第4話『入部届けの日』

朝の光が差し込む教室。

 前園剣哉は、机に置いたカバンの上で小さく深呼吸した。


日向「……剣哉くん、今日って、入部届け出す日だよね?」

剣哉「そうだ。正式に、俺も剣道部に入る日だ」

日向「ふふ、なんかちょっとドキドキするね」

剣哉「……そうかな?」

日向「うん。だって、なんか……すっごく真剣だもん、剣哉くん」


 日向の声は明るいけれど、どこか落ち着かない響きがあった。

 剣哉は胸の奥が少し熱くなるのを感じ、視線を下に落とす。


剣哉「ありがとう、そう言ってもらえると…頑張ろうって思える」

日向「ふふっ、じゃあ、私も応援するね」


 教室には朝の光が静かに差し込み、春の空気が満ちていた。

 窓際で日向と二人、少し緊張しながらも笑みを交わす。



---


 昼休み。

 校舎の廊下を歩く剣哉。

 制服の袖を整えながら、ポケットの中で父からもらった小さな布を握った。


剣哉(独白)「よし、今日だ。ここからが、本当のスタート」


 廊下の向こうから、軽やかな足音が近づいてきた。


桜「……あっ、あの子…?」


 振り向くと、黒髪を後ろで束ねた山口桜が、制服姿で歩いていた。

 道着姿のときとは違い、制服姿の桜は柔らかく、春の光に溶け込むようだった。

 剣哉の胸が一瞬だけドキッと鳴る。


桜「入部届けを出しに行くのかな?」

剣哉「あ、はい。今日が正式な入部の日で」

桜「そうなんだ。……頑張ってね」

剣哉「ありがとうございます」


 そう言って桜は微笑んだ。

 その笑みは一瞬だったけれど、剣哉の胸に静かに焼きついた。


 廊下を通り抜けた春風が制服の裾を揺らす。

 桜の髪がふわりと揺れて、振り返りざまにほんの少し笑った。

 それだけの仕草なのに、剣哉の心は妙にざわついた。



---

職員室の前。

 剣哉は軽く息を整えてから扉をノックした。


剣哉「失礼します。……剣道部の入部届けを出しに来ました」


 中では数人の教師が書類を整理していた。

 その中で、ひとりの背の高い男性が顔を上げる。

 180センチを超える長身に、センター分けの髪。

 切れ長の鋭い目が印象的だった。


???「……君が、前園くんだな?」


 低く落ち着いた声。

 その声音には、剣道を知る者特有の張りつめた空気があった。


剣哉「あ、はい。今日から剣道部に入部を――」


???「俺は剣道部の顧問、篠原聡(しのはら・さとし)。数学を担当している」


剣哉「よろしくお願いします!」


篠原「中学の県大会、ベスト8だったと聞いた。……腕試しがしたくてここを選んだか?」


剣哉「いえ……強くなりたくて来ました。まだまだ未熟ですけど、剣を学びたいと思っています」


 篠原は数秒、剣哉を静かに見つめた。

 その視線は冷たくもあり、どこか試すようでもあった。


篠原「――いい目をしてるな。だが、“剣道が強い”だけの人間はいらない。ここでは、心の稽古もしてもらう」


剣哉「……はい」


篠原「入部、歓迎する。放課後、道場に来い。部長の編切に伝えておく」


剣哉「はいっ!」


 篠原はうなずき、再び机に目を落とす。

 書類の音が小さく響く中、剣哉の胸には確かな鼓動だけが残った。





職員室を出た廊下で、再び桜とすれ違う。


 窓から射し込む午後の光が、廊下の床を淡く照らしていた。


桜「……あ、また会ったね」

剣哉「あ、はい。入部届け、出してきました」

桜「そっか。じゃあ、今日から正式に剣道部だね」

剣哉「はい。放課後、初めての稽古に行く予定です」

桜「そうなんだ。私も行くよ。……きっと最初は慣れないことばかりだけど、焦らなくていいからね」


 桜はそう言って、少しだけ微笑んだ。

 制服越しに感じる柔らかな雰囲気に、剣哉の胸がまた静かに鳴る。


剣哉「ありがとうございます。頑張ります」

桜「うん、期待してる。……道場で会おうね」


 そう言って桜は背を向け、廊下の奥へと歩いていった。

 すれ違いざま、髪が春風に揺れ、光の粒がきらめく。


 その背中を見送りながら、剣哉は拳を強く握った。


剣哉(独白)「絶対、あの先輩に少しでも近づけるように――」


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