お前に縫い目を刻みたい
赤井朝顔
1
図書室は喧騒に溢れていた。
本来、静寂であって然るべきの場所は、声変わりを終えた低い声と、自意識を発散させる手段を覚えた高い声が、飛び交っている。
口の端を耳まで裂けんばかりに広げ、笑い合い、時には口を尖らせ、驚愕の表情を作り上げて必死に自分たちを盛り上げようとしている。
それぞれののグループが、心理テストやナゾナゾの本を引っ張ってきては、はしゃぎ合う声を僕は、少し離れた机に座って聞いていた。
現在、6時間目。
この日、最後の授業は担当の先生の都合で自習となった。
代理でやってきたシワシワの教師がそう告げると、教室内は一気に動物園と化したが、「では図書室に行きましょうか」と二言目が告げられると、落胆の声が上がったが結局は、みんなはしゃぎまくっている。
シワシワの教師はきっと、うるさくなることを見越して、特別棟にある図書室に場所を移したのだろう。ここなら他のクラスの授業を妨げることはない。
中々のやり手だ。シワシワは伊達じゃない。
しかし、どのグループにも属さず、そんなことを分析している僕のことを、この教師は把握しているのだろうか。
6月に入ったことで、クラス内のグループはほぼ固定され、誰がクラスを取り仕切るかの審議期間に突入した。
一番人気はやはり、サッカー部の太田だろうか。それとも部活に入らず、こっそりとアルバイトをしていると公言している茂木だろうか。
どちらにせよ、グループにすら入れなかった僕には、立候補どころか投票権すらなく、成り行きを見守るのみだった。
同級生たちを観察することに飽きた僕は、せっかくだし、何か読もうと思って、席を立った。
暇が潰せれば何でも良い。
とりあえず端っこの棚から見ていこうと思って窓側の本棚まで移動した。
ずらりと並んだ背表紙は、本の価値など知らない僕でも、なんとなく圧巻される。
果たして僕が読める本はあるのだろうかと思い、タイトルを見る。
最初の棚には辞書や事典がたくさん並んでいる。読めるはずがない。
次の棚には心理学の本が置いてあるが、所々抜けている。皆が持って行ったのだろう。
その次には宗教。仏教やキリスト教、儒教と背表紙には書かれていて、どんどん本を読む気力が失せていく。
あっという間に一番奥の棚まで来てしまった。クラスメイトのはしゃぎ声が少し遠くなり、心なしか薄暗くなったような気がする。
僕はやっぱり読むのは辞めようかなと思ったのだが、ふとある本が目に留まった。
ベーブ・ルース。
背表紙にはそう書かれていた。
野球の神様と言われるこの人のことは僕も知っている。
この本なら読めそうだと思い手を伸ばした。
しかし、、
「かったいな、チクショウ」
本が取り出せない。
ぎっちりと詰められた本は指を入れる隙間もないくらいで、どうやっても動かせそうにない。
力尽くで取ろうとするが、本が壊れてしまいそうで怖い。
僕は本をなるべく端に寄せると、本と本の間に指を入れた。
指がペシャンコになるのを感じながらも、グイグイと少しずつ本を引っ張り出す。
本が三分の一程でてきて、もう少しという所まできたのだが、力をこめ過ぎていたため、バサっという音と共に、本が宙を舞った。
ヤバいと思ったのも束の間、ベーブ・ルースの本と一緒に、隣り合っていた本まで、床に落ちてしまった。
僕は咄嗟にクラスメイトたちがいる方を見たのだが、お喋りに夢中になっていて、こっちには誰も気づいていないようだった。
注目されていないことに、ほっとした僕は落ちた本を拾おうとして手を伸ばしたが、それと同じタイミングで、横からにゅっと手が伸びてきた。
僕はビックリして手の主を見ると、そこには不機嫌そうな顔をした見崎佑がいた。
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