつも声をかけてくれる人だった」って。

あなたの生き方を、

この子たちにも伝えていきたいと思っています。


二十年たっても、

あなたはちゃんとここにいます。

声も、仕草も、笑い方も、

私の中で静かに息をしています。

だから、もう寂しくありません。


敬具

あなたが愛してくれた孫より


追伸


10月20日。

少し冷たい風の中を歩いてきました。

街路樹の葉が舞い、コスモスがゆれていました。

その淡い色が、あなたの着ていたカーディガンの色に似ていて、

ふと、立ち止まりました。


おばあちゃん。

この世界は、あなたが教えてくれたように、

やさしさでできていると思います。

私は今日も、そのやさしさの中で生きています。


ありがとう。

どうかこれからも、見守っていてね。

また、風のやさしい日に。


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