第37話 初めての水辺のお祭り
クリムのつけている仮面は目出し穴が大きめに取られており、視界は悪くなかった。
(そこら中に水路があるのに、視界が悪かったら危ないものね)
いつものリガヌディルの夜は、暗く静かだ。だが今日は違う。
水路を縁取るようにたくさんのランタンが置かれていて、まるで光の柵のようになっていた。それを境に陸にはたくさんの人が行きかい、水路には色とりどりのランタンで飾られたゴンドラが行き来している。
クリムは水路から三歩ほど離れた場所から、水面を眺めていた。そこには色とりどりの光が映っており、ゴンドラが通るたびに宝石のように輝きながら揺らめいている。水がこんなにもきらめくものなのだと、クリムは初めて知った。
(こんなに水が多い場所でのお祭りは、初めてだものね)
一人でお祭りを巡っていたとき、水の多い場所は避けていた。ガロードを頼れるようになって、初めてこの町に挑戦したのだ。
水面できらめく光の中に、静かに光るものが一つだけあった。
大きな満月だ。
(今日が満月じゃなかったら、もっと良かったのに)
こればかりは仕方がない。満月の夜は、お祭りが多い日でもある。
水ばかり眺めていても仕方がないと、クリムは足を進めた。
(たしかレースのスタート地点は、ルード広場の方って言ってたわね)
レースの開始時間が遅れて、決勝レースが夜になったらしい。もしかしたらリフュースのレースが見れるかもしれない。
道行く人たちは皆、何かしらの仮面をかぶっていた。動物をモチーフにしているという共通点はある。だが素材や作りは様々で、クリムの仮面のように宝石で彩られているものから、木をそれらしく彫っただけのもの。絵を描いた布を顔に巻き付けている人もいた。
飲食の都合か、口元を出した仮面が多いようだ。クリムのつけている仮面も、くちばし部分で正面からは口元が見えないが、下からのぞけば可愛らしい口が見える。
ミルクがたっぷり使われているアイスクリームを道中で買い、それをスプーンでちまちま食べながらルード広場へと入った。
リガヌディルの中でとりわけ広い場所だが、人の数がそれ以上に多くてクリムの身長では人の壁しか見えない。
「ガロード――」
名前を呼んでから、今日が満月の夜だと再度思いだした。いつもならこういうとき、抱き上げてもらって視界を確保している。
(今日は無理ね。どうしようかしら?)
見回しても、見えるのはお祭りを楽しむ人たちだけだ。
「こんばんは。お嬢ちゃん」
突然、ネズミの仮面を被った赤毛の女の人が話しかけてきた。
「何か用かしら?」
「周りを見ていたけど、お母さんとお父さんを探しているの?」
「違うわ。何か面白い物がないか見ているの」
クリムは目線を逸らし、わざとそっけなく返した。
子供の姿はお祭りでおまけして貰ったりと得をすることが多いが、一人でいるとこうやって心配されることがある。
(あんまりしつこいようだったら、逃げないといけないわね)
ちょうど広場は人で溢れている。少し走ってしまえば、簡単に見失ってくれるだろう。
ネズミの仮面を被った女は、屈んでクリムに目線を合わせた。
「そうなの? おばちゃんね。面白いこと一個知ってるよ」
(人さらい?)
クリムの頭に思い浮かんだのはその一言だった。こうやって子供を誘うのは、そういう輩の常套手段だ。
(ちょっと懲らしめてやりましょうか)
話に乗れば、きっと
それを助けてからの方が、気持ちよくお祭りを回れる。
クリムはネズミの仮面を見て、にっこりと笑った。
「面白いこと? 教えてくれる?」
「もちろん教えてあげるよ。あっちなんだけど……」
女は大運河の反対側を指さした。
「ちょっと見づらいけど、人が集まっているでしょ?」
広場はどこも人で溢れていたが、確かに女が指をさした辺りは密度が高いように見える。
「あそこにステージがあるんだけど、これからあそこでコンテストがあるんだよ。一番華やかで、かわいい子を決めるコンテストなの」
女がチラシを見せてきた。そこには『ルードセリカの仮面姫は君かも!?』と書かれており、仮面をかぶったまま参加できること。身分の提示は不要で参加資格はすべての人、もしくは魔物にあると書かれていた。
(ルードセリカ祭で仮面を被るのは、魔物がお祭りに混じって遊べるようにするためと言っていたわね。じゃあこのチラシは本物かしら?)
クリムが女を見ると、女は見えている口元でにっこりと笑った。
「どう? 面白そうだと思わない?」
「確かに面白そうね。あなたはこのコンテストの主催者なの?」
女は首を横に振った。
「実は、おばちゃんの娘がこのコンテストに参加するんだ」
「それなら、ライバルが増えたら困るのではないの?」
「うーん。確かにライバルが増えちゃうけど、おばちゃんはお嬢ちゃんには一人でお祭りを回るのより、コンテストに参加して欲しいな。町が主催してるコンテストだから、お母さんとお父さんもきっとそっちの方が安心すると思うよ」
女は諭すように言ってきた。
(もしかして、本当にただ心配しているだけなのかしら?)
そんな気がしてきて、クリムはこう聞いてみた。
「あなたの娘さんはどんな子なの?」
「そうだねぇ。自分で言うのもなんだけど、明るくてかわいい子だよ。髪はおばちゃんと同じで赤色でね。観光ゴンドラで案内をするルーノっていうのを目指して毎日頑張っているの。名前は――」
「ルイゼ?」
思わず出たクリムの言葉に、女は大きく口を開いた。
「ルイゼのお友達だったの?」
「お友達というよりお客さんね。ルイゼの案内する観光ゴンドラに乗ったことがあるの」
クリムは女の持つチラシに触れる。
「わたしもこのコンテストに参加してみたいわ。案内してもらってもいいかしら?」
クリムは女の――ルイゼの母親の手を握った。
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